終話 悲哀神とツイユー
「それで、喜悦神はどうしたのさ」
「それはも~、馬鹿みたいに笑い倒して、またいなくなっちゃったわよ。『僕が整えた舞台で、人が予想外のストーリーを見せてくれるのが楽しい』とかなんちゃらキショいこと言ってたかも。もう出て来なくていいんだけどね、あいつ。顔も見たくない」
椅子にふざけたような恰好で座る女がひとり。女は帝国式の紫と黒の衣装に、背丈より長い白い髪をしている。
その前に、ローブに裸足で立つ、同じく白髪の少年がひとり。
空間全体が淡く紫がかっており、遠くの景色は紫に溶けている。
いつもの悲哀神の空間だ。
「僕が呼び出されたのは、愚痴聞き役をしてほしかったからかい?」
「そうよ、たまには私の機嫌くらいとりなさいよ」
「いつもとっているじゃないか」
漫才のような掛け合いをしつつ、少年の声には感情は乗っていない。表情も無表情だ。
「それよりも、よく、憂に応援の声をかけることができたね」
「ふふ、偉いでしょ?」
「うん、悲哀神にしては。あんなに憂を羨ましがっているのに」
「まあね、でも無駄に歳だけとっているわけではないのよ? ちゃんと忍耐力もあります」
「黎明が六十億人を殺して、ここに来てくれるまでの、忍耐力……だっけ?」
「そーよ」
「へえ。でも今の君の話だと、空想の話には思えないな。憂が黎明が死んだら世界を滅ぼすなら、黎明自身も憂のために全世界を敵に回して殺し尽くしそうじゃないか」
「黎明が現実世界の憂を失って、六十億人を殺し、ここまで至るなら……そしたらもう、私、やっと《相思相愛の黎明を見つけた》ってことになるかしら」
「なんだか難しい話だね。彼はきみを認めてくれるのだろうか」
「あら、きっと分かり合えるはずよ。私と、彼は、きっと。恋愛の話はツイユーには難しいのかしら」
「恋愛に限らず、悲哀神の話は感情移入ができない。もう行っていいかな?」
「ツイユー、今度あなたから私を呼び出すときは覚えてなさいよ」
「はいはい」
適当に返事しながら、ツイユーはふわりと体を浮かせる。
次の瞬間には、堅い感触が背にあった。現実の肉体特有の重さも。
――この世界の憂は、もう、大丈夫そう。
――憂に直接、声をかけた悲哀神も、どこか満足そう。
ツイユーが目を開ける。
都市がひとつ滅んでも、世界は依然として変わらずそこにある。
未来はまだわからない。
人間の命を超越しきった神にさえ、未来は予想できない。
ツイユーはまだ見ぬ未来に、温かな萌芽を感じ取る。
見慣れた神殿の景色はほんの少し、きらきらとしているように感じた。
〈後編 完〉
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
カクヨムの近況ノートのあとがきにて設定を少し公開する予定です
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