第四章 第七話:朝焼けに託すもの
――5:00
数時間前の一悶着がなかったかのように、
東雲建設寮は静けさに包まれている。
そんな中、朝から威勢よく寮の廊下を闊歩していく閃花の姿があった。
『ドンドンドン!』
「おらーッ!!!お前らッ!!!
早く起きやがれってんだ!朝のトレーニングに行くぞ!」
朝からハイテンションな閃花は、みこととリンを起こしに来たが、
二人は全く反応せずに眠り続けていた。
「ちッ……いい度胸じゃねぇか。どれ、そんじゃ実力行使といくか」
閃花は二人の掛け布団を一気に引きはがしにかかり、
ベッドから強制的に引きずり落とした。
床に崩れ落ちたみこととリンは、未だに寝ぼけており、
意識はもうろうとしている。
「……な、何ですの?……こ、ここはいったい?」
「……う~む。で、殿下はどこに……」
埒が明かない状況に閃花は苛立ち、強制的に二人を両肩に担ぎあげた。
みこともリンも寝ぼけているので、
担ぎ上げられたことにすら気づいていない。
「ん?……そういやぁ、もう一匹いたっけか?
おい!ろあん!隠れてねぇで出てきやがれ!
お前も一緒に行くぞ!」
ろあんは昨晩の騒動から、ベッドの下に潜り込んでいたが、
閃花の叫び声に反応し、しぶしぶ姿を現した。
「朝からうるさいわね~。私は行かないわよ。
何で付き合わなきゃいけないのよ」
閃花はろあんの姿を確認すると、ズカズカと近寄り、
首根っこを掴んで、強制的に連れていくのであった。
「ちょっとー!!!放しなさいってばー!
あーもう!何であたしがこんな目に!」
ろあんは手足をばたつかせ抵抗を試みるも、
閃花の馬鹿力に抗うことは出来なかった。
――屋外に連れ出された二人と一匹は、
閃花によって地面に放り投げられる。
『ドスンッ!』
「痛ッ!……もう、何なんですの?……ここは?」
「ん~……いつの間に外におるのじゃ」
「シャーッ!ちょっとあんた!少しは丁寧に扱いなさいよね!」
閃花は仁王立ちし、鬼の形相で全員を睨みつける。
「お前ら!さっさと朝のルーティーンをこなすぞ!
おふくろから言い渡された課題があんだろうが!
まったく、お前らの不甲斐なさのせいで、
俺が付き合わされる羽目になったんだからな!
オラッ!とっとと反復トレーニングとやらをおっぱじめんぞ!」
みことはようやく頭が回り始め、状況を理解できた。
「はッ!……ちょっと!寝巻のままじゃないですの!
リン!あなたも寝巻のままなんて。
こんな格好で表に出るなんてはしたない!
閃花さん!一度着替えに戻りますわ」
一方、リンは気にすることもなく、ろあんと話をしている。
「おねえちゃん……おはよう」
「まったく!おはようじゃないわよ。ブツブツ……」
三者三様のまとまりのない様子に、閃花はキレはじめる。
「お~ま~え~らーッ!時間通りに起床もできないくせして、
勝手なこと言ってんじゃねー!
このままだと、俺まで朝飯抜きになるじゃねぇか!
今日はもうこのまま始めんぞ!
……それとも、おふくろに喝を入れてもらうか?」
――連帯責任。
京花は、まだ体力がない状態でのトレーニングで、
一週間ほどは疲労が抜けきらないと予測していた。
しかも、慣れていない早朝トレーニングなど、
開始もままならないであろうことも。
そこで、体力が有り余っている閃花に、
当面の間、起床係と付き添いを任せた。
そして、ここは東雲建設である。
専務の命令は絶対であり、
もし遂行できないということになれば……。
閃花は、自身の朝飯を賭け、
みこと、リン、ろあんに容赦なく発破をかけるのであった。
――京花の話が出てきた瞬間、みことは一気に正気に戻り、
慌ててリンとろあんを促す。
「リン!ろあんさん!何を言っても無駄ですわ!
とりあえず、早くノルマをこなしていきましょう」
みことは地べたに座り込んでいたリンを立たせ、
愚痴るろあんを促し、ウォーキングを開始した。
「うぉっしゃー!これから二時間、みっちりやんぞ!」
閃花の号令の下、みこと、リン、ろあんは、
悲壮な面持ちで朝のルーティーンを開始するのであった。
閃花を先頭に、リンとろあんが続き、
みことがリンの後ろからいつでもサポートできるようにと、
最後尾に位置取りし、
隊列を組んでウォーキングとジョギングを繰り返していく。
――そんな慌ただしい風景を、東雲建設寮の三階から眺めている人物がいた。
「……みこ。それがあなた自身が望んだものであるのならば、
わたくしは何も言いません。
ふふ、でも、良い縁に恵まれたようですわね……」
意味深な表情で、みことたちの様子を傍観しているまいあ。
「んん……ッ!こ、ここは?」
「目を覚まして?めい」
めいあはベッドに寝かされており、
ようやく目を覚ました。
「……ここは?……ま、まいちゃん?あ、あれ?あれれ?」
「ここは東雲建設の寮ですわ。専務さんがあなたを運んでくれましたの」
「み~ちゃんの先輩のお母さん……。
そうか……負けちゃったんだよね。……強かったね。まいちゃん」
めいあはおぼろげな記憶をたどり、現実を受け入れ始める。
いつもの明るいめいあの姿はそこにはなく、
目に涙をいっぱいに溜めて、今にも溢れ出しそうな感情をグッと堪えていた。
「……ええ、この上なく。
たとえわたくしたちの得意とする薙刀術をもってしても、
結果は変わらなかったでしょうね」
まいあは、痛めた手首に巻かれた包帯をさすりながら、
己の未熟さを痛感していた。
「戦闘だけではありませんわ。
わたくし達をものの見事に誘導した巧みな戦術と、
落としどころへと導くネゴシエーション能力。
そして……罪を犯したにも関わらず、
お父様への筋を通し、こうやってわたくしたちを労わってくださる心遣い。
全てにおいて……完敗ですわ。
めい、貴方でしたら痛いほど理解しているのではなくて?」
完敗……。
まいあの放ったその言葉は、めいあの心に深く刺さった。
天才ゆえの、座学では収まりきらないバイタリティと、
底抜けに明るい性格との相乗効果で、
あらゆる困難を、奇想天外な方法で乗り越えてきたという自負があった。
しかし――
その道のプロには全く歯が立たなかった。
模擬戦で手も足も出なかったことだけでなく、
終始、京花の掌で転がされていたという屈辱。
めいあは掛布団で顔を覆い、咽び泣くことしかできなかった。
「う~……。こんなに完膚なきまでに打ちのめされたのは、
生まれて初めてですのー。
ひッㇰ……くやしいよ~まいちゃん……まいちゃ~ん!」
まいあは、めいあの頭をやさしく撫でた。
「ふふ……よしよし。
これでやっと、めいも謙虚さというものを学べたのではないかしら?
かく言うわたくしも……ですが」
「ぶぅー……めいちゃんはお姉ちゃんですのに~」
「はいはい。……めい。
みこのことは、こちらの方々にお任せしましょう。
むしろ、あれほどの人物の傍で学べることの方が、
彼女にとって、得難き無二の価値になりますわ……違いまして?」
「……うん」
掛布団で顔を隠しているめいあは、静かに返事をした。
「あとは……お父様ですわね。
まあ、今回は完敗しましたが、次はこうはいきませんわよ。
戦いはまだ始まったばかり。
めい。今度はもっとお母様も巻き込んで、連携を強化していきますわよ。
いいですこと?」
「うん……。
めいちゃんからみ~ちゃんを離そうなんて、絶対にダメなんですから」
「めい。わたくしのみこです」
「ぶぅ~めいちゃんの」
「わたくしの……」
京花の躾も虚しく、
拗らせていることへの反省は……していないようだ。
――めいあとまいあは、しばらくして東雲建設を後にするが、
特にまいあは、夜のうちに撤収しなかったことを死ぬほど悔やむ。
夜間と違い身を潜める術などない。
周りは通勤、通学の人込み。その中で――東雲建設潜入時の格好……。
そう、黒のレオタード姿のまま、歩いて帰宅しなければならないという、
人生最大の恥辱を味わうこととなるのである。
「もう!めい!だから爺に連絡すると言いましたのに!」
「ふふ……たまにはこういうのもよろしくてよ!
まいちゃん!手を繋いで帰るとしますかー!」
「ど、どんな罰ゲームなんですの?それは……」
「だってー、まだ足が痛いんですものー。
いいでしょ~まいちゃ~ん」
「まったく。これだからめいは……ブツブツ」
まいあはめいあの手を取り、なんとか目立たないように、
挙動不審者のように周囲の様子をしきりにうかがう。
しかし、その怪しい挙動と、さすがにアイマスクははずしているものの、
異様な出で立ちが逆に目立ち、
人とすれ違うたびに二度見、三度見されては視線を集めてしまう。
一方、めいあは既に吹っ切れており、人の目など全く気にしないどころか、
むしろ注目してくる通行人に対して、
時折ファンサするかのように手を振って笑顔で応えている。
「あれ?今日ってなんかコスプレのイベントあったっけ?」
「ん?ドラマか何かの撮影か?」
「な!?朝からなんちゅう格好してんだ?」
すれ違うたびに聞こえてくる大衆の声に、
まいあは生まれて初めて、羞恥心というものをトラウマ級に味わうとともに、
もう二度と、めいあが勧めてくる衣装は着まいと……心に誓う。
――二人は十二分に注目を浴びながら、帰宅の途に就くのであった。
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次回――「飽くなき探求の証」
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