風鈴市
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『月灯りもわずかな、天の川が見える夜に、昔から繰り返されてきたことなの。子供はお年寄りから昔語りを聞き、大人はお酒を飲み交わしながら祭を仕切る。大人でも子供でもない、間人は…歌垣に行くのよ』
身動きがままならないためか、深鳥はぼぅっとして、昨晩の母の言葉を思い出していた。
「まあ、かわいらしい」
その明るい声に深鳥は目が覚める。聡の母に浴衣を着付けてもらっていたのだ。
「わぁ…すごい……ありがとうおばさま」
「やっぱり女の子はいいわねえ」
聡の母が顔をほころばせる。
「あのね、おばさま」
「なぁに?」
「歌垣、って何?」
真剣な表情の深鳥に、聡の母は目を瞬かせる。
「……あら、まだ聞いてないのね」
首を振る深鳥。
「お母さんに聞いたけど……よく分からなくて」
「心配?」
聡の母の問いに深鳥は小さく頷く。
『普段は入れない入らずの森で……神様の森であるの。だから何が起きても、そこで見聞きしたこと一切、口に出してはならないのよ。私が言えるのはここまで。ふぅ……(意味深な溜息)あとは深鳥が行ってみるしかないわね』
深鳥は母の話をびくびくしながら伝えた。聡の母がふふっと笑う。
「もう、怖がらせるなんて、なっちゃんらしいわ(笑)大丈夫。何も怖いことじゃないのよ。きっと楽しいわ」
「ほんと?」
「お母さん~まだかかりそう?」
聡が障子からひょいと顔を覗かせて、目を見開いた。
「…ぅわ……」
聡は思わず声を出し、みるみる頬を紅くした。
「?」
聡の表情にきょとんとする深鳥。二人の様子を見た母は「いってらっしゃい」と言って、くすくすと笑いながら部屋を出ていった。
かざぐるまの回る中、聡と深鳥は楽しげに出店を覗いていた。射的、綿菓子、金魚掬い、宝釣り…どれも深鳥にとって初めてのものばかりだ。
出店の主人が、筋肉質の野太い腕を上下に動かし動かし言った。
「お嬢ちゃん、もっと引いて引いて」
聡も横から深鳥を応援する。
「すごい深鳥さん、大物だ!」
「何だろう。◯◯◯れんじゃー?」
深鳥が宝釣りで引き揚げたのは――戦隊もの・なりきりセットだった。嬉しそうに、深鳥はまじまじと箱を見つめる。
「お嬢ちゃんなら桃色レンジャーだろ。赤だからそれは着れねえなぁ」
そこじゃあない、と聡は内心突っ込んだ。中学生がそもそもそんな物は着ない。しかし体格のいい、どこかの海賊のような主人からすれば、聡も深鳥も小学生扱いである。
ふいに深鳥が視線を感じて下を見ると、小さな男の子が食い入るように見上げている。深鳥は前屈みになり、男の子と目を合わせた。
「はい! あげる」
ぱぁっと目を輝かせそれを受け取ると、男の子は深鳥に抱きつき、お礼を言って向こうへ駆け出していった。
「良かったんですか?」
「うん! きっとあの子ならぴったりだよ」
深鳥が微笑うと、聡もつられて笑顔になった。
「子供、好きなんですね」
チリンチリン、と風がそよぐ度に聴こえる風鈴の音。今年も風鈴市が開かれている。千久楽では特に夏の風物詩として色とりどりのかざぐるまと、様々な形の風鈴が並び、通りすがる人々を惹きつけた。
「かわいい」
立ち止まった深鳥に、聡も興味を寄せた。
「何かいいの見つけました? えーと、鳥?」
深鳥がそっと触れたのは、小さな硝子の風鈴だった。丸みを帯びた鳥の羽根が、透明から水色に仄かに染まる。何とも涼し気な音色だ。
店の脇に座っている鉢巻をした老人が手でしきりに聡を招く。
「若いの、ぼさっとしねぇで一つこさえろ。ええ贈りもんだ」
聡はふぅ、と息を抜くと懐から財布を取り出した。
「……今回はおぃちゃんに乗せられちゃおうかな」
「んだ。そういうことさしとけ」
じゃあ、と言って聡がお金を渡そうとした時だった。
ドン!
ドンドン!
太鼓の音とともに、神輿が動き始める。辺りが騒然となり、瞬く間に人の流れが変わる。
「うらぁ! みんな俺に続けぇ!」
神輿の先頭では、那由他が汗を振りまき、大声で活を入れていた。聡はお金を渡しながらつい目を奪われてしまう。
「なゆ兄、カッコイイ……」
聡にとって、幼い頃から那由他は憧れの存在だった。それは聡だけでなく、里の子供にとっても同じで、舞手を引退しても、子供達の間では未だ伝説として語り継がれているのである。
包みを受け取り、深鳥のいる方を振り返ろうとした時、老人は聡の衣の袖をぐいっと引っ張り、片目をつむった。
「今夜は約束したが? しっかりやんだぞ」
聡は思わずむせて、咳をしながら慌てて手を振った。
「僕達は……ケホケホ…ただ縁日を見てて…ね? 深鳥さ――」
聡が振り返ると、そこにいるはずの深鳥が忽然と消えていた。
「深鳥さん!?」
その頃……
深鳥は人のうねりに流されてしまっていた。さっきまでいた風鈴屋さんがみるみる遠ざかっていく。
「聡君!」
精一杯の声を出すが、それでもあらかじめ小さな声では、喧噪にかき消されてしまう。
神社に戻ってきてるかもしれない、そう思って深鳥は何とか人混みを抜け出た後、一人外れてふらふらと歩き出した。せっかく着付けてもらった浴衣が崩れてしまっている。ひとまず神社でお手洗いを借りようと、しばらく歩き続けていた。その時、
「ーーー」
声にならないまま、深鳥は何かに足を取られて転んだ。持っていた籠が手から離れる。
「…ぃたた……」
森に沿って歩いていたためか、辺りを這う木々の根の端に足を引っ掛けたらしい。森の奥から湿った涼しい風が舞い込む。深鳥はひやりとした土を押して、体を起こそうとした。
「君、大丈夫?」
その声に深鳥が顔を上げると、そこには見知らぬ人達がいて、その内の一人が手を差しのべていた。




