デート1
翌朝、わたしはひどく困り果てていた。
きのう、エリオットとの話を終えるとすっかり夜になっていて、「さあ帰ろう」というエリオットに、これからはここがわたしの家だから、もうお屋敷には帰らないと告げると
「じゃあ僕も帰らない」と駄々をこねはじめた。
おぼっちゃまが新たな魔女と無断外泊だなんて、セバスチャンに殺されます。
エリオットから借りたコートとハーブティーを渡して
「おとなしく帰らないと明日デートしないから!」
と無理やり追い返した。
そして、いろいろなことが起きた1日に疲れ果ててあっという間に寝てしまい、気づくと朝になっていた。
目覚めて時間を確認すると、エリオットが迎えに来る時間が迫っていた。
急いで支度をしないと!
顔を洗って髪をとかし、着替えを…と思ったところで、わたしは大事なことに気づいて立ち尽くしてしまったのだ。
デートに着ていく服がないー!
プリシラの服はわたしには丈が長いうえに胸元もぶかぶかで、どうにもならない。
え?こんなときの魔法?
無理無理、焦れば焦るほど「あわわわ」としか言えないぐらいテンパっているんだから。
とそこへ、薬屋の入り口の扉をノックする音が聞こえた。
あぁ、エリオットが来てしまった。
「おはよう、アリィ」
朝から最高の笑顔をありがとう。
それに引き換えわたしときたら…
「エリオット、どうしよう。今日のデートはキャンセルしたいの」
そう言うと、エリオットは心配そうにわたしの顔をのぞいてきた。
「ん?体調が悪い?」
「ちがうちがう、そういうんじゃないの」
わたしは、ふるふると頭を横に振る。
「あのね、着ていく服がないの」
エリオットは一瞬ポカンとした後、プッとふき出した。
「じゃあ、まずこれからアリィにぴったり合う服を買いに行こう」
「こんな格好で服屋さんになんて恥ずかしくて行けないわよ。わたし……」
思わず口ごもると、
「なあに?」とエリオットがさらに顔を寄せてきた。
いまここには二人以外だれもいないのに、大きな声で言うのが恥ずかしくて、エリオットだけに聞こえるように耳打ちした。
「人生初のデートなのに、って言おうとしたの」
自分の顔が熱い。恥ずかしい。
エリオットは目をつむって微笑んだ後、わたしを優しく抱きしめた。
「大丈夫。その上にロングコートを着ればいい。コートならプリシラのものを着てもそれほどおかしくないだろう?店でそのまま試着室に入ればいいだけだよ。
思い出に残るデートにしようね」
身をひるがえして、真っ赤な顔のままコートを取りに行った。
シャールがニマニマしながらこっちを見ている。
「出かけてくるから」
「はーい、ごゆっくり~」
商業区には、高級店が軒を連ねる一角がある。
客層はもちろん、お金持ちだ。
これまで一度も足を踏み入れたことのない、きらびやかな衣料品店に、エリオットに手を引かれながら入った。
お店の中央に置かれたマネキンが着ているフレアワンピースに目を奪われて、吸い寄せられるように近づいていく。
膝丈で、ウエストは幅広のリボンを結ぶスタイルになっている。
そっと触れてみると、温かくてやわらかくて、肌触りがとてもいい。
マネキンが着ているこの濃紺もシックで素敵だけど、せっかくのデートなんだからこっちの色違いの若草色もいいわよね。
と思っていると
「これが気に入った?」とエリオットがわたしの後ろから手を伸ばし、「サイズはこのあたりかな」と言って、その若草色のワンピースを取った。
エリオットが店員さんに声をかけ、促されるままに試着室へ。
着てみると、うん、自分で言うのも恥ずかしいけど「馬子にも衣裳」よね。
エリオットにも見てもらうと、パッと顔を輝かせて「いいね、かわいいよ、とっても」と嬉しそうに笑った。
そして店員さんに「これに合うコートとブーツとタイツを。それと…」とてきぱき注文を出し始めた。
なんだかエリオットがすごく大人に見える。
いや、住む世界がちがうってやつか?
これまで付き合ってきた彼女にも、こうやって服を買ってあげたりしたんだろうなぁ。
「お礼として服をプレゼントするぐらいはさせてほしいから、遠慮はしないで」と事前に言われていたから、もうお任せすることにした。
合計金額を知ったら卒倒してしまうかもしれないから、店員さんとやりとりしているエリオットに背を向けて、脱いだコートとTシャツ、短パンをたたみ始める。
短パンのポケットに海神様からもらった祝福の石を入れっぱなしにしていたことに気づいて、慌てて取り出した。
どこかで落としちゃった!じゃシャレにならないわ。
気づいてよかった。
そう思いながら祝福の石を握りしめていると、それに気づいたエリオットが
「それ、失くさないようにペンダントに細工してもらおうか」とナイスな提案してくれた。
手荷物が多くならないように夜まとめて薬屋のほうへ届けてもらう手配をし、エリオットが選んでくれたコーディネートに身を包んで、次は細工師のいる宝飾店へと向かった。
エリオットはわたしから石を受け取ると責任者を呼んだ。
気取った髭を生やした責任者は、エリオットを見ると一瞬目を見張り、しかしそれをすぐに隠して余裕のある微笑みで応対した。
なるほど、このおじさんはエリオットが隣国の王子様だって知ってるのね。
「アリィはここで待ってて」と言い残して、エリオットと責任者は店の奥にある部屋へと入って行ってしまった。
ポツンと残されてしまったわたしは、突っ立っているのも何なので店内の宝飾品を見ながら時間をつぶした。
もう二度と、こんな高級店に来ることもないだろう。せっかくだから遠慮なく見て回らせてもらおうじゃないの!と思いながらショーケースの中に並んでいる髪飾りのバレッタを見ていると、いつのまにかわたしの後ろにエリオットが立っていた。
「時間かかってしまってごめん。石が石なものだから、きちんと説明して鑑定もしてもらって、信用のおける店と細工師にお願いしないといけなくてね」
「あの石、本物だったの?」
「うん、責任者も鑑定士も実物を見るのは初めてだったようだけど、まちがいなく海神様の祝福の石、アクアマリンだったよ」
どんな装飾にするか細工師に希望をリクエストしてほしいということで、今度はわたしが応接室に入った。
ゴテゴテした装飾ではなく、シンプルなペンダントヘッドにしてもらえればいいとお願いした。
そして、エリオットと一緒に納期の確認をして宝飾店を出た。
「お腹すていない?」とエリオットに聞かれて、そういや朝起きてからまだ何も食べていないことに気づいた。
「わたしね、行きたいケーキ屋さんがあるの!」
高級店の一番端にあるケーキ屋で、たまに横を通り過ぎるときにいつか食べてみたいと思いつつ、居候の身でありながらそんなワガママは言えないと我慢していたお店。
この際だから最後に行っておこう!
エリオットが笑顔で「いいよ」って甘やかしてくれるものだから、ケーキを2つも頼んでしまった。
ショトケーキとフルーツがたっぷり乗ったタルト。
ああ、目の前に並んだケーキを見ているだけでニヤニヤが止まらない。
ショートケーキを一口食べて
「おいしぃぃぃ!」と思わず小さく叫んでしまい、ふと我に返って正面を見ると、明らかに笑いをこらえているエリオットがいた。
「ごめんなさい、つい」
「気にせず食べて。美味しそうに食事しているアリィを見るのが好きなんだ」
「プリシラの姿じゃなくて、わたし本人に戻っても?」
「もちろんだよ。食べているときにわかりやすく感情がでるところなんて、前と全然かわらない。かわいらしさは前以上かも」
この人の目にわたしは一体どんな風にうつっているんだろうか。
大丈夫か!?
「わたし、エリオットに惚れ薬なんて飲ませてないはずだけど?」
「どういう意味かよくわからないけど、アリィが僕に惚れ薬を飲ませたって無意味だよ。そんなもの飲んでも飲まなくても、僕はいまきみにベタ惚れなんだから」
ケーキを食べる手が止まる。
すれ違う人が思わず二度見するほど綺麗な王子様にそんなことを言われて、嬉しいと思わない女子がいたら会ってみたい。
あ、そうか。
わたしが「人生初めてのデート」だと白状していたから、いい思い出になるようにっていう気遣い?
よし、そういうノリならこっちだって、エリオットのことを「攻略対象」だと思うことにするわ。
「ありがと」と言って微笑むと、エリオットの耳が少し赤くなった。
さっきまでこっちばっかりドキドキさせられていたけど、甘々カップルごっこだと思えば大丈夫よ。




