晩餐会4
「アリィ、大丈夫?顔色がよくないよ」
エリオットがわたしのそばに来て、手を伸ばそうとする。
それをすかさずフィリスが
「エリアスお兄様」
とエリオットの手に抱きついて引き留め、何か話しかけようとした。
その様子を無言で見つめていたら、なぜかランドールがフィリスを乱暴にエリオットから引きはがして、フィリスの手をつかんだまま応接室へと向かい始めた。
「やめておけ。それ以上挑発したら、次はお前の首がへし折られるかもしれんぞ」
「もおっ、ランドールお兄様ったらわけわかんない、なんですのそれ」
二人はそんなやり取りをしながら前を歩いていく。
わたしとエリオットはその後ろを並んで歩いていて、エリオットがわたしの顔を覗き込みながらあれこれ声をかけてくれているのはわかっていたけど、毒で気持ちが昂っているわたしの耳にはエリオットが何を言っているのか全く入ってこなかった。
どうしよう、頭の中が混乱しすぎていて、本当に魔力が暴発するかもしれない。
もしや、こうやってわたしにストレスを与えるのが目的なのか?
わたしがぼろを出したら追放できるものね。
胸の奥に黒いモヤモヤが生まれ、それが徐々に体を蝕んでいくような気持ち悪い感覚に襲われて襟元をぎゅっとつかむ。
立ち止まってエリオットを見上げると
「アリィ?本当に大丈夫?」
エリオットも立ち止まって、わたしの頬に手を伸ばしてきた。
あったかくてホッとする。
この人はいつだってわたしの味方だ。
わたしの頬に優しく触れるエリオットの大きな手が心地よくて、黒いモヤモヤが晴れていくのを感じながら目を閉じた。
感情が大暴れすると魔力も暴れそうになる。
もしも流されるままにそれを解放すれば、このお屋敷ぐらい吹っ飛ばせそうな気がする。
エリオットはそれを落ち着かせてくれる、心の安定剤なんだ。
「もう大丈夫。ありがとう。ねえ、帰ったら一緒に枝豆食べよう」
そう言って微笑むと、
「いいね」
と、エリオットも嬉しそうに笑った。
そしてわたしたちは手をつないで応接室へと向かった。
ふたりで応接室へ入ると、先に到着してソファに座っていたランドールが
「うまく御せたようだな」
と言ってニヤリと笑った。
やっぱりこの人は、わたしたちを試しているんだ。
毒を前にしたわたしがどう対処するのか、
激しく動揺した時にわたしがどうなるのか、
それをエリオットがうまく抑えることができるのか――。
試しているだけじゃない。
この人はそれをおもしろがっている。
悔しさをにじませているところへ、ランドールのそばにいつもいる側近のメイソンが入ってきて、ランドールに何か耳打ちした。
ランドールの瞳がかすかに揺れる。
そして静かに告げた。
「毒見役が倒れたそうだ。今夜の晩餐会はこれでお開きだな」
ランドールは立ち上がりてきぱきと指示を出した。
「エリアスはフィリスを送ってそのまま帰宅しろ」
「魔女は毒見役の治療を頼む。できるよな?」
わたしはこくこくと頷く。
「治療を終えたらセバスチャンと一緒に帰宅しろ」
「俺はこのままここに残ってミランダ妃の申し開きを聞くことにする」
そう言ってランドールはニヤリと笑った。
「ああそうだ魔女、明日は魔石の注入を行うから午後に執務室に来い。そのときに今夜の毒のことについても詳しく話を聞かせてもらおうか。どのような毒か心当たりがあるんだろう?」
側近に連れられて応接室を出ようとしたところで呼び止められた。
はいはい、明日は魔石注入ね。
「はい、かしこまりました。ではまた明日」
一礼して顔を上げたときに、心配そうな顔でこちらを見るエリオットと目が合った。
大丈夫だよ、という意を込めて微笑んで小さく手を振り、今度こそ応接室を出る。
毒見役の人の元へと案内してくれているランドールの側近メイソンは、普段あまり表情をかえず、常に口角を上げて笑顔を取り繕ってはいるものの眼鏡の奥の目は決して笑ってはいないという側近の鑑のような存在だ。
「メイソンさん、毒見役の方はいま体が痺れちゃってる状況ですか?毒見をした時間は?」
フグの毒に当たったのだという前提で質問してみた。
「ほう、やはり毒にお心当たりが?その通りです。ろれつが回らなくなったと思ったら瞬く間に全身が痺れて、今は厨房の隣の毒見用の部屋の床に寝かせている状態です。動かしていいものか否かも不明でしたので。いま王宮付きの医師もこちらへ向かっていると思います。
毒見をしたのは30分ほど前です。通常、毒見から15分経過して何もなければ殿下にお出しする決まりとなっています。あの魚の煮込み料理を毒見した際には気になるニオイ、味、ともに無しという記録が残っています」
メイソンは腕時計と記録を見比べながら正確な情報を教えてくれた。
ふんふん、と頷く。
やっぱりフグの毒だわね。
「急ぎましょう、麻痺が進むと呼吸が止まって死んじゃうかもしれない。そのお部屋はどっちです?」
「この先に見える厨房の奥にある扉がそうです」
それを聞いて、わたしはメイソンを置いて猛ダッシュした。
扉を開けると、小さなテーブルとイスの横の床に若い男性が寝かされていた。
苦しそうにあえぎながらグッタリしている。
間に合いそうだ、よかった。
わたしは床に座り、毒見役さんの頭を自分の膝にのせた。
「もう大丈夫ですよ。わたし痺れ取りの呪文は得意なんです」
彼の額に手を当てて
「痺れよ痺れよ、とんでいけ~。フグの毒よ、とんでいけ~」
と念じると、ふうっと大きな息を吐いて、彼の表情がやわらいだ。
遅れてようやく到着したメイソンが、下がった眼鏡を指でクイっと戻しながら
「もう治してしまったんですか?」
と少し呆れた様子で聞いてきた。
「はい、痺れが消えて呼吸がラクになったみたいです。もう大丈夫ですね」
ドヤ顔で応えて、そばについていたメイドに膝枕をかわってもらった。
麻痺も毒も消えたはずなのに毒見役の彼の顔色はイマイチ冴えない。
もともとこういう顔色なんだろうか。
「毒見役」という過酷なお仕事のせいだろうということは容易に想像できるけど、自分がそれをとやかく言う立場ではないこともわかっている。
「じゃあわたし、これで帰りますね。あとはお医者様にお任せします」
「ありがとうございました」
毒見役の彼にお礼を言われて、その手をそっと握った。
「どうぞおだいじに」
立ち上がって、メイソンにも頭を下げ部屋を出ると、セバスチャンがちょうどやって来たところだった。
このお屋敷へ来た時と同じようにセバスチャンとふたりで帰ることになった。
バスチャンが声を潜めながら
「ここだけの話、おぼっちゃまは王太子殿下の命令でフィリスお嬢様をないがしろにできないのです。私の口からはあまり詳しくお話しできませんが、政治的な思惑に巻き込まれないようにするためとだけお伝えしておきます。
おぼっちゃまがフィリスお嬢様と親しくされることにアリサ様はさぞや心を痛めていらっしゃるでしょうがどうかご容赦ください」
と、エリオットにかわって釈明してくれた。
「うん、エリオットからはフィリス様とは何でもないから大丈夫って聞いてはいるの。でもね、目の前でベタベタされるとやっぱり腹が立つし、あの二人が美男美女でお似合いすぎて、なんだか自分にガッカリするし、毎回すごくモヤっとしちゃって……」
話しながら不意に涙がこぼれそうになった。
外が暗くてよかった。
そうでなきゃ、セバスチャンに泣きそうな顔を見られてしまう。
「どうぞご安心ください。この私から見ても、おぼっちゃまの目にはアリサ様以外の女性は一切映っておりません。それに、おぼっちゃまにもっとワガママをおっしゃればいいのです」
セバスチャンの気遣いあふれる優しい言葉に救われる。
その一方で、でも!とかぶりを振る自分もいる。
「ワガママを言ったらエリオットが困るでしょう?わたし、魔力の加減がわからなくって、すぐに倒れてはエリオットがお仕事を休んで付き添ってもらって迷惑をかけているのに」
するとセバスチャンは、ふふふと笑った。
「困るどころか、おぼっちゃまはむしろ喜ばれるのでは?おぼちゃまにとっては、お仕事よりもアリサ様のほうが優先度が高いのですから、迷惑と思わずに思う存分おぼっちゃまに甘えなさいませ」
「えぇっ、もう十分甘えさせてもらってるのに。これ以上甘やかされたらわたしの心臓がもたないかもしれないじゃない」
ついさっきまで泣きそうだったのに、今度は顔がみるみる熱くなっていく。
ああ、本当に辺りが暗くてよかった。
そう思いながら、セバスチャンと一緒に帰宅した。
セバスチャンはというと、暗がりでもしっかりとアリサの声色や遠くの灯りにかすかに照らされた表情から、その揺れ動く感情を正確に読み取っていた。
おぼっちゃまがどれほどあなたのことを大切で愛おしく思っているか、どう言えば伝わるんでしょうねえ。
おぼっちゃまには、アリサ様がかわいらしいことをおっしゃっていましたと、それだけは報告しようと心に決めたセバスチャンだった。




