〈12〉
「ぐっ……!」
腹に衝撃を受け真野の体は後方に吹き飛ばされる。数本の木をぶち抜き硬い岩に打ち当たり、ようやく止まった彼女の姿は、血だらけどころではなかった。
"そういえば"そんな風に彼女は思い出す。
そういえば、玄龍が言っていた。何かあれば俺を頼れと。ふーちゃんも言っていた。一人で勝手に行くなと。その他にもいろんな人が、自分にはたくさん言葉をかけてくれていた。
それでも彼女は一人で来たことに何の後悔も覚えていなかった。思っていたのは、また心配とか迷惑とか掛けちゃうなぁ、くらいである。
「そろそろ飽きてきちゃったなぁ。」
相変わらず虫で出来た玉座のような椅子に腰掛ける彼は、爪をいじりながら言い放った。
「人の中では強いほうかもしれないけど、一人で来たって勝てるわけ無いじゃんねー。早く僕のお腹に収まれば良いのに。悪いようにはしないよ?」
「………でよ」
「ん、なっにー?まだなんかあるの?今更命乞……え?」
ゆらりと立ち上がった真野。その顔には、見るものに恐怖を与える、凶悪な笑みが浮かべられていた。
そう、カミサマでさえも、恐怖し冷や汗を流すような…。
「な、なんだその顔は!?や、や、やめろ!!近寄るな!喰うぞ!!!」
じわりじわりと近寄る一人の少女を前にして、虫王子は両手を振るう。その動きに合わせて、先程までと同様、牙を向いた大小様々な虫が真野へと向かいゆく。
すぐに彼女の姿は黒い影に覆われた。
しかしその歩は止まらない。
「やめろやめろやめろ!!!来るなぁ!!」
自身が放った数多の虫により姿こそ見えないものの、虫王子には分かった。
その中で彼女は笑っている。
それはもう楽しそうに。
遂に王子は彼女の間合いに入ってしまった。本能的にそれがわかるものの、彼の足は弱々しくそこにあるだけで、自由に動かすことができない。
そんな彼が編み出した、いつも彼を守ってくれていた障壁でさえ、今は心もとなく感じてしまう。
遂に、彼は障壁を越えた。
完全な守りの姿勢から飛び出し、以前振るっていた剣を手に取り、放った虫ごと彼女に斬りかかる。
それは捨て身の一撃。その一撃で彼女は笑いを止め、ぴくりとも動かなくなる。
筈だった。
グォォォオオォオオオオオ!!!!!!
大地が揺れるような雄叫び。
襲い来る圧倒的な力の波。
「嗚呼、なんと神々しいのだ…」
神を名乗るものの呟きは少女の耳にのみ聞こえ、静かに消えた。
死していく王子の目には、美しい大蛇の姿が映っていた。
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ばらりばらり。
そんな音を立てて自分から虫が剥がれ落ちていく。
そんなゆっくりじゃなくてもっと迅速に離れていって欲しい。
気持ち悪い。手ではたき落としたいが怪我が酷く手を動かすこともできない。
漸く大体の虫が地に落ち倒れ伏した頃、真野はゆっくりと地面に座り込んだ。
彼女の手にはいつの間にか、例の剣が握られていた。
「もっくんお疲れさまー」
『……いい加減他の呼び名はないのか』
彼女の声に応じるように、剣からは低く良く通る声が響く。
「いいじゃんもっくん。私気に入っちゃったし。」
『……構わん。』
「やった。…王子さまの、お味はどうだった?」
黒い笑みを浮かべる真野。その白い頬は泥や血で染まり、顔色もすこぶる悪い。
しかし彼女は知らぬ存ぜぬ、ただ状況を楽しんでいるように見える。
『不味かった。マガイモノでは腹は満たせぬ』
「そっか。残念」
剣を一撫ですると、いよいよ耐え切れなくなったのか、糸が切れたように彼女の体は崩れた。
「わたし、死ぬ…かな?」
弱々しくも呟いたが、相変わらずその顔には笑みが浮かんでいる。
『…聞こえているのであろう。騒々しい奴が向かっておる。奴が主を死なせはせぬだろうよ』
耳を澄ますと遠くから、聞き覚えのあるバイクの音が聞こえた。
真野は静かに目を閉じた。




