9 終幕
あの一件から3日が過ぎた。あのリサって女からの連絡は…まだ、はない。
あの日の最後はF-108でク・シハシ飛行場まで帰ってきた。イーグルの事務所の前の一時駐機場に機体を降ろそうとすると、下ではF-98 MK-Ⅱが完全兵装で駐機していて、ゴローがその出発準備を整えていた。
「おぉ~い!ゴロー!戻ったぞぉ~!」
シュンは機外マイクに向かって叫んだ。下に入るゴローは「了解」のジェスチャーで親指を立てていた。その顔には安堵と心配させやがって?の表情が浮かんでいた。
着陸して、パイロットシートから降りるとゴローが近寄ってきた。
「そろそろ?ヤバい時間だと持って、完全兵装で向かおうと思っていたが、無駄になっちまったな?で?事は上手くいったようだな」
2人は拳を合わせた。
「あぁ?多少の空中戦があったがな、なんとかなった?」
その頃になって、リサがシートベルトを外して降りてきた。ユミもF-108の上から固定ジョイントを外して飛び降りてきた。
ゴローとユミは初対面である。シュンと同じく機械好きの目がユミに釘付けになった。
「ほう?この娘が?YUMI-90か?右腕はどうしたんだ?」
「まぁ?ちょっと?激しいバトルがありましてね?まぁ?このリサさんが直すそうだ?」
そう言った会話にリサが割り込んできた。
「シュンさん、ゴローさん。今回は本当にありがとうございました。代金のお支払いとお礼は近日中に必ずいたします」
そう言って、ペコリと頭を下げてあと、踵を返すとS-1015に乗り込み、
「ユミィ!帰るわよ?私はこいつで帰るから、あんたはF-108をコントロールして私の後について帰ってくるのよ?いいわね!わかる?」
「了解ぃ~!」
そう言うと、ユミは再びF-108の上に飛び乗り、固定ロックに両足を固定した。そして、F-108前後の操縦席が空席のまま垂直上昇した。
「ほう?これがバイオロイドと機体の完全リンクシステムね?初めて見たが?たいしたものだ?」
ゴローは感心してみていた。
そして、2機の機体は夕闇の中に消えていった。
翌日、リサはローズイ将軍の元を昨日の事件の顛末を報告するために訪れていた。ローズイはひどく驚いていたが「ここから先は私の仕事だ」と、リサの報告書を持ち、軍司令本部に向かった。
F-108とYUMI-90が無事に戻ってもリサの心は何故か晴れなかった。普段は寝る時だけしか使わないスタンバイルームに一日中、明かりもつけずに制服のまま、一人で引き持っていた。「私ってどうしちゃったのだろう?」ク・シハシ飛行場から帰ってきて、ユミの右腕の修理と点検、報告書の作成と報告が終わるまでは忙しく仕事が出来ていた。
でも、今は何もする気はない。テンションもモチベーションも上がらない。それどころか、時折、息が苦しくなった。でも、呼吸困難ではない?
その時、スタンバイルームをノックする音がした。「今は誰とも会いたくない」と、無対応を決め込んでいると、勝手にドアを開けて女が入ってきた。キミコだった。
「リサ?あんた何しているの?」
強い口調だった。年齢はリサよりも2つも年上、でも、階級は自分の方が下のキミコが階級でなく名前で呼ぶ時、それは以前にも、何度かキミコが見せた本気だった。本気でその人の為を思っている時は、怒られても叱られても怖くない、恨まれても痛くない。そう言った強い覚悟の上の行動の時だった。
「リサ・ラファエル!今すぐ起きなさい!これは命令です!」
本気の口調が更に強く激しくなった。リサが起き上がるとキミコはカーペットの上に正座していた。
「リサ・ラファエル!そこに座って!」
リサはゆっくりとベッドを降り、キミコの指さすところに正座して座り、キミコに相対した。
「リサ、あなたの体調不良の原因は、あなたのダブル・イーグルとシュンって男性に対する“恋心”が原因です。報告書を読んでわかりました。あの報告書にはあなたの“夢と希望と思い”が滲み出ています」
その言葉にリサは全ての事象が繋がった気がした。あの日はたった半日だったが充実していた。心地よい緊張感があった。「今の私では、今回の仕事の支払いが終われば、私とダブル・イーグル、そしてシュンとゴローとはもう、赤の他人。2度と会う機会はない」その寂しさが原因だった。
「キミコ?私…どうしたらいいの?教えて?」
キミコからは本気の顔が消えて、いつもの笑顔になっていた
「少佐?ここから先は実務の話です。プラン1、まず、連合宇宙軍を退職して、ダブルマークまたはダブル・イーグルに再就職する気はありますか?」
ダブルマークへの就職はほとんど鉄壁で不可能と言われていた。毎年、数回の募集記事をネットで観たことがあるが、募集人員はいつも若干名。民間組織からだろうか、採用された人間を見たことも、聞いたこともない?ほとんど都市伝説の話だった
リサは「さすがに、それは自信がない?」と沈黙した。それを見たキミコは
「それではプラン2を提示します。少佐はわが軍の“出向規定・研修規定”をご存知ですか?」
軍内の規定は様々で千種類以上あり、さすがのリサもすべてを覚えてはいなかった。キミコが続けた
「私は無理ですが、佐官以上の人間が自らを高めるために、軍籍を残したまま、民間組織への出向と研修が認められています」
すべてが繋がった!
「キミコ!ありがとう!私、ちょっとローズイ将軍に会ってくる!」
そう叫ぶと、リサはキミコがいるのも忘れて、制服を脱ぎ捨て下着姿になったあと、ロッカーから式典用の制服を引っ張り出し着替え始えめた。そして、買ってはあったが、あまり使っていない化粧道具を出してきてメイクを始めた
「やっと?エンジンがかかったみたいね?世話の焼ける少佐殿!」
キミコは微笑んでリサを見ていたが、メイクが進むに連れて、驚きがあった「この娘?…化けた…こんなにも綺麗だったの?」いつも、憧憬の目で見てはいたが、リサがここまで化けるとは思わなかった。
シュンとゴローは朝一番の高速での輸送仕事を終えていた。午後1時を回っていたが、「昼飯は必ずオフィスで食べる」これが2人の暗黙の鉄則だった。
下を見たゴローが言った
「C-77の軍用バージョン?誰か来たのかな?」
心当たりはあった。先日の一件だ?代金なら持ってこなくても振り込んでくれて、メールの1本で済むの?と思いつつも、ハンガーに機体を入れて事務所に戻ると、事務所の前の駐車場に馬鹿でかいレジャーパラソルとレジャーテーブルとレジャーチェア、そこでは4人が座って、3人が紅茶を飲んでいた。初老の軍人と、若い娘が3人、一人はあのリサだった。若い娘の一人は、あの時のバイオロイドだった。それと、立って待機している体格のいい男の軍人が5人。女が駆け寄ってきた。リサだった。シュンは「この間の女とは雰囲気も威厳も全く違う?軍服もなんか?前着ていた服と違い、礼式用みたいでかっこいいし、化粧もフルメイク?今日は化けてきた?」そう思った。
「シュンさん?今日は代金のお支払いに来ました。それと、私の上司がどうしてもお礼を言いたいって事で連れてきました。紹介するわ、私の上司のローズイ将軍、階級は少将よ」
初老の軍人立ち上がり右手を差し出して握手を求めてきた。
「はじめまして、シュン君、ローズイだ。今回の件ではリサが大変お世話になったと聞いている。連合宇宙軍を代表してお礼を申し上げる。それと、今回の事件で軍内の人的セキュリティに問題がある事が判明し、現在、その対策と対応が進められている。これも、君たちのおかげだ。ありがとう」
社交辞令ではあるが、ローズイはシュンとゴローと握手を交わした。そして、「まぁ?座り給え?」のジェスチャーを見て席に着いた。
「シュンさん?まず、お金の支払いね?お約束の5万ボルです。確認してください」
すっと、サインだけすればいい領収書付きの分厚い封筒をシュンの前に差し出した。シュンは領収書にサインしてリサに返した。中身の札は?多分?大丈夫だろう?
「さて、シュン君」
ローズイが話し始めた。
「すいませんが?“シュン”でいいです。ゴロが悪い」
「そうか?わかった。ところでシュン、わが軍には“スカウト規定”といった物があってね。佐官以上の人間が年に1人“これは!と言う人間”を発見した場合、スカウトできると言うものだ。で、今年は、私がゴロー君を、そして、リサ少佐が君を指名しようと思っている?どうだろうか?連合宇宙軍に来る気はないかね?」
シュンとゴローは顔を見合わせた。
「結論から言いましょうか?それとも能書きから言いましょうか?」
「軍人は気が短い。結論から聞かせてくれたまえ」
二人が口を揃えた。
「イヤだ!」
完全な拒絶である。実はシュンもゴローも軍人が大嫌いだった。今回の仕事もリサの涙の映像がなければ受けないつもりだった。
「そうか?リサ君、残念だがこれほどの拒絶では、この件は諦める…しかないようだな?」
「そうですね?残念ですが、この件はきっぱりと諦めます」
リサは残念そうな顔を見せたが「これまでの対応は予想と予定のとおりの、織り込み済み。本番と本戦はこれからよ?」口元がニヤっと笑っていた
「それでは?話はここで終わりですね?僕達は昼食がありますので、そろそろ?お引き取りください」
ローズイが話を続けた。
「シュン、悪いがこの場を20分程度、貸してもらえないだろうか?」
「構いませんが?」
シュンが了承した途端、ローズイが5人の軍人に顎と短い言葉で「おい!」と指示をした途端5人の軍人は動き出した。レジャーパラソルとレジャーテーブル、そして、レジャーチェアを片付け、4方にポールを立てて、その間にロープと紅白幕を張った。2人が呆気にとらわれていると、一人の女が声を発した。キミコだった。
「これより、リサ・ラファエル少佐の民間組織、“ダブル・イーグル”への出向伝達式を行います。リサ・ラファエル少佐、前へ!」
勝手な辞令交付式が始まった。キミコからローズイへ辞令の紙が渡った。
「リサ・ラファエル少佐、本日より2年間の民間組織、“ダブル・イーグル”への出向を命ず、なお、携行備品として、F-108を1機とYUMI-90を貸与する」
リサに出向辞令が手渡された。
「はい、出向辞令を受領いたします。連合宇宙軍の名誉のためにしっかりと研修いたします」
シュンとゴローは唖然としていた。「あのうるさい女がうちに来る?何が起きている?どうしてこうなった?」パニック寸前であった。
「シュン。と、言うわけだ?うちのリサをよろしく頼む」
何とかパニックから抜け出したシュンが叫んだ。
「連合宇宙軍からうちに出向?そんな前例、聞いた事がない?それにダブルマーク評議会を通してもらわないと、後で、大問題になりますよ?わかっているんですか?」
ローズイは静かに語った。
「確かに、佐官以上でしか使えない、研修・出向規定を使ったのは私も初めてだ」
ローズイは言葉を続けた。
「シュン、君はダブル・シャークを知っているかね?」
「ダブルマークを持っている人間でダブル・シャーク知らない奴は一人もいませんよ?」
「そうだろうな?では、ダブル・シャークのリーダーでもあり、ダブルマーク評議会の委員長でもあるシャーク・リコイルは知っているかね?」
シュンは驚いた。シャーク・リコイルは巨大組織ダブル・シャークのリーダーだが、その本名を知っている人間は極僅かだ。いつもは「シャーク」か「親方・お頭・親分」で通っている為、ほとんどのメンバーは本名を知らないでいた。
「なんで?シャークの本名を知っている?」
「何、簡単な事さ、実は私とダブル・シャーク、シャーク・リコイルとは以前から親友でね?家族ぐるみの付き合いなのだ。そして、それにシュン、実は君とも2度ほど会っている。まぁ?2度とも大規模なパーティーに招かれた時だったし、私も平服で気づかなかったとは思うが?それに、タブレットを確認したまえ、もう、そろそろ連絡が入っているはずだ?」
直ぐに、ゴローがタブレットを開いた。そして驚いた。
「シュン?シャークからのメールだ?え?何んだこりゃ?」
驚いて、ゴローはタブレット画面をシュンに見せた。
「ダブルマーク各位 この度、連合宇宙軍から当組織にリサ・ラファエルのメンバー採用要請があり、慎重かつ厳正に審査した結果、リサ・ラファエルのメンバー登録を認める事になった。配属先は“ダブル・イーグル”とする。ダブルマーク評議会委員長シャーク・リコイル」
シュンは「これは?何かの間違えだ?」と全文を2回ほど読み返したが、同じ結果だった。
「シュン。と、言うわけだ?君の全ての疑問は埋まったかね?さて、これは老人の独り言だが、リサ君は隊内でも人気者でね?信奉者もファンも多いし、カリスマ性もある。更には非公式ファンクラブなる物も3つほど確認されている。万が一、彼女が泣いて帰ってくるようならば、本当に、ダブルマークと連合宇宙軍との全面戦争になるかもしれない。私もそんなくだらない戦争は、やりたくもないし、したくもない?君にはこの意味がわかるかね?」
つまり、リサに対する対応には細心の注意を払えって事だ「とんでもないものを…を押っ付けられた」シュンは覚悟を決めた。
「…了解しました。リサ!たっぷりと2年間!こき使ってやる!覚悟しろ!」
ほとんど、ヤケの大声捨てセリフだった。
その言葉を聞いてリサとキミコ、そして、ユミの3人は「やったぁ!」、と手を取り合って、飛び跳ねて喜んだ。ただ、キミコだけは別の思いがあった「これで?リサを通じてダブルマークへのコネが出来た」実はキミコは、ダブルマークへの熱い思いがあった。いつかはダブルマークのメンバーになって、宇宙を駆け巡りたい!そんな野望があった。
女同士の飛び跳ね喜びダンスも終わり、リサがシュンとゴローの元に来て、2人の手をとり
「シュン!ゴロー!これから2年間よろしくね!」
その笑顔には目標達成の眩しい笑顔があった。
終り




