2-22 真実を求める堤と偽りを作り出す真矢との戦い
取り調べを終えた頃にはすっかり夜遅くになり、俺は閉店間際のラーメン屋のカウンター席で隣り合い真矢と一緒に牛骨ラーメンを食べていた。
牛骨ラーメンのスープは黄金に光り輝き、豚骨と比べるとあっさりしていながらも味が濃く白米と絶妙にマッチする。
一通り満足したところで煮卵の黄身を絡ませて、海苔で巻いてチャーシューと一緒に食べて。
ああ、なんて背徳的な美味さだ! 肌寒い春の夜にはラーメンは最高だな。しかもいい感じに腹も滅茶苦茶減っていたしなおの事である。
「お勤めご苦労様。でも僕の奢りだとわかったとたん一番高いのを頼むあたりいい性格をしているね」
「褒めてくれてありがとよ」
「褒めてないけど」
隣の席に座る真矢はお上品にちゅるちゅると麺をすすっていた。ラーメンは勢いよくすすって食べるのがマナーだというのにカマトトぶりやがって。
「んで? 結局今在家はあの後どうなったんだ?」
「あっさり犯行を自供したよ。郵便受けの物を盗もうとしたら見つかって揉めて、もみ合いになっていたら郵便受けの角にガツンとぶつかって倒れて、財布を奪って逃走したってね。概ね君の予想通りの結末だよ」
「いや何いけしゃあしゃあと。実際は違うだろ。お前はあの時茂みで何をしていたんだ」
俺は真矢が涼しい顔で並べた嘘八百に俺は怒りを隠せなかった。
今在家が倒れた人間から財布を奪ったのは間違いなく事実だ。しかしそれ以外の事に関してはそれが違うとわかっていた。何故なら俺は真矢が現場で怪しい動きをしていたのを目の当たりにしていたからだ
「でも本人があっさり自分がやりましたって認めているからねー。なんでだろうねー。せっかくいろいろ準備したのに無駄になっちゃったよ」
「聞き捨てならない発言が聞こえたがそこはスルーしよう。けど確かに妙だよな」
しかし真矢もまたそれが不思議だったのか本心からそう言った。普通犯罪者というものは決定的な証拠があってもごねる事が多々あり、ましてや疑惑の段階なら屁理屈を並べて是が非でも罪を認めないのがごくごく一般的なリアクションだからだ。
「まあきっと刑務所に入りたかったんじゃない? 衣食住には困らないし失うものが何もないホームレスの彼からすれば刑務所に入ったところで何もデメリットはないからさ。特に日本の刑務所は海外と比べて真面目な人にとってはかなり快適だからね」
しばらく悩んだ後真矢は模範的な回答をした。実際刑務所に入るために罪を犯してわざと捕まる奴は多いから無論その可能性も十分にあるだろう。だが俺はどうにもこうにもしっくりと来なかったんだ。
「君はこの説明でも納得しないのかい?」
「ああ。少なくとも供述と違う部分はある。死因は郵便受けの角にぶつけた事じゃない。それはお前が一番よく知っているだろう」
「さーねー?」
俺の指摘に真矢は白々しくとぼける。もちろんその真実が偽りでも本質的な事は何も変わらないかもしれない。だけど俺はやはり気になってしまったのだ。
「今在家が捕まったしどうせもうここでする事はないんだろ? 俺はこの事件について調べたい。別行動をしてもいいか?」
「そうか」
けれど真矢は食べる手を止め氷の様に冷たい目をして俺を睨みつける。だがそれは最初の事件で見た時の様に悪意に満ちあふれたものではないどこか悲哀を帯びたものだった。
「それは何のために? その真実を探求する事で誰かが不幸になってしまうかもしれない。君はもう警察じゃない。つまり法律では君に真相を知る権利はない。君の正義は法律で認められたものじゃないんだ。それでも知りたいというのかい?」
「……ああ、それでもだ」
だから俺はそう答えた。それがかつては警察官だった自分にとっての正義だと絶対の自信を持っていたからだ。もしかしたらこれは独り善がりの正義なのかもしれないという想いはほんの少しはあったけど。
「なら勝手にするといい。真実を知った時にそれがもたらす結果を受け入れる覚悟があるのならね。経費は常識の範囲内でなら好きに使って構わない。僕は君が無駄な努力をしている間稲子を観光しておくよ」
「ありがとう」
寂しそうに笑った真矢は寛大にも助手の自分勝手な行動を認めてくれる。俺は彼女に感謝をしながら、真相を知るためにまずはどう行動すべきか頭の中で作戦を組み立てて栄養を補給するため全力でラーメンを食い漁って気合を入れた。
俺は真実を明らかにする。
それが俺にとっての正義なんだ。
……それは正義に決まっているはずだ。
これは真実が正義と考える俺と真実に価値はないと考える真矢との戦いでもあるのだ。こいつに目にもの見せるため死に物狂いで真実を明らかにしてやるさ。