3-9 証言:検死を担当した三隅医師
ティアラちゃんと思う存分遊んで病院の診療時間が終わり、病院がひっそりとした姿に変貌した頃俺達は約束を果たすために三隅先生を尋ねる事にした。
「どうぞ」
「失礼します」
真矢はドアをノックしてから入室する。彼は私物化した人のいなくなった診察室の中で紅茶を飲み一日の疲れを癒していた様だ。
「すみません、お忙しい中時間を取らせてしまって」
「なに、旧友からのお願いだ。それに堤刑事の御子息もいる様だし。ただ急患が出たら悪いけどそちらを優先させてもらうよ。一線を退いて隠居した身分とはいえ仕事はちゃんとしないといけないからね」
「父さんの事を知っていたんですか?」
「ああ。彼も私に色々聞いたからね。ただ今は教えなければよかったと思っている。おそらく彼が自ら命を絶ってしまったのはそれが理由だろうからね。本当に残念でならないよ」
三隅先生は心の底からひどく悔やんでいる様に見えた。俺からすればその気持ちだけで十分だし、そんな事しなくてもいいとは思うんだけど……そう簡単に割り切れないんだろうな。
「私が今から言う事はもしかしたら君にとって好ましくない結果をもたらすかもしれない。それでも聞きたいのかい?」
「ええ、大丈夫です。聞かせてください」
「僕からもお願いします。穂久佐村連続幼女殺人事件の真実を知るために検死結果を教えてください」
「そうか、わかったよ」
三隅先生は当時の事を伝える前に念入りに確認すると俺達は即座に大丈夫だと答えた。こうなったらとことん調べるよりほかに道はないだろうし。
「まず最初の犠牲者、楊春蘭ちゃんだが……彼女の遺体は死後野生動物に食べられてしまっていた。そのため頭部は見つからず完璧な状態ではなかったが二つ言える事はある。それは事件性を肯定する証拠も否定する証拠も見つからなかったという事だ。事故死や自殺だとしても矛盾はないだろう」
「それで、もう一つは」
「荻野弘死刑囚は当初ナイフで滅多刺しにして殺害したと供述した。だが遺体にその様な痕跡は全く見られず途中から首を絞めて殺害したという供述に変わった。それが何を意味するかは言わなくてもわかるだろう」
「……警察が都合のいい様に無理矢理そう供述させたと」
「私は検死をしただけなのでそのあたりの事は断言出来ないがそういう事なんだろうね」
真矢は憎悪の感情を必死で隠しながらそう述べると三隅さんは悔しそうにそう伝える。真実はわからないがそれがあまりにも異常な事である事は誰にだってわかるだろう。
「そして二人目の犠牲者の姉歯美鳥ちゃんの遺体、正確には右足の一部だがこちらからはノコギリで切断された痕跡があった。付け加えると足にはドライアイスか何かで冷やされた痕跡もあった。つまり何者かによって遺体が損壊されてどこか冷たい場所で保存された後にそこに置かれたのは間違いない」
「つまり姉歯美鳥は誰かに殺されたと、そういうわけですね」
「さあ、足を失った状態で生きているとも解釈出来る。検死について語る事が出来るのはこれくらいだ」
俺の問いかけに対して三隅さんは答えを一旦保留するも彼は続けてこう言った。
「あの右足が姉歯美鳥のものだと断定されたのは当時実用化されたばかりのDNA鑑定によるものだ。だが君も知っての通り当時の鑑定技術は完璧ではなく冤罪が認められたケースもある。しかも問題はそれだけではない。あの事件を担当した鑑識に左門悟という男がいるのだが、彼は他の事件でも証拠の改ざんや捏造を行なって懲戒免職処分になった。当然穂久佐村連続幼女殺人事件でもそうした可能性はあるだろう」
「そんな……」
「あくまでも可能性の話だがな。だがもし右足が姉歯美鳥のものでなかったのなら誘拐説のある亡くなった姉歯照子が最有力容疑者になっていたに違いない。警察はその気になればいくらでも冤罪を作り出せる。少なくともこの事件ではあまり警察の言う事は信用しないほうがいい。あの事件では様々な思惑が重なった結果常軌を逸した事が起こったのだから」
俺は三隅さんの告白を聞いて愕然としてしまう。それこそ死んでしまいたくなるくらいに。
自分の信じていたものがあっさり偽りだと思い知らされてしまう。
そうか、これが父さんの抱いていた絶望なのか。こんな絶望と父さんは戦っていたのか。
「左門は今実家のある鰈浜で暮らしている。簡単に話してくれるとは思えんが左門に話を聞きたければ繁華街やスナックを尋ねるといい。ドン・キホーテ事件のせいでひどく警戒しているから会う事自体が難しいだろうが」
「ええ、そこは何とかします。彼からは是非とも話を聞かせてもらいましょう。全ての真実を知るためにも」
その言葉に真矢はいつも通り冷静な対応をしていたが心の内はどうなのだろうか。俺と同じ様に脳味噌をかき乱されてはいないのだろうか?
「……ええと、話せる事はこれくらいですか?」
「そうだね、私が知っているのはこんなところかな」
「この際です、どうでもいいと思っている事でも知っている事はすべて話してくれますか?」
三隅さんは全ての話を終えるもまだどこか引っかかっている様な表情をしていたので、俺はそれが無性に気になり自然と会話を促してしまう。
「いや、大した事じゃないんだが……今日取材に来たあのプロデューサーは刈部というのだが、実はあの事件の頃星鳥大学病院で彼を見かけた気がするんだ。その日私は夜勤で廊下を歩いていたら怪しい男と出会ってね。暗くてよくわからなかったがその男と似ているんだよ、気のせいかもしれないけどね」
「それで何かが盗まれたりとか」
「いや特になかったね。少なくとも私の知る限りでは。事件の前だったか後だったかもううろ覚えだし……スクープ目的だとするなら検死の後だったかな? 年をとると物忘れがひどくなってね。すまないがやっぱり忘れてくれ」
「そうですか……」
彼はそれを気のせいだと否定する。随分と不明瞭な記憶だけど少し気になるな……一応頭の片隅には入れておこうか。
三隅さんから聞ける話はこのくらいだろうか。十分すぎるくらい収穫はあったけどまだ全体像は見えてこない。
だけど少しずつピースは集まっている。俺が気付いていないだけできっと真実はもう完成しかけてすぐそこにあるはずなんだ。




