彼女は女の子7 【最終話】
今度こそ、最終話です。
いつの間にかカフェの外では、すっかり日が落ちていた。
「そろそろ時間だね、出ようか」
スマホを確認すると予定の時刻が近づいている。僕達はカフェを後にしアトリウムへと急いだ。週末ごとに様々なイベントが開催されるアトリウムは地下一階から地上三階まで、四階分の高さが吹き抜けになっていて天井はガラス張りだ。今はその中央に立派な大木がドンと据えられている。クリスマスシーズンを盛り上げるように、拡がる梢全てにたっぷりと色とりどりのオーナメントが飾りつけられてられていて、日が落ちてからは散りばめられたLEDでキラキラとまばゆいほどにライトアップされる。
「わぁ、キレイ!」
「昼間のツリーも良いけど、ライトアップされるとまた雰囲気が違うね」
夕方になると音楽に合わせてイルミネーションが変化するショーが一時間ごとに行われるらしい。最後にそれを見に行こうと約束していたのだ。
アトリウムをぐるりと囲むせり出した廊下の柵に並んで凭れて、ツリーのイルミネーションを眺めている。周りを見渡すと、そんな風に柵に凭れてツリーを眺めているカップルがたくさんいた。
すごいな。僕達も今このカップルの中の一組なんだ、なんて他人事のように考える。
大きなツリーの一番てっぺんにはライトでキラキラと輝く星のオーナメント。そこから下まで所狭しと沢山のLEDライトが点灯している様子は、まるでかき揚げの衣みたいだなぁ、なんてムードもへったくれもないような事が頭に浮かぶ。
見上げるとガラスの天井にも青いリボンのように連なった灯りが吊るされている。ゆっくりとツリーを辿って地下一階の広場まで視線を下げると、小さな小さな人間達がツリーの周りにうごめいている。流石に『人がアリのようだ!』とまでは思わないけれども、生きて動くジオラマみたいに見えて現実感が遠くなるような気がした。
「「……」」
背を向けているガラスウォールの向こうには、先ほど僕たちが休憩していたカフェに面する赤レンガを敷き詰めた広場があって、煙突を登ろうとしている大きなサンタが三階にいる僕達の少しだけ高い位置に取り付いている。そんな光景を眺めながら黙って刻を待つ僕達の間には、さっきとは違った沈黙が流れている。
不安とは違った、温かいホッとするような……そんな沈黙もあるんだって実感しながら、再び大きくてキラキラと輝くツリーの、てっぺんに光る星を眺めた。
するとまばゆいくらいに輝いていた沢山のライトが一瞬パッと光を失った。僕がちょうど眺めていた、ツリーのてっぺんにある星だけが空中に浮かんでいるように見える。これって暗順応ってヤツだっけ?少しの間、星の周りが真っ暗になって、てっぺんの星に目が吸い寄せられるような感覚を覚えた。
カーン・カーン・カーン……
鐘の音が響いて、シャンシャンシャン……とクリスマスらしい楽曲が後を追うように流れて来た。それからゆっくりと楽曲に合わせてツリーのライトが赤、青、黄、緑と様々に色を変えて行く。徐々にスピードが上がってパッパッパッと軽やかにライトアップの形を変えるのが、面白い。
「ふふっ、踊ってるみたいだね」
楽しそうにツリーに視線を固定しながら呟く彼女の横顔の輪郭を、イルミネーションの光が柔らかく縁どっている。ああ、本当に……
「綺麗だな」
彼女の横顔を眺めながら、そう、素直に言葉が零れ落ちた。
だって、本当に綺麗なんだ。心からそう思う。
ムードって大事なんだな。普段言えないことも、イベントの異質で浮かれた空間にいるせいでツルリと口に出せるようになるなんて。昼の日中では言えない、でも闇に紛れて綺麗な物を一緒に眺めている時に、気持ちが盛り上がってつい口に出せてしまうことがあるんだ。
そう言うのって―――僕とは縁遠い感覚だと思っていたけど。そして昼間の明るい日の光の下に戻った途端、後悔しそうな予感で一杯だけれども……今じゃないと言えないようなこと、ムードに乗っかって言ってしまうのも良いんじゃないか。本当にこっぱずかしいことこの上ないけど。
だって彼女に伝えたいから。
僕が本当に彼女を綺麗だと思った気持ちを。
「うん、本当に綺麗……!」
ん……?
「こんなに綺麗なモノが観れるなら、もっと早く来れば良かったね!」
クルリと僕を振り返り、満面の笑顔を見せる彼女。
「あっ、えっと……」
その時僕は気が付いた。僕のとっておきの台詞が、空回りしていることに。
僕は『彼女が』綺麗だと言ったのに。
彼女は『ツリーが』綺麗だと受け取ったのだ。
主語が違う……!
と、気が付いた途端カッと頬が熱くなった。ムードに酔って『なんかイイ事言ったった……!』って思っていた自分が、ものすごく恥ずかしくなったのだ。もうここから誤解を解くような勇気は、ヘタレな僕には絞り出せない……!
「う、うん!そうだね。アハハ……うん、本当に綺麗だ。もうちょっと早く来れば良かったね……」
僕の内面の脱力感を知らない彼女は、少し挙動不審な僕の様子を不思議そうに眺めている。僕はんんっと喉が詰まったかのように装って咳払いを一つ。気を取り直して背筋を伸ばした。
「だから……来年も一緒に来ようね」
少しだけ、頑張ってこう言ってみる。
すると彼女はニッコリと笑顔になって―――僕の腕にギュッと捕まってこう言ったのだ。
「うん―――ゼッタイ来ようね!」
その仕草がすげぇ可愛かったから。
空振りも満更悪くないかなぁ……なんて思ってしまう僕は、たぶんかなり『チョロイ』ヤツなのだと思う。
【僕から見た彼女2・完】
またしても『終わる終わる詐欺』になってしまってスイマセン。
それから長い中断にも関わらず続けて読んでいただいた読者様には、感謝感謝です!
最後までお読みいただき、誠に有難うございました!




