2-24 マンションと逃走ルートの調査
その後流石にエレベーターホールには入れてくれなかったが、権田原さんの協力で俺は警察官が集まっているテントに通されて話を聞かせてもらう事になった。
警察官は場違いな俺を奇異の目で見ているけど今はものすごく忙しかったらしく俺の事を放置して仕事を再開する。
「悪いな、今現場は鑑識がしらみつぶしに調べているから」
「いえ、そりゃもちろんそうでしょう。ここまで連れてきてくれただけで十分です」
「さて、これが現場の写真だ」
そして権田原さんは撮影した現場周辺の写真を見せてくれた。改めて見てもこれといった発見はないがそこにはもちろん血痕が付着した郵便受けの角の写真もあった。無論これは真矢が偽装したものである。
今度は被害女性の遺体を見てみる。白髪交じりの髪の毛でわかりにくいが後頭部には陥没の様なものがありこれが死因となったのは間違いないだろう。
この二つの情報と今在家の供述から彼女は押し倒されて郵便受けの角にぶつかり死亡したという事になった。だがそれはもちろん事実とは異なる。
ではまずは逆算してみよう。郵便受けの角の血液は真矢による偽装工作なのでそれは間違いだ。だが被害者の後頭部には陥没がある。つまり別の何かによって死に至ったと言わけである。それを見つける事が出来れば少なくとも真矢のシナリオに関しては今在家の無罪を証明出来るのだが……。
しばらく写真を見ていると俺は気になるものを発見した。それはエレベーターホールの手前にあった植え込みと玉砂利が敷き詰められた場所の写真だった。
「この写真は?」
「ああ、エレベーターホールの前の植え込みだな。そこで被害者の自宅のカギと血の付いた玉砂利を見つけたんだ」
だが俺は権田原さんの説明が即座におかしいと気付いてしまう。というかこんな事は誰が考えてもわかるだろう。
「事件現場はエレベーターホールなのにどうして外にそんなものが」
「だろう? カギはともかく無理矢理考えるのなら今在家の身体に付着した血痕が落下した、ってとこだが確保をした時に奴に被害者の血痕はついていなかった。そもそもお前は玉砂利の上を歩いた奴の姿を見ていないよな?」
「ええ。今在家は一目散に逃げてしまいました。玉砂利の上は歩いていません」
今在家は捕まらない様にすぐに逃げたのでそんな事をする余裕はないしそもそもそんな必要もない。ではこの血痕は何故ついた?
(そうだ、あの時真矢が)
俺は記憶を辿り彼女が玉砂利の上で何かをしていた事を思いだした。
ではこれは被害者の血が真矢に付着してそれがさらに付着したものか。いや違う、彼女は植え込み周辺を軽く調べてから郵便受けに偽装工作をした。その後彼女もすぐに逃げたので何かをする事は出来ないはずだ。
もっとよく思い出せ。そうだ、真矢は玉砂利の上で何かを拾っていた。その何かがなんなのかはわからないがそれは事件の真相に関わるものに違いない。
……だがさすがにそれについて今この場で話すべきではないだろう。別に真矢を護ってやる義理なんてないんだけど。
「本当の事件現場はここで、誰かが倒れた後エレベーターホールに移動させた?」
「ふむ、お前もそう考えるか」
なので俺は八十点の回答をした。もっと重要な情報はあったけど今はまだそれでいいだろう。
「ならば何故誰かはそうした? 被害者を何らかの理由で殴った。そこまではいい。だがそれを隠すならまだしも人目に付きやすい上に監視カメラがあったエレベーターホールに移動させたのは何故だ?」
「ですよね……いえ、監視カメラは壊れて機能していなかったそうですが普通そんな事しませんよね。すぐにその人物の犯行だと思われるので。壊れた事を知っていた人物ならまだしも……………ああッ!?」
だが俺はとある事実に気付いて叫んでしまった。しかし権田原さんは既にその考えに思い至っていたのか不敵に笑うだけだ。
「何者かは何らかの理由でエレベーターホールに被害者を移動させた。マンションの住人なら監視カメラが壊れていた事を知っていたかもしれない」
「ほう、ではそれは誰だ?」
――そう、その人物は悪質な週刊誌の取材をどうにかしてほしいと管理会社に相談するも、監視カメラが壊れて証拠がつかめなかったと嘆いていた。
俺はハッとなり事件現場かもしれない場所をマンションの図で確認する。
そこは丁度、古豊千さんの部屋の真下のあたりだった。
「……権田原さん。ここに住む住民の人を俺一人で尋ねる事は出来ますか? 知り合いが住んでいるんです」
「目をつけられない程度ならな」
「はい」
彼から承諾を得た俺はすぐに古豊千さんに話を聞くため階段を使って八階へと上る。それが俺の勘違いだという事を願いながら。
俺は焦りながら古豊千さんの自宅を訪れる。しかしインターホンを鳴らすも彼女はなかなか出てこなかった。
「古豊千さん、俺です、堤です」
『……はい』
何度も呼びかけるとようやくか細い声が聞こえ彼女は俺を出迎えてくれた。しかしチェーンロックがかけられており隙間からしか室内を見る事が出来なかった。
その顔は酷く憔悴しており、普段テレビで子供の事を幸せそうに語った時の様な明るさは微塵も感じられなかった。
「ええと、今日はどういったご用件で」
彼女はかなり警戒した様子で俺に尋ねる。この様子では何を聞いても話してくれそうにない。なので俺はわずかに見える室内の様子を質問した。
「なんか散らかってますね」
「引っ越す事になったので。人も亡くなりましたし取材とかもしつこいですし……子供に悪影響がないか心配で」
古豊千さんは幽霊のような眼差しで聞いていない事まで答える。けれどそれだけ聞ければ十分だった。
「すみません、あなたも大変なのに。また日を改めますね」
「……………」
俺がそう答えドアから離れると古豊千さんはすぐにドアを閉めてカギをかけた。こんな様子ではとても室内に入れてくれないだろう。
仕方ない、別のアプローチで調べてみるか。
マンションを出た俺は今在家の気持ちになりながら街を歩いてみる。
彼はこの街に住むホームレスなので土地勘はあるだろう。普通に逃げればすぐに捕まる程度に身体能力は低い。そんな人物が追手から逃げるならどのようなルートを通り、どの様な行動をするのだろうか。
俺は脳内にシミュレーターを作り再現してみる。日の当たらない路地裏を中心に通り、出来る限り相手を撹乱する様に。
余計な思考を一切排除して俺は機械的に可能性のみを考える。あらゆる先入観は不要だ、最適な行動のみを考えるんだ。
だがこれ以上は逃げられない。
しばらく歩くと自動販売機を発見する。ここに何かを隠せそうだ。
俺は犯人の気持ちになり小銭を漁る様にしゃがみ、そこであるものを発見した。
「これは……」
何かがある。しかし暗くてよく見えない。奥のほうにあるので取り出すには道具が必要だろう。
「ほれ、これでいいか?」
「権田原さん?」
しかしそこに権田原さんが現れて錆びついたハンガーを渡してくれた。恐らくその辺に落ちていたものなのだろう。
「ありがとうございます」
俺は心を殺しハンガーを差し込む。ここにある真実を引きずり出すために。
「っ」
そこには血の付いた砂利があった。これはきっと本当の犯行現場のものなのだろう。だがこれじゃない。本当に探し求めているものは。
俺は知らなくてはいけない。たとえそれが残酷な真実でも。俺は覚悟を決めてハンガーを伸ばしてそれを暗闇から引きずり出した。
「ほう。なかなか面白いものが見つかったな」
そして俺は知りたくなかった真実を見つけてしまった。
そこには先端に血痕が付着した星形の金メダルと、壊れた寄木細工があったのだ。




