3-2 稲子のプラネタリウムと善悪の問答
その後強引に真矢に連れられて向かった場所は稲子にある施設だった。看板からどのような場所か確認するとここはどうやら児童館らしい。
「ここが俺を連れてきたかった場所か?」
「うん」
「つってもここは……」
ここは言うまでもなく児童館で大の大人が来るような場所ではない。ましてや傷心中の人生をしくじった俺みたいな人間は。
「まあまあ、いいからいいから」
しかし真矢はぐいぐいと誘導するので俺は仕方なく彼女の後をついていく。一体この先に何があるというのだろうか。
「プラネタリウム?」
「そ」
しかししばらく歩いて真矢はプラネタリウムに誘導しようとしている事を理解した。なるほど確かにプラネタリウムなら大人でも楽しめるっちゃ楽しめるかもしれない。
「サンチョ君は星に興味があったりする?」
「いや全然。そもそも東京は空気が汚い上に街の明かりが凄まじいから見えないし。真矢は?」
「普通程度かな。星座の話とか全然分からないし」
「なら何故ここをチョイスした」
しかし俺たちは開始早々そんな前途多難なやり取りをしてしまう。ちなみに先程の動物園はペンギンが好きな彼女のたっての希望で来訪したがこちらは本当に理由がわからなかった。
「まあ説明に飽きたら適当に眠っておけばいいよ」
「そっか」
俺は真矢にそう言われたので適当に過ごす事に決めた。別に勉強しに来たわけじゃないし、スタッフの人には悪いけど適当に聞き流せばいいか。
……………。
ドームの中に入った俺達は椅子に座り上映を待っていた。
しばらく待っていると説明が始まり暗転、天井には作り物の夜空が作り出される。
(へえ……)
そのあまりの美しさに俺は思わず感嘆のため息を漏らした。
スタッフの人の説明などどうでもいい。闇夜を彷徨う人々を導くその光はただただ尊く優しかった。
視界は全て星の光によって埋め尽くされ俺はまるで宇宙と一体になっているかの様な不思議な感覚に陥ってしまう。
この星空は本物ではない。だが星の光が隠されてしまった現代日本においてはむしろ本物よりも本物らしいかもしれない。
俺達が気付かなかっただけでこの星空はいつも頭上にあったはずだ。ただ見えていなかっただけで。
しばらくして夏の大三角形が映し出されて俺は意識を奪われてしまう。俺達にとっては特別な意味を持つ星空が。
(……………?)
ここはどこだろう。俺はドームの中にいたのになぜ外にいるのだ。どこかのキャンプ場の様に開けた場所だがここは一体。
隣で嬉しそうにはしゃいでいるのはまさか萩野キホか。なぜ死んだはずの彼女が楽しそうにはしゃいでいるのだ。
「―――――」
子供たちに向かって笑顔で星の解説をする人物は――荻野弘死刑囚だった。だがそこから悪意は微塵も感じられず、この後犯罪史に残る凶悪事件を起こす人間だとは俺には到底思えなかった。
そうか、これはあの日の七夕の夜の星を見る会なのか。だがどうして俺は……。
……教えてくれ……真実を……誰が真犯人なんだ……。
そう思った瞬間意識は闇に溶ける。それを知ってはいけないと誰かが警告しているかのように。
そこには何もなかった。
ただどこまでも何もない暗闇が広がるだけだったんだ。
……………。
「……ん」
そして世界は次第に明るくなる。先ほどまで屋外にいた俺はやはりドーム内の座席に座っていた。
「よく眠れたかい?」
先ほどまで萩野キホがいた場所に座っていた真矢は寝顔を観察していたのかクスクスと笑った。どうやら俺は眠って夢を見てしまった様だ。
「ああ、気分転換にはなったかもな」
「そっか」
俺は軽く感謝して座席から立ち上がり背伸びをする。
固くなった身体はゆっくりとほぐれなんとも心地よい。これ以上ここにいても仕方がないしひとまず外に出るか。
俺達はドームの外に出て缶コーヒーで一服する。眠気覚ましにはやはり甘ったるい缶コーヒーが一番だな。
「どうだい、プラネタリウムは楽しめたかな」
「ぼちぼちかな。ほとんどぐっすり眠っていたけど」
「ああ、よだれを垂らしてぐーすかぴーすかとそれは気持ちよさそうに眠っていたね」
俺はさぞかし愉快な顔だったのだろう、真矢はその顔を思い出してクスクスと笑った。でもここの所あまりよく眠れなかったからそれでも良かったんだけどな。
「東京じゃ星なんて見えないからな。空って本当はあんなに輝いていたんだな」
「僕が子供の頃はもっとよく見えたけどね」
「子供の頃ってお前俺より年下だろ。多分」
「はは、どうだろうね」
けれど真矢はそんなおかしな事を言った後、
「けどもうあんな綺麗な星空は見えないんだろうな。もう二度と」
と、少し切なそうにそう呟いたんだ。
その消え入りそうな顔に俺は無性に不安になってしまい何か声をかけようとする。しかし何かを言う前に彼女はいつも通りの明るい笑顔に戻ってこう切り出した。
「思えば星座の物語も作り物だよね、身も蓋もないけど」
「まあ神話は大体そういうもんだからな」
「星はそこにあるだけ。その美しさに魅了された人間は勝手に物語を作る。本当は終わりの間際の光なのかもしれないのにね」
その話はどこかで聞いた事がある。今見えている星はもう既に消滅した星なのかもしれないという話は有名なのでもちろん無学な俺でも知っていた。
「もしかしたら僕らも同じ事をしているのかもしれないね。ただの事実から勝手に物語を作ってさ。もしかしたらあの事件もそんな誰かが考えた物語だったのかもしれないね」
「……そうじゃないといいんだけどな」
冤罪には様々なパターンがある。基本的には共通して事実誤認というものがあるが、それはないものをあると信じたというパターンもあったりする。
流石に穂久佐村連続幼女殺人事件はそれは当てはまらないだろうが……少なくとも事故死か自殺を疑われる楊春蘭はその可能性があるんだよな。
「ねえ、君は星鳥の名前の由来を知っているかい?」
「え? いや」
「星鳥の名前の由来はホシミドリっていう神様が由来なんだって。黄金に光り輝くその鳥は星を見守り人々を導くと言われているんだ。似たような話に金烏やフェニックスがあるけどそれとルーツは同じかもしれないね」
「へー、初めて知ったよ」
「今はもう失われた伝承だからね。でもどうしてその神様もわざわざそんな事をするんだろうね。宇宙には千兆個くらい星があるからその中の一つに住む生き物が死のうと生きようとどうでもいいはずなのに。地球が滅んでも別に宇宙は困らないのにね」
「随分とスケールのデカいネガティブ発言だな」
「ふふ、そうだね。ましてや宇宙からすれば冤罪事件の真相なんて些細な事だろうさ。それを明らかにしても闇に葬っても何も変わらない。ただそれだけなんだ」
そしてひとしきり皮肉を言って満足した後、真矢は真面目な顔をしてこう告げた。
「君はどうする? 君は真実の代償を知ってしまった。その先に進んでも得られるものは何もないかもしれない。ただ大切なものを失うだけかもしれない。君はそれでも前に進むというのかい?」
「俺は……」
俺は真矢の問答に何も答える事が出来なかった。何故ならそれに対する答えがまだ見つかっていなかったからだ。
俺は真実が幸福をもたらさない事を知った。偽りが安寧をもたらす事を知った。俺が絶対のものと信じていた正義は数日で脆くも崩れ去ってしまったんだ。
「そうか、サンチョ君はまだ答えがわからないんだね。うん、今はそれでもいいよ」
けれど真矢はそんな優柔不断な俺を叱りつける事はなかった。俺の事を肯定も否定もせずただ見守ってくれたんだ。
「これは僕の持論だけどさ。信念が無ければ正義は偽善になる。けれど信念に従って生きれば偽善も正義になりうるんだ。僕は君が選んだ答えならどんな答えでも受け入れるよ」
「真矢……」
俺はその厳しくも暖かな言葉に胸が震えた。彼女は現実に弱り切っていた俺がまさしく求めていた言葉を与えてくれたんだ。
「あ、そうそう。ついでに伝えておくけどお金が減って来たからしばらくは節約してね」
「?」
そして呆然としていると真矢は全く関係のない話をした。だがその意味がわからず困惑いると彼女はニッと笑ってこう続けたんだ。
「病院に運ばれてどうにか助かった男の子の死亡届とか戸籍とか偽造してさ、結構出費がね。わかるでしょ?」
「ッ!」
俺はその意味を瞬時に理解する。こいつは捏造のプロフェッショナルなので人の死を偽装して生まれ変わらせる事も容易い様だ。
「コーヒー、冷めちゃうよ。早く飲まないの?」
「そう、だな」
真矢の言葉と、古豊千朝日が生きていると知って迷いが少しだけ晴れた俺は彼女にそう促されたのでグビリと少しぬるくなった缶コーヒーを一気飲みした。
結局何が正解なのか、そもそも正解があるのかどうかもわからない。だがまずはゆっくりコーヒーを飲んで落ち着こう。
その甘ったるい一杯は未来を切り開く力を与えてくれる。今は道が見えなくてももがき苦しんだその先にはきっと俺が求める答えがあるはずだ。




