魔石の注入ふたたび
晩餐会が毒混入騒動で妙な形でお開きとなり帰宅した後、わたしとエリオットは約束通り枝豆を一緒に食べた。
エリオットには炭酸を注入した白葡萄酒――スパークリングワインってやつ?も添えてみたら、炭酸のシュワシュワと塩ゆでした枝豆の相性がとてもいいと喜んでもらえて、大満足の夜食となった。
おやすみ前のベッドでは、お互い毒を食べずに済んでよかったということや、毒見役という過酷な役割がなくなる世の中になるといいねと語り合っているうちに、いつの間にか寝ていた。
「アリィ、いつも不安にさせてすまない。でも、兄さんとアリィのあんな姿を見せつけられて、僕だって不安で仕方ないよ」
先に眠ってしまったアリサにその言葉は届いただろうか。
逃がしはしないという意思表示をするかのように、いつもより強くアリサを抱きしめて、エリオットは眠りについた。
******
明けて今日は、フグの毒の説明と魔石の注入のために昼過ぎに一人で王宮を訪ねた。
入り口で警備兵に挨拶しようとすると、奥の詰め所から休憩中の彼らの会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか?魔女の膝枕で瀕死の男が息を吹き返したらしいじゃないか」
「は?ちがうだろ。オレが聞いた話だと、魔女は大人を軽々持ち上げる怪力で、しかも人差し指でツンツンされると泡になっちまうって話じゃなかったか?」
ほうほう、どこの魔女のことかしら。
ミランダ妃のお屋敷の人たちはずいぶんとおしゃべりなのね。
目の前に立つ警備兵が焦って、わざとらしい咳ばらいをした。
「どうもこんにちは。怪力の魔女が王太子殿下のお仕事の手伝いに参りました」
詰め所まで聞こえるように大きな声で告げると、詰め所がシーンと静まり返る。
「伺っております。どうぞお通りください」
警備兵がばつの悪そうな顔で言いながら通してくれた。
わざとらしく右手の人差し指を撫でながら詰め所をのぞき
「休憩中のところ申し訳ないけれど、エリアス殿下の執務室まで案内してくださらない」
と言うと
「は、はひっ!」と、情けない返事をしてひとりが立ち上がり、エリオットの元へと案内してくれた。
そしてエリオットと一緒に隣のランドールの執務室へと行き、昨日の晩餐会に出たフグの毒の説明をした。
フグの内臓は猛毒で加熱してもなくならないこと、斑点模様の皮も食べないほうが無難であること、毒の症状がでるのに時間がかかり、食べた直後ではなく時間が経ってから痺れが出始めること。
わたしのフグの毒の知識はそんなにたいしたものではないけれど、長らく豊富な魚介類から遠ざかっているこの国の人たちよりも、わたしのほうがフグに詳しいようだ。
「ところで何でそんなにフグの毒に詳しいんだ?」
一通りの説明を終えたところでランドールが口を開く。
「わたしの故郷ではフグはよく食べる食材です。たまに毒に当たっちゃう人がいて、いろんな情報源からフグの毒で体が痺れた人がいるっていう話を聞くので、わたしぐらいの年齢になればこれぐらいの知識は誰でも持っているかと」
と答えると、
「毒があるとわかっていながら、なぜ食べる」
とさらに質問された。
そんなの分かり切っている。
「専門の知識を持っている人が捌いて毒を取り除いた状態で売られているし、なにより美味しいから食べるに決まってるじゃないですか」
すると、エリオットを含め、その場にいた全員が呆れた目でわたしを見つめた。
え?え?
わたしヘンなこと言った?
ランドールがコホンと小さく咳ばらいをして
「魔女の故郷がどうかは知らんが、我が国ではフグを食用にすることは当面禁止にするよう次の国王陛下との会談のときに打診する予定だ。もちろん、おまえも国内でフグを食すことは禁止だ」
と言った。
なんですと!?美味しいのに!
ただまあ、これから先、海でフグを釣った人たちが毒に当たったり、お店でお客さんたちにふるまって集団で毒に…ってなるより、きちんと情報共有してそれが浸透するまでは禁止するのがいいのかもしれない。
そう思うと、大きな被害が出る前にミランダがわたしたちにフグの毒を盛ろうしたのは結果オーライのファインプレイだったと言えるのかも?
「それで、ミランダ妃はどう言っていたんですか?」
昨日、ランドールはあのあとミランダと話をしているはずだ。
「どうもなにも『毒のある魚だとは知らなかった』の一点張りだ」
ランドールは片方の眉をクイっと上げて言った。
たぶんここにいる全員が、そのランドールの表情と同じく「んなわけあるか!」と思っているはずだ。
でも仕方ない、証拠不十分。
もしも昨日、わたしたちがあの料理を食べて毒に当たっていても、万が一それで誰かが命を落としていたとしても『予期せぬ不幸な事故』ってことになっていたんだろう。
「王太子、第三王子、王弟の娘、魔女。一番死んでほしいのは誰だろ?」
魔石の部屋へ向かいながらぽつりとつぶやくと
「おまえに決まってるだろ」
とランドールが呆れた声で即答してきた。
「えぇっ、わたし!?」
「あちこちで随分と派手にやってくれたらしいな。国民からの評判がどんどん上がっている」
「あちこちでって、何かしましたっけ?最近のお出かけは砂浜と畑だけですけど。それとミランダ妃と、どういう関係が?」
そう返すと、ランドールが大きなため息をついた。
「『無自覚』とは怖いな。詳しいことはここでは言えない。後でエリアスに聞いてみろ」
並んで歩くエリオットの顔を見上げると、エリオットもこちらを見ていて少し困った顔をしていた。
そうか、王宮の廊下ではどこに聞き耳があるか、わからないんだったっけ。
そこからはおとなしく口をつぐんで魔石の部屋へ向かった。
今日も、あの男の子にお土産のおにぎりを持ってきている。
前来た時に渡した天むすは食べてくれただろうか。
部屋に入って魔法職のみなさんに挨拶を済ませ男の子を見ると、向こうも個別にわたしに声をかけていいものか考えあぐねてソワソワしている様子だったから、わたしのほうから近づいていく。
「こんにちは。こないだのおにぎり食べてくれた?」
「はい。とっても美味しかったです。あ、あの!ぼく、オルゴと言います」
「オルゴくん、いつも魔石の注入ありがとう。今日も、おにぎり持ってきたから食べてね」
そう言って、カゴからおにぎりの包みを取り出すと、オルゴの顔がパアっと輝いた。
よかった、おにぎり気に入ってくれたのね。
「今日のおにぎりは、枝豆とわかめのおにぎりで、外側にくっつけてるのは葉っぱじゃないから、全部食べられるからね」
説明しながらオルゴに手渡した。
顔を上げると、魔法職のほかのメンバーたちがみんなこちらを羨ましそうに眺めていた。
思わずふふっと笑ってから
「今日はみなさんにも差し入れがあります。いつもお疲れ様です」
隔離された不自由な環境での仕事をねぎらいつつ、塩ゆで枝豆を取り出した。
わたしが魔石の注入をする間は休憩時間ということにしてもらって、さっそく味見してもらう。
枝豆を宣伝しなくてはならないもの。
みんなの評判も上々で、ぐふふとなりながら魔石の注入を開始した。
「フル充電!」
2回目で慣れたのか、枯渇寸前まで魔力を消費・全回復を繰り返して魔力量がアップしたのか、初めてだったあの日よりも、さらにハイペースで魔石注入を進めていった。
もっとどんどん持ってこーい!
と思ったところで、エリオットから「待った」がかかった。
「アリィ、休憩しよう」
エリオットに後ろから肩を抱かれて振り返りながら
「まだ大丈夫よ?」
と言ったけれど、エリオットは険しい顔で首を横に振った。
「熱い紅茶を。砂糖多めで」
エリオットは誰かに指示を出したあと、わたしの手をいつもより強めに掴むと、用意してもらっていた休憩用の部屋へと引っ張っていく。
「え?あの……ほんとにまだだいじょう、、」
「だめ!」
かぶせ気味に言われてしまった。
あれ?もしかして、怒ってる?
手を引かれるがままにしておかないと、公衆の面前でお姫様抱っこされかねないと気づいて、おとなしく従うことにした。
休憩用の小部屋にはソファとサイドテーブル、簡易ベッドがあった。
わたしのために用意したというよりは、普段からこんなかんじで使用している様子だ。
たぶんわたしのように魔石の注入でフラフラになっちゃうことがあるのだろう。
エリオットはわたしを部屋の中に入れて後ろ手で扉を閉めると、すぐにわたしを抱きしめた。
「エリオット?」
「アリィは頑張り過ぎだ。倒れるんじゃないかって、途中からハラハラさせられっぱなしだった。ほら、体が冷えてるじゃないか」
自分では気づかなかったけど、体が冷えてるってことは結構消耗していたのね。
しばしそのままエリオットの胸のぬくもりを堪能していたところへ、コンコンと扉をノックする音が聞こえて、わたしたちは体を離した。
届けてもらった熱い紅茶を飲み終えて一息つくと、手の温かさが戻ってきた。
それでも、「もう大丈夫」と言っているのにエリオットになかなか離してもらえず、ソファに座るエリオットの膝の上に乗せられて甘々な時間を過ごした。
二人で休憩室から出ると、魔法職のみなさんとテーブルを囲んで談笑しながら枝豆をつまむランドールがいた。
強引に連行してここに閉じ込めて魔力を吸い上げている…そんな悪い印象を持っていたけれど、それは勘違いで、少なくともランドールと魔法職のみなさんとの関係は良好なのかもしれない。




