第三章 侯爵閣下のお通り
猫宮殿が完成して一か月後、アルフォンスは新たな問題に気づいた。
猫たちを王宮へ連れてくる方法がない。
もちろん籠へ入れれば済む。
だが王はそれを拒否した。
「ミルクは侯爵だぞ」
「承知しております」
「侯爵を籠に入れて運ぶのか」
侍従長は答えに困った。
「……通常、侯爵は馬車へお乗りになります」
「そうだ」
その日の午後。
王は馬車工房へ命じた。
猫専用の馬車を作れ。
しかも一台ではない。
爵位を持つすべての猫に、それぞれ身分に応じた馬車を用意せよ。
侯爵には四頭立て。
伯爵には二頭立て。
男爵には一頭立て。
内部には絹張りの座席を置き、揺れても猫が落ちないよう柔らかな寝台を設ける。
馬車の扉にはそれぞれの紋章まで描かれた。
ミルク侯爵の紋章は、金色の魚だった。
最初にその馬車が王都を走った日、市民は道の両側へ集まった。
豪華な馬車だった。
護衛騎士八名が前後を固めている。
先頭の騎士が声を上げた。
「ミルク侯爵閣下のお通りである!」
人々は何事かと頭を下げた。
やがて馬車の窓から白い顔が覗いた。
猫だった。
「……猫だぞ」
誰かが呟いた。
隣の男が腹を抱えた。
子供たちは大喜びした。
その日の酒場は、その話題で持ちきりだった。
だが翌週、新しい命令が出た。
猫貴族の馬車が通行する際、平民は道を譲ること。
馬車の前を横切った場合、不敬罪に問う。
笑い話ではなくなった。
ある日、市場で荷車を押していた老人が、猫伯爵の馬車へ気づくのが遅れた。
護衛兵が老人を道端へ突き飛ばした。
積んでいた林檎が路上に散った。
馬車の窓から、黒猫ノワールが外を見ていた。
老人は地面に膝をついたまま、その猫を見つめた。
猫は何も悪くない。
ただ窓の向こうから外を見ていただけだ。
それでも老人は立ち上がると、落ちた林檎を拾わず帰っていった。
王宮では別の問題が起きていた。
貴族たちが、猫に贈り物を始めたのである。
「陛下、我が領地で獲れた最高級の鮭でございます。ぜひミルク侯爵閣下へ」
「ほう。喜ぶだろう」
「こちらはノワール伯爵閣下へ、南方産の柔らかな敷物を」
「気が利くではないか」
最初は王の機嫌を取るためだった。
だが次第に、贈答には意味が生まれた。
王は猫に親切な貴族を好んだ。
猫宮殿へ多額の寄付をした貴族の息子が、中央官庁の役職を得た。
ミルク侯爵に毎月魚を贈る伯爵家の訴訟では、王が直接口を挟んだ。
いつの間にか宮廷では、猫に近づくことが出世の近道になった。
「最近、貴族たちは私より猫宮殿へよく参ります」
ある夜、エドガーが言った。
王は笑った。
「よいことではないか。猫は争わない」
「猫を利用して人間が争っております」
「考えすぎだ」
「そうであればよいのですが」
宰相の不安をよそに、猫を中心とした奇妙な宮廷政治は成長していった。




