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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
26/116

夏の奉納祭 *

文中、未成年の飲酒場面が出てきますが、彼らの土地特有の風習であり、推奨するものではありません。

挿絵(By みてみん)

illustrated by mariy

 


* 


 宮司は祭の準備を終え、一息つこうと縁側に腰かけた。短い夏の陽射しをありったけに受けているであろう木々の下には、柔らかな光の空間が広がる。

「祭の前に手入れしてもらえて良かったですね」

 聡の母がにこにこしながらお茶を手渡す。

「ああ、木がさっぱりすると心まで清々しくなるものだね」

 いつものお茶がさらに美味しく感じる。


 夏の奉納祭自体は準備と言っても大したものではない。大人達は夜まで少しゆとりがある。むしろ忙しいのは若者達……今夜の主役だ。


「~♪」

 ふとハミングが聴こえ、宮司が見やった先には、軽やかに竹箒を動かす聡の姿があった。


 ――いつもはふてくされているのに……はて?


 宮司が息子の様子を怪しんでいると、

「どうやら約束を交わしたようですよ。あの子もそういう年頃なのよねぇ」

 傍らに座り、聡の母は嬉しそうに目を細めた。

「あなたも……あの夜、私に尋ねてくれましたね。もう30年以上経つかしら」

「ああ……そんなに前になるのか。どうりで我々も老けるわけだ」

 互いに顔を見合わせ笑う。

「ええ、ほんと。今度はあの子達の番ね」

 


 *



 祭の日の前日、深鳥と蒔は教室で日直作業をしていた。蒔は黒板を消しながら、ポカーンと口を開けた。

「……約束って誰と? 深鳥チャン」

「聡君と。蒔ちゃん、どうしたの?」

「幾生君はなんて? OK出たの??」

 深鳥は首を振る。

「快晴? ……何も」

 深鳥の肩を蒔はガシリと掴む。

「ねえ深鳥! 深鳥はそれでいいの? なんなら私から幾生君に、歌垣どうするのか聞いてあげよっか?」

「……カガイ?」

「そう、歌垣」

 深々とうなずく蒔に、深鳥はおずおずと聞いた。

「カガイって何? 蒔ちゃん」

 へ? と蒔が顔をひきつらせる。

「聞いてない? えと……何て言うかそのぉ……」

 しどろもどろになる蒔は珍しかった。悪気はないものの、深鳥はじー…と蒔を見つめた。蒔の目が泳ぐ。

「私の口からはどうも……あ! そう、そういえば舞!」

 パン、と蒔が手を合わせる。

「なんで深鳥、今回出ないのかな~って」

「?」

「だって、いつも幾生君とペアじゃない? 幾生君が出るのに、深鳥は出なくていいの?」

 深鳥はしゅんとする。

「うん……私も手伝おうと思ったんだけど、夏祭に関しては舞う舞わないは自由だから、いらないって」

「じゃあ幾生君も――」

「暇だから舞うって」

 蒔はガックリ、頭を垂れた。

「つまんなーい……」

 





 夏祭当日。

 会場である神社では、既にどんちゃん騒ぎが始まっていた。大人の中に若者もちらほら取り込まれている。その宴の中心で、陽気でない者が一人。

「よぉ~お前も色めいだなぁ。さぁ飲め飲め」

 げんなりした顔をそむけて、快晴は片手を上げる。

「いや、もう……」

 手元には既にお銚子2本が空いていた。いくらなんでも、このペースでは快晴も酔わないことはなく、少しぼぅっとしてしまう。後に控えている舞に影響が出ないとも限らない。


 祭関係の年長者の一人に、さっきから付きっきりで酒を注がれてしまっている。

「この里のわらすは特別だ。やや、お前らもう若衆だがら、なーんも遠慮はいらね。じゅーすだ? ほら見でみろあの飲みっぷり」

 快晴の傍らで那由他が酒を流し込んでいた。

「じゅーす。な? おっちゃん。悪いねぇ付き合い悪くて。こいつシャイだからよ♪」

「……」

「へへっ、お前も舞が終わったら解禁だからよ、早く来いや」

「帰る」

 快晴は即答する。

「まったまた〜〜肩に力が入ってんぜ~俺がほぐしてやろーかぁ?」

 那由他が両手をこちょこちょ動かすのを見て、快晴は警戒して身を引いたものの、酔った那由他は快晴を捕らえ、肩に手を回して話し出した。快晴は……絶句である。


「これもれっきとした伝統行事なんだぜぇ~舞手が参加しないなんて他の奴らに示しがつかねーぞぉ!」

 那由他の腕の下で快晴はうんざり顔である。

「……あんた、飲み過ぎだよ」

「合コンだよ合コン! 要するに。歌垣さまさまだぜ。くぅっ、こんなにいい行事ねぇよ、なぁ?」

「くそ、いい加減離れろよ!」

「今宵は月灯りもうっすら、まさにうってつけの日。くっくっく……なぁ、そう思わねー?」

「知るか!」

 懸命に振り解こうともがく快晴。その不意を突き、那由他は声をひそめてこっそり耳打ちする。

「屋外◯ッチ」

 フゥ、と耳に生温かい息が吹きかかる。カチンと快晴が落としたお猪口(ちょこ)が割れた。快晴が睨みつける。

「てめぇ……」

「なに動揺してんだ? くくっ……そんくらい考えるだろ、オメーも。昔は〈手枕(たまくら)〉つって互いの腕を枕にして寝たことから……あだっ」

 支えを失って倒れる那由他に、快晴は背中を向けて座り直す。ケラケラと笑いながら、那由他は時計を見た。

「聡が浮かれてたぜ。確か……深鳥ちゃんを誘ったとか誘わないとか」

「……」


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