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洞天三十年

「うーん、なんか思ったのと違う?」


 俺は洞窟に残されている先人の日記をもう一度頭から読み返す。


「……うん、良いはずだ。これで最初の壁は越えてるはず……日記によると築基という段階のはずなんだけど……」


 地割れ――といっていいのか……地面に開いた穴に落ち、この見覚えの無い小世界に閉じ込められて30年。


 最初はすぐに戻れると思っていたが、どんなに探索してもここは端から端まで5kmもない小さな閉じた世界だった。

 

 絶望した。


 このままここで人知れず死んでしまうのかと肩を落とし、何もする気が起きずに寝起きする洞窟(面倒な事にこんな閉じた小世界でも雨が降るのだ)で、ふて寝していたときに、ふと崩れている壁から発見した日記。


 俺の前にもここに滞在した人がいたのだ。そしてここに誰かの死体も骨も残っていない……ということは脱出可能なのだ。


 幸い日記は日本語――いや、当たり前だな。俺は日本の町からここに飛ばされたのだから前の人も日本人なのは不思議じゃ無い。


 日記を熟読し、そしてこの空間の正体を知った。


 ここはとある仙人が修行の為に作った小世界――仙道の用語では洞天というらしい。そして出入りは一定以上の仙術が使えないと不可能。結論、仙人となる修行を行い、自力で脱出する力を身につけるしかないらしい。


 悪い事に、仙人になるには才能が必要らしい。


 霊根、というらしいが、それを持ち合わせていないと修行は全く効果がない。その一方、五行に合わせて最大5つ持つ事がある霊根は、多ければ多いほど修行効率が悪いらしい。

 要は修行の成果が分散されるということなんだろう。


 どうやって霊根を調べるのかは書いてなかったのでわからなかったが、日記に従って修行を始めたら不思議な力を感じることができたので、才能無し、ではないらしい。


 あとはどれぐらいでその一定以上――外に自力で出られるぐらい、に至るかということだった。


 ここに落ちたときに16歳。

 そこから数えて30年。

 現在の俺は46歳ということになる。


 しかし今の俺はくたびれた中年の姿、ではない。

 仙人の修行というのは、まず健康、そして長寿、長命、不老不死に至る。

 だからここで真面目に修行することで、長い時間かかってもそれを上回る余命を得ることができる。


 最初が一番大変だった。

 気、と言われてもそんな物が実在するとか感じられるとか、まして自由に操作するなんて、平凡な高校生には無理だ。

 それでも毎日瞑想し、あるいは体を動かし、薬草を見つけて調合し丸薬(丹というらしい)を作ってそれを飲み込む。そしてさらに瞑想。


 食料確保は幸い難しくなかった。

 イノシシやウサギ、というのは皮はぎや血抜きが難しいのでさっさと諦め、川(どこから水が来てどこに行くのかわからないが一応流れている)の魚と、たくさんある果樹を中心に命を繋ぐことが出来た。


 そして――今に至る。


 練気、すなわち気を認識し、体内に取り込み、経絡を巡らせる。無意識のうちにそれができるようになった時点で、食欲は減退し、睡眠欲も減った。「仙人は霞を食って生きている」という言葉の通り、吸収した気によって肉体を維持することができるようになった。

 

 次に気を圧縮、凝集して体内に貯蔵する段階を目指した。この段階に至ると、凝縮された蓄えられた気を使って生命の維持ができるようになる。本当に飲まず食わず眠らずで修行出来るようになる。


 この段階、仙道の用語では『築基』という。より高度な修行を行う為の心身の基礎を築くという意味らしく、この段階で寿命が常識を超える。おおよそ200年を超える時を生きるので、修行に30年かけたとしても惜しくは無いのだ。


「壁を越えたと思うんだが……」


 俺が感じている違和感は、日記で書かれている築基と今の俺の状況に食い違いがある事だ。


 日記は非常に詳しく、それ自体が仙人修行の入門書といっていいぐらいよく出来ている。それによると、この段階では凝縮し、液体の様になった気が、体内のタンクに貯蔵されるという段階のはずだ。


 しかし、瞑想して自分の内的世界を観察してみると、そこには液体タンクではなく――


「――木?」


 何もない荒野が広がる。


 一般的に(日記によると)内的世界としては何もない空間が広がっていて、その中に自分の本質の象徴となる物が存在しているらしい。その本質は、例えば木、山、泉、あるいは建造物だ。


 その意味では象徴としての木が存在するのは何の不思議も無いが、その木が盆栽のような形でも宙に浮かぶのでも無く、果ての見えない荒野に植わっているというのは一般的じゃない。


 意識を向けてみると、その木は確かに生命力にあふれており、内部に気が巡っているのがわかる。どっしりと大地に根を下ろし、まだ高さも5~6mという若木だが、存在感は揺るぎない。


「うん?」


 木の存在感に隠れていたが、その周囲の地面には草が、花が、そして膝丈ぐらいの若木が生えているのが見える。

 

 荒野の先に目をやる。

 砂漠と言うほどでは無いが乾燥した土地らしく、この木の周辺のように青々としてはおらず、まばらに半分枯れたような色あせた草が生えている。


 ということは、この中心の木とその周辺の植物を含めてが俺の本質なのだろう。


「とりあえず木行ということは間違いないんだろうな……」


 仙道では地火風水の四属性ではなく火土金木水の五行、五属性が基本となる。

 これまでの修行で自分が木行なのはなんとなくわかっていた。洞窟や水辺で瞑想するより樹木の密集した場所で瞑想した方が効率が良かったのだ。


 自分の状態の確認はこれぐらいにしよう。


 問題はここを出られるかどうかだ。


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