〈10〉
そして入学から二日後。
陶芸室が完成したとの連絡が入った。
「はぁぁあん会いたかったろくろたん!!!」
部屋に入るなりろくろに飛びつき頬ずりを始めた僕を、誰もが困惑した目で見つめている様だが、そんなものは関係ない。
机の上には三種の粘土。棚の中には様々な種類の釉薬、カンナ、弓、コテなど各種道具がズラリと並び、部屋の奥には立派な陶芸釜。部屋の中央には手回しろくろと電動ろくろが鎮座していた。
それは数日前に僕が望んだもの。無理を承知で頼んでみたが、こうも完璧に揃えていただけるとは思っていなかった。
「気に入ってもらえたようで、なによりじゃな」
その声に振り向くと、立派な白ひげを蓄えた柔和な雰囲気のお爺さんが佇んでいた。
「急なわがままを通して頂いて、恐悦至極にございます!!!失礼ですがお名前を伺っても…?」
「ふぉっふぉっ、技術開発研究所が技師長、トムと申す。よろしくな、さとしくん」
またもや大御所と会ってしまったようだ。
聞いたところによると、トムさんはこの学園の創設者であり時折こうして視察に来るのだそうだ。
「孫も世話になっとるそうじゃの。これからも宜しく頼む」
「へ?お孫さんですか…?」
「おお、知らんかったのか。トマは、儂の孫じゃ」
ああ…。僕に平凡な知り合いは出来ないようですね。
「そこでじゃ、あの子からお前さんの指輪の話を聞いてな。よかったら儂と共にその性能を研究していくのはどうだろう?」
思わず僕は指輪を見つめる。なんの装飾もないシンプルなそれは、見つめるうちになにか悪いもののように思えてきてしまう。
「戦うためには、まず己の手の内にあるものをよく知らんと」
そう言う彼に引かれて顔を上げると、そこには先程までとは打って変わった修羅のような顔があり、僕は思わずこくこくと首が取れる勢いで頷いた。
「うむ。助かるよ。」
トムさんの権限で今日は授業は受けずにこの部屋で指輪について調査することになった。
彼は持っていたバックから何やら器具を取り出し、指輪に対し様々な接触を行っていた。
「ふむ、材質に対しても情報が得られないようじゃ…。」
「そうですか…。あ、あの、真野の剣ってどうやってできたんですか?」
僕がそう聞くと、トムさんは、一瞬目を見張った。
「なんじゃ、お前さんその年にしては疎いようじゃな?天叢雲剣は、ヤマタノオロチの尾から作られたんじゃよ。ジャックが尾を剥ぎ持っていくシーンなんか、割と有名になっていた気がするがのう」
「あめのむら…くものつるぎ…?」
日本の神話で、聞いたことがある気がする。ここと日本には、なにか関係があったりするのだろうか。
というか勝手に真野ソードとか呼んでたけど、すごい剣だったんだ…。呼び方を改めるつもりはないが……。
僕が呆けていると、心配そうにトムさんが見つめていたので微笑んでおいた。
「形状や材質については依然不明なままじゃ。次は、また竹刀でも出してもらおうかの」
そう言われたものの、あの一回以降何度試してもこの指輪はうんともすんとも言わなかった。
家に帰ってから何度も披露しようと試みたのだがなんの変化もなく、フードさんに「とうとう頭でもおかしくなったんじゃないですか。早くお休みになったらどうです?」と部屋に戻され、一人膝を抱えた僕の姿が思い起こされる。
その件をトムさんに伝えると、彼は笑みを絶やさずに言った。
「竹刀を出した時のことを、思い出してみるといい。お前さんはどんな気持ちだったのじゃ?」
「それは…」
向かいくる敵。手が落とされる。煩い。僕に力を。こいつを打ちのめしたい。
…いや、そうではない。
その時僕の心に浮かんだのは、
「ふぉっふぉっふぉっ、できるじゃあないか」
静かに回る、ろくろの姿だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
建物の屋上から双眼鏡を除く少年。手にはパックの紙牛乳。
「ふうん。転移か、創造かどっちかな?うまく使えば、或いは…」
いつの間にか足に擦り寄ってきた黒猫を一撫ですると、再び観察に戻る。
そんな彼の背後で、静かに扉が開く。
「あっれー、真野たん?ガッコーどうしたの?真面目なのにさぼっちゃあだめでしょ」
視線を動かしもせずにそういう彼に、少女は蔑むような笑みをこぼした。
「牛乳には言われたくない」
「あ、そ」
そのまま彼の横に立つと、少女もまた彼に目も向けず言う。
「さとしに、手を出さないで」
「なんで?」
なんでもだよ。不満気に呟く真野の手に、ぺしりと衝撃。
「な……、湿布?」
「足、悪化しないようにね」
そう言うなりふわりと手摺を飛び越え、地へと降り立つ彼を見つめ、真野は不服そうな顔を浮かべる。
彼に向けて放たれたその小さな言葉は、誰にも届かずに消えた。




