sideWill◇後編
夜会の日、俺はじいじとのんびり夜食をとり、未来の話や両親の話を交わしていた。そこに、予定よりずっと早く帰りの馬車が到着して、何事かと思えば父が母を横抱きにして入ってきた。
「……申し訳ありません。具合が悪いことに気付けず、倒れさせてしまいました」
母を部屋のベッドに寝かせたあと、父はじいじに深く頭を下げた。眉を潜め、きつく唇を噛み締めているその姿は、どう見たって、愛する女の不調を見抜けず自責の念に駆られている一人の男だった。
ただの婚約者なんかじゃない。
この様子を母が見ることが出来たなら、また少しは違ったのかもしれない。
「いや……私も気付けなかったからね。すまなかったね」
「いえ」
「あとは任せて、今日は帰りなさい」
「……はい」
名残惜しそうに母を見つめる瞳は、いつもよりも分かりやすく心配の色が現れている。じいじと俺は顔を見合わせた。
じいじ。どうしてこんな分かりやすいのに、いままで気付けなかったんだ!一緒に暮らしていた俺にも言えることだけど、さ。
「……気付けなくて悪かったと、謝っておいてくれ」
父が俺を見て、悔しさを滲ませながら言付ける。俺に頼むのは癪なのだろう。でもいま、事実として、一番母の側にいて目が覚めて真っ先に話すのが俺だろうから。
「必ず」
「……見舞いにくる」
しっかりと頷いた俺を見て、父は部屋を出ていった。それと入れ代わるようにして叔母さん……妹のリデアさんが入ってきた。
「お姉様」
叔母さんは、完全に美人の部類だ。ふわふわして、ハキハキした母さんとは正反対のタイプ。でも、母のことを慕っていて、母と不仲の父を嫌っていた。いまも、狙ってのタイミングなのだろう。
「苦しそうだわ」
「とりあえず、一晩俺がついているよ」
「どうか、よろしくね、ウィル」
ベッドに駆け寄った叔母さんは不安そうな表情で母の額に浮かぶ汗を拭うと、俺を見据えた。
叔母さんは、じいじが言うならと簡単に俺を使用人として受け入れた。やはりこの家は少し無防備すぎるところがあると思う。
将来婿入りしてきた人と幸せな家庭を築くのを知っているから、なんとも言えないけど。
叔母さんが去ったあと、俺は高熱にうなされる母の横に寄り、手を握った。短命な母の血筋。普段はそんなことを感じさせないけど、もしかしたら元々体が弱いのかもしれない。
冷たくなった母の白い顔を思い出して、俺は一人ぶるりと震えた。
分かってる。こんなことをしても、きっと母の死は変わらない。少しの延命はできたとしてもきっと、血には逆らえない。
だからせめて、今だけは。子が母にすがることを許してほしかった。
「アラン様……」
母はうわ言で父の名前を呼び、何度もうなされながら、丸一日寝込んだ。
◇◆◇
ゆらゆらと誰かを求めるように母が手を浮かせた。その誰かが自分ではないことは分かっていたけど、俺はその手を取った。
熱に浮かされながら、母はどんな夢を見ていたのか。きっと、自分の中の葛藤に苛まれる、苦しい過去のことだ。父との出会いから、今に至るまでの。
起き抜けで俺を父と間違えるのも、仕方のないことだと思った。
見舞いに来ると言えば、あわてて身なりを整えようと体を起こそうとした母をベッドに押さえこむ。
そんな行動力、いまはいらないから!
「私、アランが好きなの」
少しのやり取りを交わして、自分の気持ちを吐露し始めた母に、俺は心の中で知ってるよと呟いた。俺を信用するその理由だって、分かってるよ。
驚きもせず相づちを打つ俺に、母はおかしそうに笑った。スッキリしたような表情に、俺もホッとする。
こうして、誰でもいいから本音を言えていれば。心の内をさらけ出していければきっと、変われるから。
「起きてるのか、マリアナ?」
そんな和やかな空気を破ったのは、見舞いに来た父だった。しかも、状況が状況で。恋愛感情なんてあるわけないのに手を繋いでる俺達を勘違いした父は、母に吐き捨てた。
「━━へえ、そこまで得体の知れない男に手懐けられたか」
……最低だ。
侮蔑の交ざったそれに、怒るよりも先に呆れ返ってしまう。それが、病人に言うことなのかよ。心配してたくせに、先に出るのがそんな言葉なのかよ。
母が焦って否定をしようとするも、感情の読み取れない顔と声で本音を隠した言葉を残した父は、部屋を出ていった。
呆れはしても、放っておくわけにはいかない。俺のせいでもあったので、誤解を解こうと俺は放心する母を置いて先に父を追った。
「おい、待てって!と……アランさん!」
父さんと呼び掛けて呼び直した俺を、父は苛立たしそうな顔で振り返った。
細められた目から覗く赤に、ヒヤリとする。この頃からこの威圧感は顕在だったらしい。公爵家を切り盛りする俺のよく知った父を思い出した。
負けじと目を見返して追い付き、目の前に立つ。父は何も言わず、くいと顎を上げて無言で俺に先を促した。
「えっと、誤解だから」
「…………」
「熱で魘されてて、手伸ばしてたのを掴んでそのまんまだっただけ」
「……だから、俺は別にどうでもいいって」
「嘘つくなよ」
あくまでも形だけの婚約者というスタンスを貫こうとする父に、切り込んだ。
もういいよ、そういうの。やめてくれよ。
目蓋を閉じれば鮮明に思い出される父の泣き崩れた姿に、ギリリと歯を食い縛る。断言した俺に戸惑い、目を泳がせた父の肩を殴るように掴んだ。
「どうでもよかったら、あんな態度とらないだろ。いい加減にしろって。なんでもっと相手を思いやれないんだよ。保身になって相手を傷付けてんじゃねえよ。だから後悔することになるんだよ。欲しいんなら、本音晒してどんな失敗しようが格好悪かろうが何回でもぶつかっていけよ。出来るうちにしろよ。死んだらもう、玉砕することすら出来ないんだぞ!」
少しずつ感情的になって荒くなっていく語気を直そうとは思わなかった。そんなことよりも、伝わってほしかった。
いま、目の前で相手が生きているというその現実が、どれだけ貴重なのかを。永遠には続かないからこそ、何にも代えることのできない大切な時間だということを。
死んでしまったらもう、なにも出来ないんだよ。
思わずポロリと涙が一粒こぼれ落ちた。すぐさま拭ったけど、父はしっかりとそれを目にしていたようで、驚きに目を丸めていた。
「お前……誰か、亡くしてるのか」
「……いまはそんなこと話してるわけじゃない」
「…………」
「いいか。俺は、お見通しなんだからな」
そろそろ母さんのもとにも戻らなきゃいけない。きっとあの人は悲しんでいる。ただでさえ熱で情緒不安定になってるっていうのに。ああ、父さんが分かってくれてたら、それで万事解決だったっていうのに。
「俺はあんたが後悔するところなんか、見たくないから言ってるんだからな!」
掴んでいた肩を突き放すように押し戻したあと、俺はそう叫び、母の部屋へと戻った。後ろで何か父がモゴモゴ言っていたが、聞かなかった。
「ウィル、どうしたんだい」
「じいじ、父さん帰らないようにしといて!」
その道中で揉めているのに気付いたじいじに会い、足止めするのを忘れていたのを思い出して頼んでおいた。さすがにじいじに話しかけられて無下にすることは出来ないはずだろう。
戻った部屋では、母が弱々しく震えていた。いまにも崩れ落ちてしまいそうな脆さを感じ、胸が締め付けられる。
全部俺が打ち明けてやればいい。それが一番簡単で手っ取り早い方法だ。分かってる。でもそれじゃ、ダメだ。それじゃ、本質的なところでなにも変われない。最後は自分達でどうにかしなきゃいけない問題なんだ、これは。
すがりつくような母の近くに膝をつき、俺はわざときつい口調で言った。
「ねえ、マリアナさん。今が、素直になるときじゃないの」
俺の元である黒い瞳が、ゆらゆらと迷い揺れる。
「思ってること言わないから、どんどんすれ違っていくんだよ。このままでいいの?こっちが素直にならなきゃ、あっちが素直になんてなるわけないよ。待ってればいつか、なんて思ってたら大間違いだから。言ったでしょ。今治さなきゃ、死ぬまで変わらないよ、その癖」
受け身同士でいつかいつかなんて、そんなのうまくいくわけがない。しかも保身のための攻撃性も兼ね備えていて、まるでハリネズミのような二人だ。
傷付くのを覚悟で向かっていかなきゃ、どうやって向き合えるって言うんだ。
母さんが立ち上がる。俺はふらつくその体が歩くのを手を差し出してそっと支えた。
やっとこれで、少しは変わるのだろうか。この先の二人の未来は、変わってくれるのだろうか。
いや、変わるんだ。そうじゃなきゃ、俺がここに来た意味がないから。
玄関についたとき、強い意志が伺える母の目を見て、ようやく一仕事終えたような気がして気が抜け、ついじいじとこぼしてしまった。
母は聞き流すことなくそれに気付き、目を丸めて聞き返してきたが、誤魔化すように背中を押した。
「マリアナ」
母に幾分か優しくなった眼差しを向ける父を視界に捉えた俺は、そっと扉を閉めた。
よかった。きっともうこの二人は大丈夫だ。そう確信できる父の声で、俺は達成感と安心感、それから少しの寂しさを感じて、複雑な感情を誤魔化すように掌を握り締めた。
一生母さんを大事にしてよ、父さん。
◇◆◇
見事結ばれた二人は、その後部屋に戻り存分に甘い時間を過ごしていた。これが自分の両親で、その結果俺が生まれるのだろうと考えると何とも微妙な気分だった。
ていうか、そもそも。
「これって、未来が変わるってことだよなぁ……」
俺の知る二人は、背を向け合い決して寄り添うことのない夫婦だった。その中で、公爵夫妻の義務として生まれた俺。
向き合って思いあっている二人の間に、俺はちゃんと生まれるのだろうか。未来が変わったことで、俺の存在は。
それを考えた瞬間、一気に全身に鳥肌がたった。寒気がして、自分の体を擦る。
今ここにいる俺は、戻ったときには存在しないかもしれない。そんなこと、微塵も考えていなかった。でも、未来を変えるって、そういうことだ。
なかったはずのものがあって、あるはずのものがなくなる。二人の通じあった愛情と引き換えに、俺は?
「ひどい顔をしているね、ウィル」
「……じいじ」
蒼白な顔をしているだろう俺の前に、湯気のたつカップが置かれた。使用人が静かに去っていき、じいじが俺の正面にあるソファーに腰掛ける。
じいじ。どうしよう。俺、二人に幸せになってほしくて。すれ違ったままが嫌で。それだけ考えて、動いてきたけど。
「俺、生きてる?」
自分でも驚くほど消え入りそうな声が出た。いま俺は、どれだけ情けない顔をしていることだろう。
だって、いまこの瞬間にも、俺の存在が、消えていってるのかもしれないと思ったら。
「……生きているよ」
「じいじ、俺、ちゃんと、生まれるのかな」
「ああ。もちろんだ。元々ウィルが未来から来たということ自体が不可思議な現象だったが、ウィル、お前は今も、しっかりと私の前にいて、生きているよ」
だから、安心しなさい。殊更優しく、宥めるように言ったじいじは、腕を伸ばして俺の頭を撫でた。その暖かさに、震えが止まる。
大丈夫なのかな。二人が結ばれた今でも、俺は消えることなく存在してる。触れることができる。感じることが出来てる。
俺は、今ちゃんと、ここに生きている。
「ありがとう、じいじ」
完全にとは言えないけど、不安は拭えた。そもそも悩むだけ無駄なのかもな。だって、ここに来たのは俺の意思じゃなくて。いつ戻るかも分からなくて、今生きてても、戻ったときには俺はいないかもしれなくて。もしそうだったとしたら、俺は自分の存在とか、そんなことを考えることすらないわけだろ。
消えるのは怖い。でもそれって、考えてもどうしようもない、いわば、神の領域だ。
「でもきっと、そろそろなんだろうな……」
俺が過去に戻りたいと思ったのは、父と母の関係の修復のためだ。それが俺が過去へ来た意義なのならば、もう俺の役目は終わったのだ。
俺がいるべき時間軸へ帰る日はきっと、近い。
カップに注がれているハーブティーを飲みながら、ぼんやりと物思いに耽る俺の頭を、もう一度じいじが優しく撫でた。
◇◆◇
「あなた、何者なの!?」
甘ったるい空気を垂れ流す父を横に、母が仁王立ちで不可解そうに俺に問い掛けた。
俺が二人の子どもであることをばらすつもりはなかった。というか、当事者の人たちには言っても信じてもらえないような気もしていた。なるべくなら、知られないままがいい。
そう思っていたんだけど。
「お父様の隠し子……!?」
ぶっ飛んだことを言い出してじろじろと不躾な視線を送ってくる母に、俺は開き直ることにした。
実はなんとなく今日なのではないかという予感があった。俺が、こちらの二人と別れる日。朝から胸がざわざわして止まないのだ。
もう、十分だ。決して仲が良いとは言えない、むしろ悪すぎた両親。一度も仲睦まじい姿を見ることは叶わないまま、母は世を去った。その後に思い合っていることが分かったとして、それは後の祭りで。二人が寄り添う光景を見るのは、不可能なはずだった。
「俺結構頑張ったんだから、ちゃんと幸せになってよ、二人とも」
「……それは……なるよ?」
それが今こうして、見ることが出来ている。
もし俺が幸せな二人の未来にいなかったとしても、そもそも幸せな二人を作ったのは俺なのだ。俺あってこその二人で、俺のすべてが消えるわけじゃない。それで、十分だろう。
一言では言い表せない感情が込み上げてきて、じわりじわりと視界が滲んでいく。
いつまでも笑っていて。どんなときも、寄り添って、助け合って、仲の良い二人でいて。俺を忘れないで。大好きだ。俺を生んでくれてありがとう。
父さん、母さんから目を離さないで。大事にしてあげて。母さん、父さんに隠し事はしないで。それから、話せて嬉しかった。
やっぱり俺、また生まれたいな。次は幸せな二人の元に。
まるで強制されているかのように階段を踏み外した俺の体が宙に浮く。
「え……」
「っウィル!」
二人が同時に俺の名前を呼ぶ。それだけでも、幸福感に満たされた。自然と頬が上がっていく。ウィル。二人の息子の、ウィルだよ。すごいな。同時に呼ばれるなんて、初めてだ。
「父さん、母さん━━」
もしまた二人の子として生まれることが出来るならば。
そうしてもう一度、俺の名前を呼んで。いや、一度とは言わず、何度でも。
驚愕する二人を最後に、俺の視界は閉ざされた。
◇◆◇
「おい、ウィル!大丈夫か!」
ゆさゆさと体が揺さぶられて、俺はゆっくりと目蓋を開いた。目の前にあったのは、心配そうな父の険しい顔。
「……アランさん?」
「は?」
ぼんやりする意識の中で、なんか老けた?と思いながら、名を口にする。訝し気に聞き返され、俺はハッとしてどうやら横になっているらしい体を起こした。
……ちがう。父さんだ!
「……お前」
眉を潜める父は、まさしく俺を育ててきた、アラン・リデルト公爵だ。
てことは、俺は正しい時間軸に戻ってきた、ってことか?待て待て。ちょっと今混乱してる。まず俺、無事に生まれてきたみたいだ。うわ、よかった。本当よかった。それで今……すぐ側にフラーラ邸特有の階段。落ちたあとってこと?あれ?でも、なんで父さんが?俺、一人でフラーラ家に来たはずなんだけど。それにそうだ、日記。
「……そういえば、お前を見つけたのもここだったか」
日記を探そうと再び見回し始めた俺に、落ち着いた父の声が降ってきた。
……見つけた?のろのろと視線を合わせれば、呆れ顔でため息を吐かれる。
「あのときは、本当に気に食わなかったな、お前のこと」
それは、まさか。
「……"ウィル"のこと、覚えてるのか?父さん」
「忘れるわけないだろ。そうか、このタイミングだったんだな」
しゃがんでいた父は腰を上げ、地面に座ったままの俺に手を差し出した。それを借りて俺も立ち上がる。
階段から落ちたのに無傷なのは、過去に行ってその間に治したからだろう。
父も俺の全身を流し見て無事であるのを確認すると、おかしそうに目を細めてフッと笑った。
「マリーといつも話してた。お前が過去の俺らの前に現れたのはいつ頃なんだろうなって」
「マリー……」
一度も聞いた覚えのなかった呼び名を耳にした瞬間、俺の脳内に一気にたくさんの記憶が流れ込んできた。
いとおしそうに母をマリーと呼ぶ父と、気の強さは残りつつも素直に感情を出すようになった母。微笑み合う二人。それをいつも側で眺めながら、たくさん愛されて育てられた……俺。
三人で過ごした、暖かくて幸せな日々。
それは、過去に行く前の俺にはなかった、でもたしかに今の俺が過ごした新しい記憶だった。不思議な感覚がして、苦笑がこぼれる。
「まさか、マリーが死んだあとだとは思わなかったけど」
わずかに沈んだ声が、やけに重く響いた。
「……そっか」
母の命日は、やはり変わらなかった。同じように衰え、病に勝てずに亡くなっていった。一ヶ月前のことだ。
変わったのは、父が何よりも母との時間を大切にしたこと。死ぬまで穏やかな時間を過ごし、幸せなまま母は息を引き取ったこと。
ついさっきまで過去とは言えど母と会話を出来ていたことが嘘のように思えた。あれは本当に奇跡だったのだと実感する。
「ウィル」
俯いた俺の頭に、大して変わらない身長の父の手が乗せられた。
「マリアナが、ありがとうって」
その瞬間、そんなつもりはなかったのに、ぶわりと涙が溢れた。滴が落ちて地面に染みを作っていく。流れる涙もそのままに、俺は父の赤い瞳を見上げた。
「ありがとうな、ウィル」
「……っ」
顔には出さないくせに声は震えていて、父も泣きそうなのを堪えているのだと分かった。
もう愛する母を失って悲しみに明け暮れる父はいない。感情を押し殺し、父への気持ちを隠し通した母の日記もない。
素直になれない二人は、もうここにはいない。
「お前は俺たちの、宝だよ」
あるのは、たしかに愛し合い、幸せな日々を過ごした二人の思いだ。
"ウィル"は素直になれなかった二人の末路を知る唯一の人間だ。その一方で、そんな二人の間に生まれ、愛情の溢れる家庭で育てられた、二人の子。
もしかしたら、つらい結末の記憶自体が俺の夢や妄想だったんじゃないか。そんなことも考えたけど、正直もうどちらでもいい。だって、今ここにある現実が、全てなのだから。
一月前、母が死んだ。
いつまでも愛していると泣きながら手を固く握る父の傍で、喜びに満ち溢れた笑みを浮かべて亡くなっていった。
母は特別綺麗なわけじゃなくて、秀でたところもない平凡な人だった。
でも誰よりも幸せそうで、なによりも美しいと思える、そんな笑顔だった。