第一章:02
・・・
「――敵さんの親玉がおっちんだのはいいことなんだがよぉ。
かえってなんか七面倒くさくなってねぇか、最近」
「暢気にくっちゃべらないでくださいよ!?」
どんどんばりばり。
プラズマ弾と斥力フィールドが反発しあう甲高い反響音が鳴り響く中、
さらに高い金切り音で部下ががなりたてる。
最近訓練を終えたばかりの新入りだ。なかなか見どころはあるのだが、
ちいとばかり神経質なところが珠に傷モノというべきか。
(だからこーして、おっかねぇのを抑えて余裕を見せてやってるんだけどよ。
こういう隊長心、わっかんねぇかなあ)
恩着せがましい言葉は喉に飲み込み、左手からほとばしる斥力フィールドを
引き絞って改人の攻撃を受け止める。
PrecedingCopePlatoonの隊長である竹屋の主な任務は、
アルカーである火之矢の露払いと後始末。それとこまごまとした雑用だ。
フェイスダウンは人間に擬態し、社会に紛れ込んで工作活動を行っていた。
それは組織が壊滅した後、改人たちが結成した"アドバンスド・カインド"に
引き継がれた。
諜報活動、工作活動、資金調達……やっていることは以前と変わらない。
が、大きく変わった点が一つある。
「――キレやすいんだよなあ、アイツら……」
辟易した声で前方の改人たちを見やる。
自社ビルのロビーの真ん中で、先ほどまで重役に扮していた三人の改人は
調度品が壊れるのもお構いなしにでたらめに弾をばらまいていた。
PCPたちは彼らを逃がさないよう(そして被害が広がらないよう)
斥力場フィールドで取り囲んでいるため、それを破ろうと
自棄になっているのだ。
この会社がアドバンスド・カインドのフロント企業になっていることを
突き止めたのがつい先日。入念にシミュレートし、改人と見られる重役を
うまく外に誘導しようとして――突然正体を現し、このありさまだ。
「ゲヒィ! グヒィ! このッ、このこのぉ!」
「どうせバレたんだろ! バレたんなら、バァラァしてやるぅぅ!!」
「くそっ、くそっ、短絡的な奴らが! こうなったら冷静沈着なオレが
突破口を開いてやるうぅぅ!」
(……どいつもこいつも)
心中で毒づく。
フェイス戦闘員は慎重だった。だが改人たちは知性は高くとも堪え性がない。
それも無理はないだろう――彼らが改造されたのは身体だけではなく、心も
作り変えられそのエゴを強化されているのだ。
改人が改人――改悪人間たるゆえんだ。
もともとは人の理性を強化し、感情を完全制御できる人種――
改良人間を創り出そうとした壮大でずさんなフルフェイスの計画だった。
だがそれは失敗し、かえってエゴに理性が支配される改悪人間ばかりが
生み出されたのだという。
「フェイスが相手の時は、もっとこう計画どおり動きやすかったんだけどな。
あ、右注意なオケちゃん」
「だから戦闘に集中してくださ――え、右!? え!?」
目をぐるぐるにして(ヘルメット越しだからわかりっこないが)食い掛る
オケちゃん――桶谷隊員に一言うながすと間一髪切りかかってきた
改人の爪を防ぎきる。
「注意力散漫で肩の力も入りすぎだぜぇオケちゃん。
彼氏との初デートじゃないんだからさ」
「こんなときにセクハラはやめてください!」
「あ、ごめんごめん、彼氏じゃなくて彼女の方だった?」
「違いますしそういう話じゃ――きゃあッ!?」
律儀につばぜり合いをする桶谷の代わりに、右手のプラズマキャノンで
改人を追い払ってやる。
「落ち着いてどっしり構えな。
オケちゃんが来る前よりスーツの性能は格段にあがってるんだからよ」
「それでも改人には及ばないんでしょう!?」
弾幕を張って改人を遠ざけつつも怒鳴り返す桶谷。
戦闘への恐怖よりこっちへの怒りが上回ってきて少しはこなれてきたようだ。
年頃の娘には気の毒だが、"こんなことはなんでもない"――と認識してもらう
必要がある。彼女の職務は、これが日常になるのだから。
ヘブンワーズ・テラスが墜ちて以来、フェイスダウンは多くの基地を
放棄した。接収したそれらから得た情報によりCETの保有する技術は
格段に上昇した。
今、竹屋たちが装着している戦闘用スーツも全て刷新され確実に
戦力はあがっている。が、桶谷の言う通りそれでもなお改人たちには
足止めが精いっぱい、というのが実情だ。
それでも、今回は"なんでもない"部類の作戦だ。なにしろ――
「――"ヴォルカニック・ストナー"ッッッ!!!」
「なッ――――!?」
――"力ある言葉"が高らかにとどろくと同時に、赤い閃光が
ロビーに飛び込んでくる。改人がかろうじて一言発するが――
一瞬で爆炎が三体の改人を包み込んだ。
「きゃッ――!?」
「……な?」
爆風にあおられ、意外とかわいらしい声をあげて桶谷がよろめく。
それを文字通りどこ吹く風でいなし、ぽつりと竹屋はつぶやいた。
・・・
爆炎がおさまり、爆心地へと収束していく。そのあとは不思議なことに
床に煤ひとつ残っていない。――改人の欠片も、塵一つ残っていないが。
立っているのは、赤い戦士アルカー・エンガだけだ。
「す……すごい……あ、あれが、アルカー・エンガ……」
「大したもんだよなぁ、うちらの大将もよ」
おどけて言ってみせるが、内心では竹屋も驚嘆していた。
フルフェイスとの最終決戦の際、アルカーは炎と雷の精霊、その双方の力を
取り込み"アルカー・テロス"として覚醒した。
その圧倒的な力で人智を越えた超常存在であるフルフェイスを降したが……
"アルカー・テロス"の力は今の火之矢にも手に余るものだった。
テロスとしての力は再度封じられたものの、炎と雷の精霊はいまだアルカーに
宿っている。結果として今のアルカーは以前より強大になっている。
目標の消滅を確認し、アルカーへと近づいていく。
「よ、大将。お疲れさん……と言うにはちぃっとあっけなかったかい?」
「いや、以前より確実に強化されているな」
気楽に声をかけたが返ってきた言葉に首をひねる。
「そうかい? 一蹴したように見えたけどな。……文字通り」
「"ヴォルカニック・ストナー"を一度跳ね返された。
そのまま二発目を打ち込んだが、一体を仕留め損ねたから三発目で
なんとか倒しきることができた……ってところだな」
「いや、まったく見えねぇよ……」
ドン引きして答える。桶谷などは完全に絶句しているが。
スーツの機能で装着者の動体視力も常人の数倍に引き上げられているのだが、
一撃で撃破したようにしか見えなかった。
「こいつらは……」
「ああ。映像解析しないとわからんが、おそらく素体改人だな」
ヘルメットのボタンをいじり、先ほどの戦闘をリプレイする。
改人はたいていが一個体一個体が独特なデザインをしている。
だが今の三体は、すべて同じ特徴のない姿だった。
「素体改人……特性を付与される前の基礎状態ですね。
戦闘力的には、完成改人にだいぶ劣るはずなのですが」
「同じ半人前ってわけだな」
茶化すと桶谷がギロリとにらんでくる(ヘルメットでわかりっこないが)。
新人ではあるが、上司へのこの態度はやはり見どころがある奴だ。
「実際、今の奴らは人間社会での活動をするためにもエゴの強化を
最低限におさえられた個体のはずだ。
そんな奴らでさえ、≪力ある言葉≫を防いだんだ。
それはつまり――」
「――改人も強化されてる、ってわけなのよねぇ」
瞬間、衝撃と共に視界が混濁する。
一瞬の間があって、何者かからの攻撃をアルカーが庇い
二人を押しのけたのだと気づく。
「……ちっくしょ……!」
「ひ……ッ」
すかさずアルカーの腕から桶谷を奪い取り、即座に床を蹴ってその場を
飛び離れる。自由になったアルカーは反対側へと――つまり敵の方へと
突進していく。
その相手は――
「……んだとぉ……!?」
両腕から伸びる、長く鋭い大鎌の刃。
紅く艶めかしく周囲を睥睨する、大きな複眼。
カマキリのような――いや、カマキリを擬人化したような女改人。
かつて、"大改人"と呼ばれたフェイスダウンの元幹部――
三大改人が一人、シターテ・ルが静かに浮かび上がっていた。
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