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「それれ、けっきょふなぁんにゃの? ぼーしょくのかあんって」
訳:それで、結局何なの? 暴食の鞄って。
「ミサさん、口に食べ物を詰め込んだまましゃべるのはお行儀悪いですよ」
遅めのランチなう。
余程お腹が空いていたのか、ミサさんは液体を飲み干す勢いでオムライスをかっこんでいる。ケチャップついてますよ、と紙ナプキンを渡せば、慌てて口元をこすりはじめた。
いや、そこじゃない。もっと上。目の下だってば、なんでそんなとこに付くんだよ! あーもー、よこせっ!
「ありがとー」
「どういたしまして」
ぐいぐい、と拭ってやると、にぱぁっと笑ってお礼を言うミサさん。
うぅむ、人に可愛がられる天性の才がある子なんだな。一部の人には蛇蠍の如く嫌われそうではあるけど。
私? 私は、まぁ、う~ん……。そうだな、うらやましい、が一番近いかな。
「それで、ぼーしょくってなんなの?」
ミサさんはごくん、と最後の一口を飲み込んで、質問を繰り返した。さて、どう説明したらよいものか。
「えーと、ミサさんは、『七つの大罪』ってご存じですか?」
映画や漫画、ゲームなどでわりとしょっちゅう出てくるネタだから、聞いたことくらいはあるだろう。
なんつーかこう、言っちゃなんだけど中二心をくすぐる言葉だしな。意味ありげで。
案の定、ミサさんはこくんと頷いた。
「えっと。うん! キリスト教のお話だよね?」
「まぁ、そんな感じのものです。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つは、人に罪を起こさせるものだから慎みましょう、という教えですね」
「そっか、ぼーしょくって、その暴食だったんだ!」
そこからかよ!
「えぇ、まぁ。私の能力は、とりあえず何でも取り込んでしまえるので、その恥ずかしい名前をつけられてしまったのです……」
七つの罪のうち、よりにもよって一番色気のない罪の名前をいただいてしまった18歳(当時)の乙女の気持ち、わかっていただけるだろうか。
なんで暴食なんだよ。くそぅ、せめて強欲を名乗りたかった……。
「う、う~ん。でもさ、7コしかないうちの1コでしょ? すごいよ! かっこいいよ!」
これに関しては、希少性をありがたがるようなことじゃないような気がするんだ。
「それにさ、くいしんぼ鞄っていわれるよりいいじゃん!」
く、くいしんぼ?
「それは論外ですね!」
「でしょ~?」
そっかそっか。そういう最悪のパターンを想定して比べてみれば、ミサさんのようにポジティブに生きられるのか。
それにしても彼女のポジティブさときたら本当にすごいよなぁ。
なにせいきなり異世界に飛ばされて、「怖い人に捕まって、売られたりしなくてよかったぁ」なんて言えちゃうんだぜ。私なんか、ショックのあまり、最初の数日間は寝込んだっつーの。
「ねぇねぇ、それじゃぁほかの6コの名前は誰か使ってるの?」
うむ、いい質問だ。この世界で生きるためには必要な知識だからね。
どうせ午後からは座学の予定だったし、ミサさんの性格からして授業として教え込むより世間話に混ぜて耳に入れた方が手っとり早そうだし。
よし、じゃぁ今日はこのままここでお勉強しましょー。
「現在、傲慢、憤怒、強欲、色欲はいますよ。ミサさんもご存じの人物です」
「え、え、誰っ?」
「別館職員達です」
「えええええ?」
ミサさんはがたんと音を立てて立ち上がり、大げさにのけぞった。
「え、うそ! え、え、シバちゃんもっ?」
「えぇ、シバさんも、です」
「えええ~。見えなぁい」
うんまぁそうだよね。シバさんにはそんな大層な呼び名似合わないよね。
でも聞いて驚け、シバさんはなんと「色欲」の名前持ちなんだぜ!
「ユリウスさんが『傲慢』、ジーさんが『憤怒』。エリスさんは、何の能力なのか判明していないにも関わらず、『強欲』です」
「あ、あー。ユリウスさんはすっごいわかる」
「完全に同意しますが、本人の前でそれ言ったら背が縮むくらい頭ぐりぐりされちゃいますよ。そして2~3日、嫁イビリみたいなことされますよ」
「やけに具体的ですね」
「えぇ、まぁ……」
察してくれ。
「でも、そんなすごい人達がなんで事務なんかしてんの? なんで?」
「う~ん。力が強すぎるから、でしょうか」
冒険者ギルドはこの世界の権力、経済に深く介入し、裏から操り、時には助け、時には争わせている。中央大陸、ひいては冒険者ギルドに手を出そうなんていう余裕を作らせないように。
黒い、黒いよ冒険者ギルド!
そこまでしてバランスをとっているというのに、国家間の力の均衡を崩しかねない能力持ちが、外に流出しては困る。ひじょーに困るったら困るのである!
というわけで、上層部の誰かさんが作った基準と照らしあわせて危険と判断された「落とされモノ」は、特権を得る代わりに自由を失う。
ご大層に七つの罪の名を与えている理由は、まぁ、なんつーの? こいつらの存在を巡って争っちゃダメよ、という警告?
お蔭でさー、別に悪いことしたわけでもないのに別館ギルド職員は「罪持ち」とかイタい呼ばれ方しちゃってさー。
「私達は異世界人特別保護区から出て一定時間が過ぎると、強制的にあのチュートリアルルームに転送されるんです。ほら、あの地下の部屋」
「な、なにそれひどいっ!」
「そうとも言い切れないですよ。私達はどこかの国家に捕まったら最後、戦争の道具になっちゃうんですから」
たとえば私は、武器弾薬糧食どころか、軍隊を秘密裏に敵国の真ん中に送ることに利用されるかもしれない。
そんなの嫌だ。絶対、絶対に嫌だ。
「別館職員はみんな、自ら望んで『カゴ』の中にいるんですよ」
だから、別に不幸ってわけじゃないんです。籠であると同時に、加護でもあるんですから。とニコっと笑ってみせれば。
「今、うまいこと言ったって思ってるでしょ!」とつっこまれた。
……若い子って、厳しい。




