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我が運命の道


これは、私にとって初めてのファンタジー作品です。正直なところ、このジャンルがあまりに広大すぎて、今でもどう書き始めれば正解だったのか、わかりません。私はまだ何も身についていない、駆け出しの書き手です。それでも、この拙い物語を、どうか楽しんでいただければと思います。


もし語りの中に、どこか見覚えのある欠片を感じたなら——その勘は、おそらく正しいです。ですが、その先に広がるものは、どうかあなた自身の目で確かめてください。


私の物語を楽しんでいただけると、とても嬉しいです。至らぬ点ばかりですが、どうぞよろしくお願いいたします。


昔々、遠い国に、それは美しく心優しい王女様が住んでいました。けれども、それが祝福だったのか呪いだったのか、その御姿の美しさと気高さが、すべてを滅ぼしてしまったのです。


彼女が一歩を踏み出すたび、必ず災いが訪れました。その御姿に見惚れた者は正気を失い、互いに争い、混乱を巻き起こしたのです。


彼女が成人なさる頃には、その美しさはもはや抑えようもなく輝き、直に見た者は皆、自ら命を絶ちました。あまりに汚れた身では、その御前に立つことすら許されぬと。


「おしまい」


「ええっ? なんでそこで終わっちゃうの?」ひとりの少年が抗議の声をあげた。


「そうよ! スター、続きはどうなるの?」少女が口を尖らせて続ける。


「いいでしょう。今夜は特別に、続きを聞かせてあげますね……」


そう言って彼女は、どこか憂いを帯びた声で語り始めた。


「……それを知った王女様の心は、粉々に砕けました。王国が滅び、民が死んだのは、すべてご自身のせいだと、ついに悟ってしまったのです。王女様は、壊れた城にたったひとりで身を隠し、世を忍ぶように生きることを決めました」


彼女が一瞬息を置くと、子どもたちは息を呑んだ。


「けれどもある夜のこと……満月がひときわ輝く晩に、王女様は夢を見たのです。白い馬に乗った王子様がやってきて、自分に口づけをし、その呪いを永遠に解いてくれる——そんな夢でございました」


「わあっ……」


子どもたちは歓声をあげた。目を輝かせている。こんな続きを聞くのは初めてだったからだ。


「エドリンはどう思う?」スターが、優しく微笑みかける。


「はあ? どうって……別に」エドリンはつまらなさそうに肩を竦めた。「変わり映えしねえだろ、その話。何度も聞かされてるし」


スターはただ、小さく笑った。


この女こそが、スター・ルミア。エドリンが彼女を初めて目にしたのは、あまりに遠い昔のことだ。というよりエドリンは、この孤児院での暮らしを自覚したときにはもう、スター・ルミアと一緒にいた。


幼い頃の記憶をたどっても、スター・ルミアの姿はまるで変わらない。相変わらず美しく、若々しく、歳を取った様子が微塵もない。たしか四十を過ぎているはずなのだが。


そしてまた……彼女は毎晩のように、エドリンたちが幼い頃からずっと、眠りにつく前にあの話を語って聞かせるのだ。それはもう、目を閉じる前の決まり事のようになっていた。


ほかの子どもたちが、王子様とお姫様の甘い夢で頭をいっぱいにしながら、それぞれの藁の寝床へ這い入っていく。壁の灯油ランプがひとつ、またひとつとスター・ルミアの手で消されて、見慣れた闇だけが残った。


だが、エドリンの目だけは、まだ大きく開いたままだった。


鉄格子の向こうに広がるライマの街は、すっかり静まり返っている。人々の喧噪も、生活の気配も、何もかもが沈み込んでいた。この地区の夜の静けさは、ただ重く、ただ冷たく、時おり遠くで野良犬が遠吠えをかわすだけ。


これが彼らの子守唄。からっぽで、くらくて、すかすかの子守唄だ。


ライマの街——


この場所は、広大なるカルマール大陸の地図の上では、埃ひとつに過ぎない。


昔、エドリンは一度だけその地図を見たことがある。パンを包んでいた古新聞の切れ端に、それが刷られていたのだ。何百という都市、何千という村、そして何万という人々の人生が、そこにはあった。


でも、俺たちは? 俺たちはここに閉じ込められている。この大陸の最果てで、富と繁栄からは〝巨壁〟によって隔てられ、そして荒れ果てた森は、死へと通じるもうひとつの壁だ。


スター・ルミアの語りによれば、王女は「罪の意識」ゆえに身を隠したのだという。


笑わせる。


ライマの住人に、身を隠すかどうかなんて選択肢はない。みんな、ここで生まれ、ほとんどはここで死ぬ。花ひとつまともに育たないこの大地の、たかが肥やしになるために。


エドリンは、かび臭い薄っぺらの毛布を、顎の下まで引き上げた……


「白い馬の王子様、か……」小さく呟く。あまりに小さく、誰の耳にも届かない声で。


ライマじゃ、白い馬は一キロと走らぬうちに、とっくに締められて食い物にされてるだろうが。


---


目を閉じてから、ほんの数時間と経たぬうちに、骨の芯まで凍てつくような朝の寒気が、エドリンを容赦なく現実へと引き戻した。


窓の外の空はまだ暗く、深い藍色に沈んで、一条の陽の光も差してはいない。けれどエドリンにはわかっている。もう二度と、毛布を引き寄せてはならない。ライマでは、朝に起き遅れた者が、その日は口にできないのだ。


もう慣れた手つきで、ほかの子らを起こさぬよう無音で起き上がる。氷のように冷たい桶の水で顔を洗う。それだけで、まぶたにへばりついた眠気の残りは十分に追い払えた。


今朝の目的地は、にぎわう街の中心などではない。ライマの東の外れだ。


エドリンは深い霧をかき分けるように歩き出した。ぬかるんだ土の道が、足の裏に冷たく絡みつく。急がねばならない。ゴロ親方の果樹園では、今がサンペアの収穫の最盛期なのだ。


それは、年頃の子どもにとって最も狙い目の日雇い仕事だった。賃金は悪くないし、運が良ければ、地面に落ちた売り物にならない実をもらい受けて、家に持ち帰ることもできる。


果樹園の門前に着いてみれば、まだ朝だというのに、すでに大勢の日雇いたちが集まっていた。壮年の男、老いた女、そして自分と同じ子どもまで——皆が皆、期待と不安の入り混じった顔でひしめき合っている。


「おう、ガキ! また来やがったな!」果樹園の監督——分厚い口髭を蓄えた恰幅のいい男——が名簿を片手に怒鳴った。「列の後ろにつけ! 昼までに籠をいっぱいにできなきゃ、賃金はなしだぞ!」


エドリンはただ短く頷き、無駄な返事に力を使うことなく、積まれた大きな籐籠をひっつかむと、実のたわわに生る木々へと小走りに駆け出した。


白い馬の王子様なんて、もう頭のどこにも残っちゃいない。今、目の前にあるのは、どこまでも続く高い木々と、空っぽの籠、そして鳴きはじめた自分の腹だけだ。


夜明けの空気が、着古した布地の向こうから容赦なく肌を刺す。エドリンは裸足のまま、朝露に濡れた幹を攀じ登りはじめた。荒い樹皮が足の裏を擦り、切り傷を作るが、その痛みはもう、昔から付き合ってきた慣れっこの痛みだった。


両手を素早く動かし、熟した実をもいでは背中の籐籠へ放り込む。甘い香りが、空っぽの腹に容赦なく訴えかけてくる。


だが、エドリンにはわかっている。ここでの鉄の掟を。商品にたったの一口でもかじろうものなら、監督に殴られて肋骨の一本や二本では済まない。彼はただ唾を呑み込み、その空腹さえも燃料に変えて、さらに高く攀じ登り続けた。


気がつけば、太陽は真上に張り付いている。剥き出しの背中に灼熱を浴びせ、息は切れ切れ、汗が埃と樹液で汚れた体を伝う。最後の力を振り絞って、エドリンは七つ目の籠を作業台の前に置いた。


七つ、満杯。大人の労働者たちが目を丸くして振り返るほどの数だ。あの口髭の監督は、積み上がったエドリンの労働の跡をじろりと見下ろし、それから汚れきった少年へと視線を移した。彼は鼻を鳴らした。けれども、今度は怒鳴り声などなかった。


「七籠だぁ? ご苦労なこった」監督は自分の額の汗を拭いながら呟いた。「今日はどうかしてるな、てめえ」


そう言うと、ポケットから硬貨を摑み出し、荒れたエドリンの手のひらに押し付ける。いつもより、心持ち多い。


「これが賃金だ。それと、ちょいと色をつけといた」


それだけでは終わらなかった。監督は、選別機から零れた少し皮の傷んだ実を五つ拾うと、それをエドリンめがけて放ってよこしたのだ。


「そいつも食え。今日の陽気は地獄の釜のように暑い。腹が空っぽじゃ、ぶっ倒れちまうぞ」


「あっ、ありがとうございます! 旦那、ありがとうございます!」エドリンの目が輝いた。


五つの果実を、逃がすまいと胸にぎゅうっと抱え込む。少しでも力を緩めたら消えてしまうとでもいうように。それから彼は素早く、もう一度深々と頭を下げて、矢のような速さで果樹園を駆け去った。


裸足の足が焼けた土を蹴りつける。痛みなど、今は感じない。今日という一日が、いつもより少しだけ軽く感じられた。


家路の途中、彼は市場の外れにある古ぼけた小さな店に立ち寄った。手にしたばかりの割増し賃金から、ほんの少しだけ硬貨を割いて、安物の乾パンを一袋買った。水に浸さなければ硬すぎて食えない代物だが、彼らにとっては贅沢な菓子だった。


孤児院の庭にたどり着いたときには、まだ息は荒かったが、満面に笑みが広がっていた。


「みんな、見てくれよ、何持って帰ったと思う!」


叫ぶが早いか、泥んこになって遊んでいた小さな子らが、わらわらと走り寄り、エドリンに群がった。彼は丁寧に五つのサンペアを切り分け、一番小さな子には一番柔らかな部分が当たるように気を配りながら配り、買ってきた乾パンもみんなに分け与えた。


泥に汚れたその顔たちが、夢中で頬張り、嬉しそうに笑い声をあげるのを眺めていると、肩や筋肉にこびりついていたはずの痛みが、すうっと消えていくようだった。


けれども、その光景に浸る間もなく、背後から甲高い声が響いて笑い声をかき消した。


「ちょっと、エドリン! あんた、なんて汚いの!」


振り返ると、戸口のところに立っているのはダーナ——十三歳の、おそらくこの孤児院で一番口うるさい少女だった。腰に両手を当て、エドリンの泥だらけで乾いた足を、鋭い目つきで睨み据えている。


「すぐに中に入るんじゃないわよ! この許容限度を越えたら承知しないんだから!」ダーナは眉を吊り上げ、人差し指でベランダの床を指しながら声を張り上げた。


エドリンはただ呆れて鼻を鳴らした。彼女のそういう性分など、もうとうに熟知している。


「なんだよ、うるせえな」エドリンは気の抜けた声で返しながら、ポケットから最後のひとかけらの乾パンを摑み出した。「ほらよっ!」


素早く投げ渡すと、ダーナは飛び上がらんばかりに驚き、それでも反射的に空中で受け止めた。彼女は悔しそうに睨み返し、文句の続きを言いかけたが、結局ふて腐れた顔のまま、そのパンを口に押し込んだ。


「……ったく」ダーナは、頬袋をパンでいっぱいに膨らませて不明瞭な声で唸る。「よくもまあ、こんにゃもので口封じしようなんて……」


エドリンはそれを見て小さく笑った。あの硬いだけのパンも、少しの間だけ、彼女の説教を黙らせるくらいの役には立ったらしい。


しばらくして、最後のパンくずが子どもたちの手に消えると、エドリンは一刻も無駄にせず背を向けた。まだ体には樹液と汗がこびりついていたが、そんなことはどうでもよかった。


「あんた、またどこへ行くのよ!」ダーナが叫ぶ。


「おまえに関係ねえ」エドリンは振り返りもせずに短く答えた。


ダーナは苛立たしげに鼻を鳴らすだけで、ほかの子どもたちも、細かい埃を巻き上げながら路地の角へと消えていくエドリンの背中を見つめていた。


エドリンはゴロ親方の果樹園へと、再び足を速めた。西に傾きかけた陽が、小道に長い木の影を落としている。どうか、門がまだ閉まっていませんように。


辿り着いた果樹園は、すっかり様変わりしていた。何百人もの摘み手たちが起こしていた喧噪は綺麗さっぱりと消え失せ、あとは夕風に舞う枯れ葉が寂しく散るばかりだった。


「よう、ガキ。また来やがったのか、何の用だ」


その低い声に、エドリンの足は止まった。件の口髭監督が、一休みとばかりに詰所でくつろいでいるところだった。


「旦那、収穫はもう終わっちまったんですか」エドリンは息を切らしながら尋ねた。


「終わったとも。また明日、改めてだ」監督はのんびりと答え、ちらりと夕陽を見やった。「つうか、もう夕方だぜ、何が望みだ」


エドリンは唾を呑み込み、諦めきれずに必死で辺りを見回した。


「まだ何かできる仕事があると思ったんです、旦那……他に何か、できることはありませんか」


監督はしばし黙り込み、目の前の薄汚い少年を頭のてっぺんから爪先までじっくりと眺めた。一日中木に登り続けたあとで、なお追加の仕事を欲しがるなど、この年頃の子どもではまずお目にかかれない。


「てめえ、骨身を惜しまず働きやがるな、ガキはよ」髭面がそう小さく唸った。


そして腰を上げると、左側にある倉庫の方向を指さした……


「それならな、あそこだ。あの荷車の果物を、市場のゴロ親方の売り場まで運んでいけ。場所はわかるだろうが」


エドリンは指の先を目で追った。そこには、古びた木の荷車が止めてあり、果物の木箱がうずたかく積み上げられている。ぎっしりと、こぼれ落ちそうなほどに。


「だが、場所はかなり遠いし、荷車も相当に重いぜ」監督の声は、エドリンの細い腕を眺めながらも、どこか疑わしげだった。「そのひょろっちいガキの腕で、本当にやれるのか」


だが、エドリンの目はその瞬間、輝きを放った。今までの足の疲れなど、申し出を耳にした途端、どこかへ消え失せてしまったかのようだった。


「もちろんです、旦那! 任せてください!」エドリンはまるで宝の地図でも渡されたかのような熱のこもった声で叫んだ。「俺、やれます。やらせてください!」


---


エドリンは全身のありったけの力を振り絞った。石だらけの悪路を、あの重い木の荷車を押して進むたびに、首の筋と細い腕に血管が浮き上がる。車輪は情けない悲鳴を上げ、その積み荷の重さに抗議の声をあげているようだった。


だが、距離と重量は嘘をつかない。太陽が完全にその姿を沈める頃までに、エドリンがどうにか往復で運び終えたのは、たったの三回だけだった。彼の体はすでに限界を迎え、両足はガクガクと激しく震えている。


それでも、エドリンは手ぶらで帰るわけにはいかなかった。あの口髭の監督は約束通り、取り決めた額の賃金をきっちりと支払ってくれたのだ。


「旦那」エドリンはそう言って、もらったばかりの銅貨の半額を差し出した。「どうか、この半分を預かっていてください。明日、また取りに来ますんで」


監督は不思議そうな顔で少年を見つめたが、やがて小さく頷いた。「妙なガキだな。いいだろう、俺が預かっておいてやる」


残りの硬貨を握りしめ、エドリンは閉店間際の夕市へと寄り道をした。いくつかの包みのサンドイッチと、まだ十分に食べられる売れ残りの菓子を買い込む。数はたっぷりあった。あのダーナだって、これだけの食い物を見せられれば、さすがに小言を止めるだろう——そんな想像が、彼の頭をよぎった。


だが、人気のない路地へと差し掛かったところで——


「おいおい、誰かと思やあなあ。このできそこない野郎! おめえ、今日はやけにたんまり持ってやがるじゃねえか」


エドリンの足が止まった。三人の影が路地の奥からにじり出てきたのだ。ブラト、ブレト、そしてブロト——エドリンと同い年ほどの、札付きのガキ大将どもだ。


「そうだぜ、ブラト。その通りだ、ネズミ野郎は今日はまるまるとしていやがる」ブレトが、エドリンの手に下がった包みに目をぎらつかせながら、いやらしい笑みを浮かべて相槌を打った。


エドリンは食料の包みを胸に強く抱え込み、一歩身を引き、警戒の構えを取った。


「何の用だ。邪魔すんな、どけ」エドリンは鋭く唸った。


「うるせえ、この虫ケラが! よくもまあ、そんな減らず口が叩けんな!」ブロトが怒鳴った。


次の瞬間、ブロトは躊躇なく前へ出ると、エドリンの腹へと狙いすました蹴りを叩き込んだ。


「うぐっ!」


エドリンの体がよろめく。みぞおちを中心に激痛が炸裂し、彼は体勢を崩して、道端の汚れた土の上へと無様に倒れ伏した。


「おとなしくしやがれ、このネズミが! おとなしくその包みを渡すんだな!」ブレトが怒鳴った。


ブレトは倒れたエドリンの顔めがけて容赦なく唾を吐き、そのまま彼に飛びかかった。ブラトとブロトも即座に加わり、地面に丸まったエドリンへと、拳と足の雨が無数に降り注いだ。必死で頭を守ろうとしたが、食料の包みまでは守りきれなかった。


グシャリ。


体格のいいブロトが、無造作に踏み出した重いブーツの下で、その包みが無残な音を立てた。


「ばかやろう!」すかさずブラトがブロトの頭を強く殴りつけた。「この間抜けが! 何てことをしやがる、てめえ、そのせいでメシを潰しちまったじゃねえか!」「わ、悪ぃ、わざとじゃねえんだ、ブラト」ブロトは、なんだかよくわかっていない様子で自分の頭をさすった。


すっかり平たく汚れ果てた包みを見て、ブレトがわざとらしい冷笑を洩らした。


「まあいいさ、ブラト。もうこうなりゃあ、どっちにしたって同じことだ」ブレトは淡々と言い放ち、破れた包み紙からわずかに覗く潰れたパンの残骸へと目をやった。「……なあ、それならもう、いっそまとめて粉々にしてやろうぜ」


そう言って残忍な笑みを浮かべ、ブレトは残った食料のかけらを執拗に踏みにじった。かかとを押し付け、抉るようにして、パンが路上の泥と完全に混ざり合うまで。


三人はそのむごい光景を見て、満足げに笑い声をあげた。


「行こうぜ。こんな腐れメシを奪ったって、何の得にもなりやしねえ」ブラトが促すと、三人は勝ち誇ったようにその暗い路地を悠々と立ち去っていった。


その一方で、エドリンはまだ地べたに倒れ伏していた。体中が砕けたように痛む。裂けた唇の端からは、生温かい血がたらりと流れ落ちていた。けれども、涙だけは決してこぼさなかった。燃えるような両の目は、離れていく三人の下衆どもの背中を、ぎりぎりと見据え続けている。


それからようやく、彼は震える体を叱咤し、なんとか立ち上がった。うつむき、呆然と見下ろした先にあるのは、本来なら孤児院の子どもたちの夕食になるはずだった残骸だ。パンはもはや跡形もなく押し潰され、土くれと唾にまみれていた。もう二度と、口にできるものではない。


エドリンは、錆びた血の味がする唾を、音もなく飲み込んだ。喉が締め付けられるように痛んだのは、体中を苛む傷のせいではない。もっと別の、胸の奥の、どうしようもなく苦しい痛みのせいだった。


結局、このすべては、たったひとつの、あまりに単純な理由で起こったことだ。

自分は弱い。エドリンには、何ひとつ、できることなどなかったのだ。



ここまで読んでいただきありがとうございます。少しでも気に入っていただけたら、感想や星をいただけるととても励みになります。次話もお楽しみに。

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