暗殺計画1
残酷な描写がありますので苦手な方はご注意ください
途中、馬車馬の休憩を数回含めて4時間かけて鉱山に到着した。
今回の視察は鉱山保安部の大臣からの要請で、現場の声を聞いて労働環境の改善を図るとともに士気を高めてもらいたいというのが主な目的だった。
あわせて採掘計画、採掘量の確認と、新坑道で見つかった水晶が一面に埋まっている壁を是非見ていただきたいと要請されたら、断る理由はなにもないと二つ返事で了承した仕事だ。
「エリアス殿下、お待ちしておりました」
別の馬車ですでに到着していた鉱山を管轄する鉱山保安部の大臣と、現場監督に笑顔で挨拶を交わし、昼食を一緒にとりながら鉱山の話や雑談をした。
大臣はいつも笑顔を張り付けているような男で、何を考えているのかよくわからない節がある。
「初めのころは、もうこの山の水晶は採り尽くしたのかもしれないと囁かれておりましたが、新坑道が大当たりしまして、当初の目標量からするとまだまだでございますが、ここ
1か月の採掘量は目を見張るものがあります」
直近の採掘量の説明を聞いた後、さっそく坑道の中へと入っていく。
作業中の鉱員たちの邪魔にならない程度の労いの言葉をかけながら奥へと進んでいった。
坑道の灯りとして吊るしてある火のランタンを見ながら、せっかくここで水晶が採れているのだから、このランタンを火ではなく光る魔石にしたら坑道内の火事や誤爆がなくなり、より安全になるのではないかと考える。
鉱員たちにとっても「自分たちが掘っている石がこういう役割を果たしている」と具体的にわかったほうが励みになるだろう。
近頃のアリサの魔力量はすさまじい。
本人にその自覚はあまりないようだが、鍛えれば鍛えるほどに倍増していくような印象だ。
ランタン全てを魔石に替えるとなると必要数は相当なものになるだろうが、アリサならそれぐらいお手の物だろう。
最近の魔石の注入では、最初の頃していたような、ひとつひとつ魔石を握って…というようなまどろっこしい作業ではなく、魔石を木箱に並べて手をかざし、ズバンズバンと一瞬で作業を終えてしまうようになってきた。
これは色々な意味でヤバすぎる…と、その光景を見た誰しもが思っており、さすがのランドールもそれを国王陛下に報告するのをためらっている様子で、アリサの魔力がとんでもなことになっているという現実を知っているのは、魔法職の面々と兄と自分だけだ。
それでも魔力を使いすぎるとフラフラになるのは相変わらずで、
「エリオット、ギューして」
と、けだるげな声で甘えながら抱きついてくるアリサは半端なくかわいい。
……おっと、仕事中にまたアリサのことを考えてしまった。
現実に戻って作業中の鉱員たちに労いの言葉をかけながら先へと進んでいった。
同行のセバスチャンは数十メートル後方で、鉱員ひとりひとりに労働環境への要望がないか聞き取り調査をしてくれている。
大臣や王子には直接訴えにくいこともあるだろうという判断でそうした。
帰りの馬車はセバスチャンが書き留めたその要望ひとつひとつに目を通すことになるだろう。
新坑道の奥へと進み、大臣から
「この先でございます。右側の壁一面に水晶の原石が埋まっているのです」
と言われて、思わず足を速めた。
そこは少し開けた広場のように施してあり、天井も高い。
その右側の壁には天井までびっしりと水晶の原石が埋まり、ほの暗いランタンの灯りに照らされてキラキラと光っていた。
磨かれていない原石が一面に埋まっていてもあまり光らないだろうと期待していなかったが、これはなかなか…。
アリサがこの光景を見たら喜びそうだ。
そんなことを考えながら水晶の壁をしばし眺め、
「綺麗ですね」
と大臣を振り返ると、大臣一行との距離がずいぶんと開いていることに気づいた。
こちらにはすぐそばに護衛の兵士がひとり。
その兵士が隣に立っていたから、当然大臣たちもすぐ後ろにいるのだろうと思い込んでいた。
ゾクリと嫌な予感がしたと同時にかすかに感じた火薬のにおい。
護衛の兵士とともに広場の中央へと飛んだ瞬間にズドンと音がして、この広場と坑道をつなぐ入り口一帯の天井が崩れ落ちた。
入り口は崩れ落ちた石や土砂で完全に塞がれた。
ランタンの火まで消えたのは崩落の衝撃のせいだろうか、それとも…。
真っ暗闇の中で護衛の兵士も何か危険を察知しているのだろうか
「殿下は私の後ろに。いま予備のランタンをつけますので」
緊張した声が響くものの目が暗闇に慣れず、息遣いでかろうじて自分の前方に兵士が立っているようだと推測できる程度だ。
そこへ、タタッと軽い足音が聞こえたと思ったら、何かを振り回すような音、そして
「ぐあぁっ」
という兵士の声が響き渡る。
自分の足元にドサッと大きなものが倒れる音と気配。
兵士が倒れたのだろうか。
「大丈夫か!?」
しゃがんで確認しようと低くした頭の上を何かがヒュン!とかすめた。
この空間にはどうやら刺客が紛れ込んでいるらしい。
頭を下げていなかったら今の一閃で首を切られていたかもしれない。
しかも真っすぐこちらへ向かってきて兵士に切りかかっていることから察するに、入り口が崩落する前からどこか暗闇に潜み、目を慣らしていたのだろう。
幸いなことにしゃがんで兵士の体に手を伸ばしたときに、腰の剣と思われるものに触れていた。
1秒たりとも無駄にしてはいられない。
柄を握ると、しゃがんだまま鞘から引き抜きざまに横なぎに払った。
剣先が何かを切り裂いたような手応えのあと、ザザっという地面をこする音が少し離れた場所から聞こえた。
刺客が飛び退ったのだろう。
刺客は今のところ一人。
おそらく身軽で装備は軽装。
剣を真っすぐではなく、斜めに傾けて構える。
攻めではなく防御の態勢だ。
さっきの一撃で相手も警戒している。闇雲に剣を振り回したところで当たりはしないだろう。
目が利かない分、こちらが圧倒的に不利だ。
タタッという軽い足音が再び聞こえた。
切り込んでくる。
集中して五感を研ぎ澄ませ、相手の攻撃は左横からだと判断して剣を傾けた。
ガキン!という手応えからすると、相手の持つ武器は刃の分厚い短剣だろうか。
剣でいなして、また防御態勢に入る。
何度かそれを繰り返すうち、かすめた短剣で左腕を負傷した。
傷も出血もたいしたことはないはずだが、次第に痺れが出始めた。
毒が塗ってあるのか……。
息も上がってきて集中力が続かない。
相手もそれを悟ったか、連続して切りかかってこられて壁に追い詰められた。
まずいな…。
そう思ったとき、背にしている水晶の壁が突然まばゆい光を放ち始めた。
驚きと眩しさで一瞬目がくらむ。
それは自分のすぐ手前まで迫っていた短剣を振りかぶる刺客も同様で、しかも壁を背にしていた自分とは反対に、真正面からその不意打ちの閃光をくらったのだ。
「ぐっ…!」
とうめいて動きを止めた相手の隙を逃さず、その首に剣を突き立てた。
そして反撃を食らわぬために短剣を叩き落す。
刺客は首から血しぶきをほとばしらせながらガクリと膝をつき、ゆっくりと前のめりに倒れた。
刺客の男の痙攣がおさまったあと、首を触るとすでに脈はなかった。
その首にチェーンがかけられているのに気づき外してみる。
ペンダントヘッドはオオカミを象った紋様だった。
何かの証拠になるかもしれない…
それをポケットに押し込んで立ち上がる。
これは鉱山の崩落事故を装った暗殺未遂。
あの大臣と現場監督がそれに関わっているのは間違いないとして、鉱員たちは?
セバスチャンは無事だろうか。
落石の向こう側でガヤガヤと騒いでいる声は聞こえるが、内容まではわからない。
毒を塗られた短剣で切り付けられた左手は、すでに腕全体が痺れていて使い物にならない。
いずれ痺れは全身に広がるだろう。
「くそっ時間がない」
光は次第に弱まってきている。
突然光始めた理由はわからないが、アリサが助けてくれたのではないかという気がしていた。
自分をかばって命を落とした護衛兵の元へ行き、跪いて低い声で祈りの言葉を告げてしばし黙祷した。
そして、彼の持ち物から携帯用の小型ランタンを取り出して、片手でどうにか灯りをつけた。




