生きろ
ラプンツェンはルグレ(・・・)の最後の言葉を聞いた。
ルグレは目を閉じ、動かなくなった。
再びそっと口元に耳を寄せる。
呼吸はしている。だが浅い。
もはや死にかけだ。
ラプンツェンはルグレから離れて、背を向ける。
「く」
俯いて、顔を手で覆う。
思わず漏らした声。
抑制した声。
だがどれほど我慢してもあふれ出る感情は止められない。
(くくくくく! ぬーーっはははははは!
ついに死んだのだ! あのルグレ!
勝った! 勝ったぞ! わし様の勝利だ!)
声を出さずにいたのはギリギリ理性が働いたからだ。
あのルグレが起きるかもしれない。
恐らくそれはないだろうが、それでも危険は冒せない。
ここまで我慢してきたっていうのに、最後の最後に『自分を命懸けで助けろ』とでも言われたらどうする?
魔族の誓約を無視して、自分の命を懸けることになる。
それだけは避けなければならなかった。
だがあのルグレは愚かにもそれをしなかった。
現状を打破する何かいい案はないかと聞いてきたことはあったがそれだけだ。
当然、答えられないと答えた。
それはつまり誓約に触れる部分だったからだ。
だがもしも『おまえが死のうが関係ない。命令に従え』と言われれば、激痛を伴いつつ、命令に従わなくてはならなかった。
(どうやら気づかなかったみたいなのだ……!
くくくく! 所詮はおバカな人間!
やはりこの魔族たるわし様に適うわけがないのだ!)
ここまでやってきたことを思い出す。
協力する姿勢を見せつつ、しかし心の底では秘密を抱え続けていた。
その一つが『脱出する手段がある』ということ。
だが幸か不幸かそれは魔族の誓約に関わる部分だった。
だから話せなかった。
そしてルグレはそれを聞いてこなかったし、無理やり命令もしなかった。
あいつの世話をしたのも、協力したのも情に訴えるという目的があったからだ。
そして最後の最後。
瓦礫撤去で脱出する際、感情的になり作戦が失敗するように仕向けた……わけではない。
(あれは危なかったのだ!
実際、精神的にも肉体的にも限界だったから、やっちまったのだ!)
最悪、ルグレが一緒だとしても逃げられればどうでもよかったくらいまで追い詰められていた。
魔族としてあるまじき行為だ。
ルグレや人間は殺さなければならない。
それは誓約であり、魔族の鉄則だからだ。
だが運よく、ルグレは病気に倒れた。
それ以降は奴が命令できない状態になるまでじっと我慢した。
脱出中に目覚めれば作戦は失敗するからだ。
だがその邪魔も、もう入らないだろう。
ルグレは死ぬ。まだ生きてはいるが間もなく事切れる。
逃げるなら今だ。
ラプンツェンはルグレから離れ、壁際に向かって手を伸ばす。
魔力が歪み、空間が揺れ、現れたのはゲート。
アルスフィアの妖精の村の入り口と同じもの。
中には空中に浮遊した島が見えた。
ややじめっとした森林が広がっている。
少し薄暗いが、この空洞に比べれば雲泥の差だ。
(おお、ちゃんと繋がったか。
アビスが近いからな、ここも入り口として稼働しているか。
うむうむ、ここから『魔界』に入れば問題ない。
別の出口から出ればまた地上に行けるからな!)
ラプンツェンはちらっとルグレに振り返る。
一切動かない。
死んだのかもしれない。
少しだけ心がチクっと傷んだ。
(ふん! 魔族たるわし様をこき使った罰があたったのだ!
いや! そもそも殺そうとしてきたことを忘れていた!
そうだ! 人間もルグレも死んで当然なのだ!)
ラプンツェンは魔界へと足を踏み入れる。
森の中の湿った空気が鼻腔をくすぐる。
懐かしい香りと空気だ。
あとは魔界と地上のゲートを閉じれば終わり。
残されたルグレは死に、自分は体力と魔力を回復して、また地上で大暴れする。
(うむ、完璧な作戦なのだ!
さて、魔界の扉を閉じて……)
手を伸ばす。
視線の先にルグレの姿が見えた。
思わず目を止める。
手も止める。
(……な、何をためらっているのだ。
わし様の敵がどうなろうとどうでもいいのだ!)
人間もルグレも敵。
殺す相手であっても、助ける相手ではない。
同情なんてもってのほかだ。
そう、魔族とはそういうものなのだ。
(よし、閉じるぞ! うむ! あいつは敵だ!
殺すべき相手だ! それに主従契約を結んで酷い目に……)
あっただろうか?
酷い目にあわされただろうか?
誓約という確固たる思考の枷が、なぜが揺らぐ。
あのルグレは最初に殺そうとしてきた。
いや……そもそも。
(最初にわし様が殺そうとしたのか……?
だとしたら、悪いのはわし様……?
い、いや! 人間は敵)
敵なのか?
敵であればどうして協力した?
(そ、それは……それは仕方なく!
そうだ! あんな場所で生きていくには必要なことで)
そうではない。
貴様ではなく。
あのルグレが、なぜ協力した?
必要なかった。
なぜなら、貴様はルグレの下僕。
命令すればよかっただけだ。
すべてを任せればよかった。
それこそ奴隷のように。
なぜルグレはそうしなかった?
(な、なぜ……? なぜって……それは)
理由が浮かばないか。
いや、わかっているはず。
貴様は……いや。
わし様は。
(ぐぐぐぐ! うぐぅ! 頭が痛い……!
主従契約の痛み……じゃない……!
これはなんだ……!?)
痛みが走る。
そのせいでラプンツェンの思考が変わっていく。
強烈な違和感が浮かび、そして消える。
徐々に痛みが落ち着く中、再び視界にルグレの姿が入る。
あれは敵…………。
敵?
憐憫を誘った。
半年間一緒にいた存在。
最初は殺し合い、いがみ合い、しかし魔法という共通の興味の対象があったせいか、あるいはおかげか距離が近づいた。
おかしな人間だった。
自分を殺そうとした相手なのに、あけすけになっていった。
笑顔を向け、目の前で就寝し、あげくの果てに一緒に魔法の研究をする。
魔族に気を許すなんて気が触れている。
そう思うのに。
どうしてか、心が少しだけ温かくなってしまった。
思わず関わりを増やした。
勝手に環境を整備しているのだから、手伝う必要はなかった。
でも自分から手伝いにいった。
情に訴えるとか、これは作戦だとか自分に嘘をついて。
どうせ命令されるなんて言い訳を用意して。
だが。
わかっていた。
本当は、惹かれていた。
あの魔法という技術に。
ルグレの……魔法バカの横顔に。
いいのか?
そんな相手をあんな場所に置き去りにして。
冷たくて、不気味で、怖くて、暗くて、寂しい場所に。
それでいいと思うのか?
(……わ、わし様は……ぐぅ! あ、頭が……)
人間は敵だ。敵だ。敵だ。
敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵。
うるさいうるさい!
敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵。
黙れ黙れ黙れ!
(あいつは……シオン(・・・)は!
わし様を友達と……魔法研究の仲間だとそう言ってくれた!)
ラプンツェンの手は勝手に動き出す。
魔界を閉じようと魔力が生まれた。
扉が閉じ始める。
その瞬間。
ガツン!
ラプンツェンはもう片方の手で自分の頬を殴った。
その衝撃でゲートを通って、空洞へと弾き飛ばされる。
地面を転がり、シオンの真横で止まる。
シオンの顔が視界一杯に広がる。
動けわし様の体。
友達が死にかけているぞ。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!
わし様の邪魔をするなああああああああっ!!」
シオンを両手に抱えて魔界に向けて走り出す。
魔界は魔族の誓約。
禁忌。魔族以外が知ってはいけない。
あの『エルフ』の二の舞になるつもりか。
激痛。
「があああああ!」
死を覚悟する痛み。
足がもつれる。
だが地を蹴る。
「黙れって言ってるのだああああああっ!」
シオンを抱えたまま、ラプンツェンは跳躍。
魔界の扉を通り抜け、そのまま地面を転がる。
『人間どころか、天敵のルグレを魔界へと入れた』。
それがどういうことなのか。
理解しているのか。
激痛。激痛。激痛。
「いぎいぃぃぃ! う、うっるさいのだっ!! もういい! 面倒なのだ!
制約が何なのだ!? 知らんのだ! わし様はなあぁ!
友達を助ける! ぜっっっったいにだ!
シオンが言った! わし様が友達なら! それが事実なら!
それが『命令』なら! わし様は命懸けで救う! それが友達なのだ!」
誓約。
「うがああああああああああああああ!」
死がよぎるほどの痛み。
頭を押さえて蹲る。
だが。
命令。誓約。命令。
誓約誓約激痛誓約制約誓約洗脳誓約誓制約約誓約誓約支配誓約絶滅誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約制約誓約誓約誓約誓約激痛誓約誓約誓激痛約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約誓約制約誓約誓約激痛誓約誓約……うるっせぇ!!!! しつこいのだ!
命令だっつってるのだ!
命令! 命令! 命令! 命令! 命令!
命令……いや違う。命令じゃないのだ!
これは自分の願い。自分の意志。
友達を救いたいという思いなのだ!
「うぐうううううぅぅぅ……ううぅ……!」
そうだ。友達だ。
友達だから助ける。
馬鹿だが、いい言葉なのだ。
それでこそ、わし様らしい。
「な、なんだ……い、痛みが……引いていく?」
頭痛は治まり、静けさが戻る。
魔界の扉は……ゲートは閉じている。
いつもの自分の魔界だ。
そこに……人間が、友達が、シオン・オーンスタインがいるだけだった。
「な、何がどうなって……は!?
よ、よくわからんがシオンを助けないといけないのだ!
べ、別の出口に急ぐぞ! 死ぬな、シオン!
友達を残して死ぬなんて許さないのだ!」
ラプンツェンは走る。
生まれて初めてだった。
誰かのために走るのは。
誰かのために頑張るのは。
いつも自分のためだけに走って、逃げてきた。
あの時も。
すべてを失い、すべてを得た時も。
だが。そんな事実をラプンツェンは知らない。
……誓約。
『ここ』に命令は届かない。
だがそんなことはラプンツェンにはどうでもよかった。
「生きろ! シオン! 生きて、また研究を一緒にするのだ!」
ラプンツェンはただ走る。
友達を救うために。
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この話で書き溜め分はすべて投稿しましたので当作品は休載となります。
以降の投稿予定日は未定です。
活動報告にて当作品の今後について記載しておりますので、よければご覧ください。






