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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
27/116

風鈴市


 *


『月灯りもわずかな、天の川が見える夜に、昔から繰り返されてきたことなの。子供はお年寄りから昔語りを聞き、大人はお酒を飲み交わしながら祭を仕切る。大人でも子供でもない、間人(はしぅと)は…歌垣に行くのよ』


 身動きがままならないためか、深鳥はぼぅっとして、昨晩の母の言葉を思い出していた。

「まあ、かわいらしい」

 その明るい声に深鳥は目が覚める。聡の母に浴衣を着付けてもらっていたのだ。

「わぁ…すごい……ありがとうおばさま」

「やっぱり女の子はいいわねえ」

 聡の母が顔をほころばせる。

「あのね、おばさま」

「なぁに?」

「歌垣、って何?」

 真剣な表情の深鳥に、聡の母は目を瞬かせる。

「……あら、まだ聞いてないのね」

 首を振る深鳥。

「お母さんに聞いたけど……よく分からなくて」

「心配?」

 聡の母の問いに深鳥は小さく頷く。


『普段は入れない入らずの森で……神様の森であるの。だから何が起きても、そこで見聞きしたこと一切、口に出してはならないのよ。私が言えるのはここまで。ふぅ……(意味深な溜息)あとは深鳥が行ってみるしかないわね』


 深鳥は母の話をびくびくしながら伝えた。聡の母がふふっと笑う。

「もう、怖がらせるなんて、なっちゃんらしいわ(笑)大丈夫。何も怖いことじゃないのよ。きっと楽しいわ」

「ほんと?」


「お母さん~まだかかりそう?」

 聡が障子からひょいと顔を覗かせて、目を見開いた。

「…ぅわ……」

 聡は思わず声を出し、みるみる頬を紅くした。

「?」

 聡の表情にきょとんとする深鳥。二人の様子を見た母は「いってらっしゃい」と言って、くすくすと笑いながら部屋を出ていった。

 





 かざぐるまの回る中、聡と深鳥は楽しげに出店を覗いていた。射的、綿菓子、金魚掬い、宝釣り…どれも深鳥にとって初めてのものばかりだ。


 出店の主人が、筋肉質の野太い腕を上下に動かし動かし言った。

「お嬢ちゃん、もっと引いて引いて」

 聡も横から深鳥を応援する。

「すごい深鳥さん、大物だ!」

「何だろう。◯◯◯れんじゃー?」


 深鳥が宝釣りで引き揚げたのは――戦隊もの・なりきりセットだった。嬉しそうに、深鳥はまじまじと箱を見つめる。

「お嬢ちゃんなら桃色レンジャーだろ。赤だからそれは着れねえなぁ」

 そこじゃあない、と聡は内心突っ込んだ。中学生がそもそもそんな物は着ない。しかし体格のいい、どこかの海賊のような主人からすれば、聡も深鳥も小学生扱いである。


 ふいに深鳥が視線を感じて下を見ると、小さな男の子が食い入るように見上げている。深鳥は前屈みになり、男の子と目を合わせた。

「はい! あげる」

 ぱぁっと目を輝かせそれを受け取ると、男の子は深鳥に抱きつき、お礼を言って向こうへ駆け出していった。

「良かったんですか?」

「うん! きっとあの子ならぴったりだよ」

 深鳥が微笑うと、聡もつられて笑顔になった。

「子供、好きなんですね」




 チリンチリン、と風がそよぐ度に聴こえる風鈴の音。今年も風鈴市が開かれている。千久楽では特に夏の風物詩として色とりどりのかざぐるまと、様々な形の風鈴が並び、通りすがる人々を惹きつけた。

「かわいい」

 立ち止まった深鳥に、聡も興味を寄せた。

「何かいいの見つけました? えーと、鳥?」

 深鳥がそっと触れたのは、小さな硝子の風鈴だった。丸みを帯びた鳥の羽根が、透明から水色に仄かに染まる。何とも涼し気な音色だ。


 店の脇に座っている鉢巻をした老人が手でしきりに聡を招く。

「若いの、ぼさっとしねぇで一つこさえろ。ええ贈りもんだ」

 聡はふぅ、と息を抜くと懐から財布を取り出した。

「……今回はおぃちゃんに乗せられちゃおうかな」

「んだ。そういうことさしとけ」

 じゃあ、と言って聡がお金を渡そうとした時だった。


 ドン!

 ドンドン!


 太鼓の音とともに、神輿(みこし)が動き始める。辺りが騒然となり、瞬く間に人の流れが変わる。

「うらぁ! みんな俺に続けぇ!」

 神輿の先頭では、那由他が汗を振りまき、大声で活を入れていた。聡はお金を渡しながらつい目を奪われてしまう。

「なゆ兄、カッコイイ……」


 聡にとって、幼い頃から那由他は憧れの存在だった。それは聡だけでなく、里の子供にとっても同じで、舞手を引退しても、子供達の間では未だ伝説として語り継がれているのである。


 包みを受け取り、深鳥のいる方を振り返ろうとした時、老人は聡の衣の袖をぐいっと引っ張り、片目をつむった。

「今夜は約束したが? しっかりやんだぞ」

 聡は思わずむせて、咳をしながら慌てて手を振った。

「僕達は……ケホケホ…ただ縁日を見てて…ね? 深鳥さ――」

 聡が振り返ると、そこにいるはずの深鳥が忽然と消えていた。

「深鳥さん!?」

 




 その頃…… 

 深鳥は人のうねりに流されてしまっていた。さっきまでいた風鈴屋さんがみるみる遠ざかっていく。

「聡君!」

 精一杯の声を出すが、それでもあらかじめ小さな声では、喧噪にかき消されてしまう。


 神社に戻ってきてるかもしれない、そう思って深鳥は何とか人混みを抜け出た後、一人外れてふらふらと歩き出した。せっかく着付けてもらった浴衣が崩れてしまっている。ひとまず神社でお手洗いを借りようと、しばらく歩き続けていた。その時、

「ーーー」

声にならないまま、深鳥は何かに足を取られて転んだ。持っていた籠が手から離れる。

「…ぃたた……」


 森に沿って歩いていたためか、辺りを這う木々の根の端に足を引っ掛けたらしい。森の奥から湿った涼しい風が舞い込む。深鳥はひやりとした土を押して、体を起こそうとした。

「君、大丈夫?」

 その声に深鳥が顔を上げると、そこには見知らぬ人達がいて、その内の一人が手を差しのべていた。


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