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cafe wonderland  作者: 天草暦
19/19

自信

「はあ・・・・紅茶美味しいー!」

「幸せって、こういうことなんだよねぇ。」


夕方5時半。ラストオーダーの時間だ。流石のこの時間になるとあれだけ満席だった席にもちらほら空席が目立つようになってきた。

外の行列は4時半くらいまで続いていて、途中諦めて帰ってしまった人もいたらしい。(何故知っているかと言うと、奏さんからツイッターで話題になってると聞いたからだ。)

なんだか申し訳ない。せっかくの休みの日に来てくれて入れませんでした、というのは悲しすぎる。

明日、でも明後日でもいいから、来てくれるといいなぁ。


「おいしかった、御馳走さまでしたー。」

「また、遊びにくるね!」

「・・・いってらっしゃい、アリス。不思議の国で、待ってる。」

「っデレた!ジャックちゃんがやっとデレた!」

「絶対来る!絶対来るからねー!」


このカフェのコンセプトは不思議の国のアリス、その世界観を壊してはいけないと水月さんから次の様に言われていた。


『いーい、いらっしゃいませ、とかは禁止よ!お客さんはアリスなの、不思議の国に帰ってくる!ってことなんだから。だから来た時はおかえりなさい、帰る時はいってらっしゃいって言うのよ!あと弥生ちゃん!貴方ツンデレなんだから帰り際はちょっと甘えたな感じでいってらっしゃいって言いなさい!』


・・・甘えたな感じというのはよく分からないが、まあお客さんが満足していそうなのでこれでいいんだろう。

ちなみにレジ係は私と奏さん、いない時は秋君となっている。春君も出来るんだけど、双子には出来るだけ早めに接客に慣れてほしいということで極力避けてもらっている。悠里はまあ、機械音痴だから言わずもがなで。

レジ横にあるレシートの束を見る。(うちのレジは控え用も出てくるので、針刺しに刺して置いてあるのだ)結構な量が刺さっており、どれだけの人が来たのか分かる。確かに、今日物凄い忙しかったもんな・・・。

そして閉店5分前、最後のお客さんも会計を済ませ出ていった。私は睦月さんに言われ、扉についているフックの所に「CLOSE」と書かれたプレートを下げる。少し早いけど、店じまいだ。

それを見て安心したのか、悠里、秋君、春君ははあー、とその場に座り込んだ。奏さんは近くの椅子に座っている。キッチンの片付けも終わったようで、睦月さんと蓮さんもホールへと出てきた。


「みんなお疲れ様。よく頑張ったね。」

「き、緊張しました・・・・・!」

「あー・・・生きてる、春?」

「何とかー・・・やっぱ研修と違ってどっと疲れるもんだねー。」

「いやー、流石の俺も疲れたねー。乙女のパワー恐るべしって感じ?」

「・・・・・疲れた。」


開店初日、ばたばたな事もあってか慣れていない悠里や秋君春君だけでなく奏さんや蓮さんもさすがに疲れたみたいだ。

笑ってはいるが、睦月さんも疲れた顔をしている。

まあそんな私も疲れているけれど。休憩があったとはいえ、流石に高いヒールでの立ちっぱなしはつらい。

そこへ、勢いよく休憩室へと向かう扉が開けられる。出てきたのは、ハイテンションの水月さんだった。


「お疲れー!よく頑張ったわねー皆!おかげで大盛況よー!」

「・・・兄さん、今そのテンションはちょっときついかな。」

「あら、若い子たちがだらしないわねー。そうそう、ツイッターとかネットは凄いわよー!良い事ばっか書いてくれる人が多くて、もう嬉しくなっちゃった!」

「へー、評判そんないいんすねー。」

「僕らも休憩中に覗いてたけど、確かに悪いコメントなかったよね。」

「普通は愚痴一件くらい出てきそうなものなのにね。」

「・・・・ね、やよ。」

「どうしたの、悠里?」


いつの間に移動したやら、私の横に悠里がそーっと近付いて来て小声で話しかけてきた。


「・・・・・ツイッターって、よく聞くけど一体何?」

「・・・・・うん。」


その質問を聞いて思いだした。そういえばこの人機械音痴だった。いやでもそれにしたってツイッターの存在くらいは知っていてもいいはず・・・。この様子だと多分ラインやらフェイスブックやら話してもちんぷんかんぷんだろうな。

私もそこまでは詳しくないが、分かる範囲で説明する。


「つぶやき、って言ってね。ネット上にそうやって呟ける場所があるの。例えばお腹すいたとか。それに見ている友達とかが反応してそうだね、とか色々コメントも返せて。で、今回のは多分・・・拡散希望とかそんな感じ。」

「拡散希望?」

「みんなに広めて、って意味。うちのカフェの事を呟いて、それを誰かが見てどんどん広がっていったんだろうね。」

「へえー・・・そんな便利な機能があるんだ・・・。流石だね、スマホって。」

「悠里、一応ツイッターは悠里の携帯でも出来る。」

「ええ、そうなの!?そんなハイテクな機能が・・・!」


・・・・・最近の機械音痴ってこんな人ばっかりなんだろうか。いや、そもそも最近機械音痴って減ったと思うけど・・・。

現代っ子からしたらいいことかもしれないけど、将来困るだろうな。

けど悪いコメントとかなくて良かった。それこそたった一個の悪口が拡散されて間違った情報が広がろうものなら、一気にお客さんが来なくなってしまう。ネット社会恐るべしだ。

・・・・ほんと、「あの女店員感じ悪い」とか書かれなくてよかった。


「じゃあ、今日はゆっくり休んで明日に備えましょう!しばらくは大変だけど、力を合わせて頑張りましょうね!んじゃ、解散!お疲れさまねー。」


水月さんのその言葉で、全員が着替え室へと歩き出した。

2階への階段を上がっていく。働いた後の階段は中々につらかったけど、何とかたどり着けた。

着替えながら、今日一日を振り返る。うん、怒涛の一日だった。

大変で、物凄く疲れてるけど、不思議と嫌に感じなかった。心地良い疲れって、言うのかなこういうの。

もしかしたら初めてかもしれない、忙しいけど楽しいって思える仕事。


「・・・よし、完了。」


着替えも終わった、メイクも落として簡単なのにした。さて、明日に備えて今日は早めに眠ろう。

衣装はタンスにかけておけば水月さんが勝手にクリーニングに出すと言っていたので、そのままにしておく。忘れ物が無いか確認して、部屋を出た。

登ってきた階段を降りていく。丁度、階段の下で悠里が待っていてくれていた。


「悠里。」

「あ、やよお疲れ。一緒に帰ろう?」

「うん。・・・・他の皆は?」

「先に帰ったよ。皆疲れてるみたいだし。水月さんと睦月さんは中で残って何か話してるみたいだったけど。」

「・・・悠里も先帰っててよかったのに。疲れてるんでしょ?」

「何言ってるの、夜に女の子1人で帰らせる訳にはいかないでしょ。」

「え。」

「え?」


悠里の言葉に多少なりとも驚いた。夜って言っても、まだ季節は夏で、どちらかといえばいまだ空も明るい。それに駅までなら人も多いし、危険は無いと思うんだけど・・・。

・・・・というか、そんなこと言われたのは初めてだから、どう対応していいか分からない。


「・・・・やよ、だからもう少し女の子って自覚を・・・。」

「・・・・そんなに私って変わってる?」

「それはもう、ねえ。まあ、これからも俺がいる時は一緒に帰ろう。その方が何か安心するし。さ、帰ろ。」

「あ、うん。」


悠里が歩きだしたので、私も一緒に歩き出す。行きと同じく裏門から出るが、今回は門番さんは立っていなかった。(恐らく仕事が終わったんだろう)

外は夕方になったので多少涼しくはなっていた。今日は風があるので、少しだけ気持ちがいい。


「今日は大変な日だったね。これがしばらく続くんだ・・・。」

「悠里、大丈夫?」

「うん、何とか。水月さんの地獄のレッスンに比べれば幾分ましっていうか・・・。」

「・・・あれ、どれだけきついレッスンだったの?」


研修中、ずっと水月さんからスパルタ教育を受けていた悠里、秋君、春君達にとっては、今日の一日は軽いものに感じるのだろうか。一体水月さんは何をやっていたんだろう。ただ、この様子を見る限りは私は飲食経験あって本当良かったと思った。


「やよは足とか平気?」

「うん、まあ。でもしばらくヒールは仕事以外で履きたくないかも。」

「あはは。それは俺には分からない感覚だなぁ。女の子は大変だ。」

「こういうとき、普段から履いて慣れておけばよかったなと思ったよ。」


それこそ、美里みたいに毎日のように履いてれば、こんなつらくなかったのかな。

これも一種の修行だと思って頑張るか・・・。


「でも、やっぱり流石だなーと思ったよ。」

「え?」

「やよとか、奏さん見てるとさ。経験者ってやっぱり動きが違うなーって。色んな事に気がつくし、俺ってまだまだだなって思ったよ。」

「・・・奏さんはともかく、私はそんな褒めてもらうほどではないよ?」

「そんな事無いよ!やよ、すっごい出来る人って感じだったし。秋君も、春君も、やっぱり器用だなぁと思ってさ。」


羨ましいよ、と悠里は笑う。私が見ている限りでは、今日悠里は目立ったミスなんかはなかったし、きちんとしてたと思うけど。

それに悠里の笑い方は、どこか自分を自虐したような笑顔だった。私はその笑顔をよく見た事がある。

今の職場で働く前、私はいつもそんな顔をしていると美里に指摘されたからだ。


『あんたね、自分を追い込みすぎ。そりゃあ比べちゃうかもしれないけど、あんたにはあんたの良い所があるんだから、そう悲観的にならなくてもいいんだってば。多少図に乗るくらいがちょうどいいのよ。』


以前ご飯を食べながらお互いの会社の愚痴大会になって、私が少しでも悠里みたいな事を言うと美里は決まってそう言った。その言葉は何よりも嬉しくて、また頑張ろうって思えた。


「あ、駅着いた。じゃあ、俺こっちだ。またね、やよ。」

「あ・・・うん。」


そうこうしている内に駅についてしまった。悠里と私は方向が逆なので、悠里はそのまま背中を向けて歩き出す。

・・・私は美里に言われて嬉しかった。多分それは、誰もが言ってほしい、かけてほしい言葉なんだと思う。

私は悠里の方へとかけていき、着ていたポロシャツの背中部分をぎゅ、っと握りしめた。


「え?あ、やよ?どうしたの?」

「え、えと、ごめん。急に。」

「いや、いいけど・・・・。」

「・・・・悠里は、自信を持っていいよ。」

「え・・・?」

「これは、お世話になった人とか友達からの言葉を借りてるんだけど。最初からうまくいったって思える人なんて、いないの。ましてや経験した事無い人が、練習してても本番で絶対に100%出来るって事、ほとんど確率低いんだって。」

「・・・。」

「だから、今はいいの。うまくいかなくても、上手に出来なくても、絶対今度は注意しようって思えるでしょう?その気持ちがあれば、大丈夫。だから、追い込まなくていい。悠里には悠里の良い所がある。ちょっとくらい調子に乗っても構わないと思うし。だから・・・・えっと。心配しなくて、大丈夫。」

「やよ・・・・・。」

「・・・・・・と、言ってみたはいいけどなんかごめんなさい。私凄い上からな言い方だったよね・・・。」

「え?え、全然だよ!?そんな事全くなかったよ!?」


悠里は思い切り首を振って否定してくれてるけど、私からしたらこんな年下の女に何が分かるんだって感じだよね、これ。今日は秋君といい春君といい悠里といい、私上から言ってばっかな気がする・・・。

ううん、と思い悩んでると上からくす、と笑う声が聞こえた。見ると、悠里は笑っていた。さっきみたいなのじゃなくて、本当の。


「・・・・励ましてくれたんだよね、ありがとう。」

「・・・・お役に立てた?」

「うん、すっごく。明日も頑張ろう、って気になれた。ありがとね、やよ。」


いつの間にか、ポロシャツを握っていた手は悠里の両手の中にいた。私の手を握り締めて笑うものだから、何となく気恥ずかしくなってしまう。・・・てゆうか、このイケメンスマイルとか仕草とか、お客さんにやってあげた方がいいんじゃ・・・。あ、駄目だ。ウサギは女嫌いの設定だったか。


「じゃあ、俺からも偉そうにアドバイス。」

「え?」

「俺はやよも自信持っていいと思うよ?」

「ん?」

「さっきもさ、上からとか言ってたけど、全然そんな事無いよ。やよって結構そういうの口癖だけど、言ってる事は凄く正しいんだから、もっと自信持っていいと思うよ。それに俺は、『ごめんなさい』より『ありがとう』とかの方が好きだなぁ。」

「あ・・・・。・・・・・うん、分かった。自信持つ。」

「うん、お互いにね。」


じゃあ、電車来るからと悠里の手が離れた。その手が振られたので、私もばいばい、と手を振り返す。

・・・・なんとか、よかったのか、な?悠里が元気になってくれたら、それでいい。

私も自分の乗るホームへと急ぐ。田舎は一本でも逃すと大変なのだ。

ぎりぎりで電車に乗り込んで、ほっと一息つく。その時、携帯が揺れた。この音はメールの音だ。

鞄から取り出してメール画面を開くと、差し出し人は悠里からだった。

『電車間に合った?今日はありがとね。おかげでよくねむれそう』と出た。(ねむれそうが平仮名なのは、多分変換ミスだろう。悠里機械音痴だし)

『間に合った。こちらこそ、なんだかありがとう。お互い明日も頑張ろうね、おやすみなさい。』と打って、送る。その返事が返ってきたのは、家についてお風呂から上がった頃だった。


「ふう・・・・疲れた。」


ベッドにダイブする。ふわふわのタオルケットが心地いい。このまま眠ってしまいたかったが、髪を乾かさないといけないので、仕方が無く起き上がる。

髪を乾かしながら、なんだか私も良い夢が見られそうだなと思った。



このままがよかったのに。このまま何事も起こらなければよかったのに。

神様がいたとするのならば、どうして私にばかり意地悪するのと言いたくなるくらい。

いつだって悪い事は突然やってきてしまうのだ。

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