第六章 兵士の給料
北方国境では戦闘が増えていた。
遊牧部族は、前年まで小規模な襲撃しかしなかった。
家畜を奪い、追撃されれば戻る。
ところが今年は違った。
集落を焼いた。
見張り塔を襲った。
王国側の巡回部隊を待ち伏せした。
将軍ヴァルターは王都へ戻り、軍備増強を求めた。
「最低でも二千人を北方へ増派する必要があります」
「金がない」
財務卿が言った。
ヴァルターの眉が動いた。
「猫宮殿にはある」
誰も言葉を発しなかった。
アルフォンスが将軍を見た。
「またその話か」
「兵士の給料が三か月遅れています」
「後で払えばよい」
「猫貴族への俸禄は遅れておりません」
「猫に罪はない」
「兵士にもありません」
王は机を叩いた。
「猫を引き合いに出すな」
「出しているのは私ではございません」
ヴァルターの声は静かだった。
「兵士たちです」
王は黙った。
北方守備隊では、その年の冬、配給の小麦が不足した。
寒さをしのぐための外套も、全員には行き渡らなかった。
同じ月。
ミルク侯爵の誕生祝いが開かれた。
猫宮殿の大広間には、南国から取り寄せた花が飾られた。
宴には高級魚が並び、猫たちが食べ残した料理は大量に廃棄された。
その噂は、北方の兵舎まで届いた。
若い兵士が言った。
「俺たちより、猫のほうがいい暮らしだな」
誰も笑わなかった。
年老いた兵士が答えた。
「違う」
「何がです」
「猫のほうが偉いんだ」
それだけだった。
だが、その言葉は兵舎から兵舎へ広がった。




