魔王
そこに、一台のトラックが停車する。
引越しセンターか何かの車らしい。若い青二才がトラックから飛び降りて、向かいの骨董品店に入り、痩せた中年男性に何かを訊ねている。
どうやら道を見失ったらしい。無意識に、伊野は耳をそばだてる。
「え?下川?下川はこっちじゃないよここの国道をUターンして…
地図に書くよ。今ここは、文枝町だから…」
文枝町……
文枝町。
ニコルの住所の履歴に、「文枝」が記載されている。合ってる。こっちか。
伊野は、書類をまた原チャリの椅子の下に押し込み、歩道の石段を蹴った。
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振り向くと、そこに、いた。
黄色みを帯びた乱杭歯に、焦げた肌。低身長の割に、ある程度しっかりとしたガタイ。
白髪混じりの短髪は、不潔な無精髭と同じ色合いをしていた。
そして覗く、鋭い眼光。
「お前、今までどこほっつき歩いてやがったんだ?」
「…っ」
無意識に、ガタガタと体が震え出す。歯の根が合わなくなる。それでもニコルは、懸命に自我を保とうとする。
「聞いてんのか、オラ!」
入口の戸を思いっきり足で蹴られ、思わずびくりとおののいてしまった。
立ち位置が逆なら、まだ良かったかもしれない。だが、あいつが、扉側に立っていては、逃げるにも逃げようがない。
「……っんで…」
「ぁあ?」
「なんで。鍵、」
「……あぁ…最近ちょっとサツが鬱陶しくってよ。あいつら家宅捜索とか言って人ん家に不法侵入しやがるから、鍵閉めといたんだよ
生活保護とか言って善良ぶってロック1つで諦めんだぜ。白状なもんだよなァ日本の警察は」




