表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈虚空の章〉
86/116

ゆらぎ

 *


 

 未明の天文台。カーテンを閉め切ったままの暗がりで、モニターの光が丸眼鏡を照らす。


 快晴が授業中かけるのは自分仕様で、教室に置きっぱなしになっている。この丸眼鏡は父の物だ。

 家での観測作業ではこの丸眼鏡をかけ、さらにキーボードから1m近く離して主要モニターを浮かべている。……快晴は父以上に遠視なのである。


「Wind profiler」

 頬杖をついて快晴が呼ぶと、主要モニターがフェードしながら切り替わる。


 チクラ上空の風の流れ、及びその周辺の流れを確認する。風向・風速ともに先日から大きな変化は見られない。地上付近では静穏だが、高層になるにつれ西寄りの風が増していく。……それは外部からの空気が千久楽上空に流入していることを意味している。


「Radiation」

 体の横に別のモニターが現れる。指先で吸い寄せるようにして斜め前方へ弾くと、主要モニターにぶつかり、振動しながら定位置にぴたりと収まる。

 その周りに展開するように浮かぶモニター群には、各観測点のデータが表示されている。

 大気中・土中・水中の放射線量の推移がグラフになっており、快晴は椅子ごと体を向け、指差しながら順に確認していく。

 土中・水中についてグラフは横ばいだが、大気中の放射線量がほんの少しずつではあるが勾配を上げてきている。今後の降雨や風量次第で、値がいつ何時跳ね上がるかもしれない。

 快晴の眼が険しくなる。


 あと何週間もつのか――いつも通り、観測結果を宮司に送信し終えて、快晴は息をつく。






 千久楽天文台は天文の他、気象・地震・時報・放射線測定などあらゆる業務を行っている。得られたデータを毎朝整理し、宮司に報告した後〈予報〉にして住人に公開している。


 気象観測装置については天文台の敷地内にあるが、大気中の放射線量を測定するモニタリングポストは、千久楽の外縁である境の森に一定間隔で立つ風車上に設置されている。


 得られたデータに異常があった場合、その影響を評価した上で、警報を出すこともある。先日の嵐でも警報を発令していたが、相当な被害が出てしまった。

 そしてその嵐の翌朝――(なぎ)は訪れたのだ。





 嵐によって結界は綻び、ただちに神社で寄合が開かれた。結界の補修に欠かせない風の糸を再び得るため、外部から紫野を呼ぶことになった。


 だが自分にその力は残されていないと紫野は言う。紫野の見立てで深鳥が風紡ぎの後任になったが、風の発生とともに突如風の神が現れ、深鳥をさらおうとした。

 やむなく糸紡ぎは中断。紫野も帰ってしまい、今のところ他になす術はない。


 快晴は珈琲を飲もうとして、空なのに気づく。カップを持ったまま立ち上がり、うんと伸びをすると、部屋を出て階下へ降りていく。おかわりというより、頭を切り替えるために淹れにいくのだ。


 挽いた豆の香ばしい匂いを吸い込んでから、慣れた手つきでフィルターに移し、湯を回しながら注ぐ。その作業を繰り返しながら、頭の中では全く別のことを考え続けている。





 いよいよ風の神が去ってしまったと、千久楽中で悲観的な噂が立ってはいるが、千久楽の風が止んだ本当の原因は〈ゆらぎ〉の消失だと快晴は思う。


 海もないのに、千久楽は昔から風が絶えない。それは風の神がいるからと、年寄りや語り部なら言うだろう。しかし実際、千久楽の風は千久楽内のどこかにある風穴から吹いてくる。その風穴こそが〈ゆらぎ〉なのだ。

 本来、風が気圧の高低差で生じるように、千久楽の風は二つの空間の時空差で生じていると言えばいいだろうか。


 風が止んだ翌日、快晴はまさかと思い森へ行き、〈ゆらぎ〉を通って〈庭〉に行こうとした。しかし〈ゆらぎ〉は見つからなかった。


 どうして消えてしまったのか分からないが、元々不安定なものだと承知していたからこそ、深鳥が来ることを最初は拒んだのだ。いつ〈ゆらぎ〉が消失し、異次元に閉じ込められるかもしれないと。


 消えたのは単に自然現象なのかもしれない。時が経てばまたどこかに現れるかもしれない。だがその頃には千久楽は汚染に晒されてしまっているかもしれない。……風が戻るのをただ待つことはできない。


 ――どうしたらいい?


 快晴は心の中に問いかける。

 おもむろにカップを置いた。その机の木目をじっとみる。かすかに見て取れる方程式。父の走り書きだ。思いつけばどこでもメモせずにはいられなかったのだろう。


 ――父さんなら、どうする?


 父が残した風に関する膨大なデータ。風力は年々少しずつではあるが弱まっていた。父は風が止むのを予測していて、それならば何か策を講じていたはずだ。

 守人である父が千久楽のために残したもの――





『みんなが入れる秘密基地を作ってるんだ。一番に空の子を案内するよ』


 父のウィンクとともに頭のもやが晴れた。

「…………シェルターだ」

アマチュアながら、気象予報官も兼ねてる快晴でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ