はぁ?…、マジで?
借りた小型の赤竜を返しに手綱を引いて列挙する軍事用テントの傍を歩いていた。
もう明け方で白む空は薄暗く、珍しく気温が低い為か霧が出ている。鼻に抜ける空気が冷たく体がじわじわと温度を下げてゆく
〈お風呂に入りたい……無理だろうなぁ。〉
温泉街でもない限り庶民が湯に浸かるのは手間がかかった。今日も桶にお湯を張って体を拭く事になりそう。兎に角足先を温めたい欲求が疼いて疼いて仕方なかったりと魔法を行使した為に頭から被った土煙に体中が埃っぽかった
試しに緑のローブを手ではたくと誇りが舞う。ほら汚い
不規則的な襲撃に軍が一時引いた今でも砦街は騒々しく、今日も一段と激しい戦闘に衛生兵は宿舎や街門周辺をてんてこ舞い。
そして連日戦場と化している砦街の北平野。北側の街門の監視はこれから[より]人員を裂く事になるのだろう。全くいくら兵士がいても余ることはなさそうなぐらい忙しいのだろうが自分的になるべく巻き込まれたくないや。
〈……〉
で、それより乱戦時には見失わなかった領主の次男坊が忽然と姿を消してしまったので隣国の国境から騎乗してきた赤竜をどうするのか判断に困る
見た所怪我もなし、ただやはり休ませる必要はある。潰したくなければの話
…アーヴァインめ。
軍事用だろうが、特に竜は気性の荒い生物である為に盗難には遭いにくいが私とて安全とは言い切れずさっさと返してしまいたい。腹が減っているのか微かだが唸り声を上げている。腕が無くなる前に何とかしないと
寝泊まりしている部屋には狭くて入らないのはまぁ当然宿舎には厩屋も無かった。気は進まないがあの拠点兵長に頼るのが最も短時間で問題解決する方法でしょうとも。
あぁ!!こんな小さな問題でも出来る事なら顔を見たくないと思える人間はそうはいない。その点は賞賛を贈ろう
あの食わせ物、こちらの都合の悪いことまで暴いてくれそうで…近付きたくないわ。
四つしかない領国の領主の御子息の連れていた赤竜だけに野山に放す訳にもいかず、商業国に雇われた身の上だが地位的にオッサンの方が[上の人間]に話も通り易い。
数多くの明かりが灯るテントの中で一番規模のデカい物を目指して右手で手綱を引きながらロードは足早に歩いた
白い仮面で顔上半分を覆っているだけに特徴的らしく、避けるか物珍しげに視線を投げるかが大半の反応だ。背中が大きく開いた鎧を着た亜人のお姉さんがフンと鼻を鳴らす。これが普通の亜人の反応である
騎乗用に備え付けられた棒に赤竜の手綱を手早く結び、テントの入り口をくぐる。報告義務も一応あったか
〈あれ…〉
「」「」
厳めしくすらある褐色肌の青年と、ニヤニヤとした表情で机に脚を乗っけた大男がそこにいた。
そう広くもないテントの中には拠点兵長が扱う獲物が4本、報告書が積み重ねられた棚に男がぞんざいな扱いをしている机と椅子があった。
紫髪の男はこちらを一瞥すると正面に立っている肩をすくめ、砕けた調子でアーヴァインへ口を開く
「女の扱いがなってねぇぞ。もやしっ子アーヴァインが。
折角俺がお嬢ちゃん引き留めてやったっつーのに礼の一つも無しかい。」
こりゃあ報酬上乗せして貰わにゃ割に合わんぞ、と[いかにも]ふざけた口調の大男とは対照的に冴え冴えとした風貌の水色髪の若者は無言で机の足元に転がる酒瓶を一つ手に取ると、それを机の上に置いた。
「あんたに協力を求めた覚えは無い。酒か女に消えるなら城から蒔いたマシだ。」
一旦言葉を切ったアーヴァインが今度は別の酒瓶をドンと音を立てて置く。…どうやら片付けろとの訴えか
「…レシフレアか。
あんたに情報を流したのは」
「おうよ」
紫髪の大男は引き出しから便箋を取り出すとピラピラと見せ付けて、機嫌良さそうにラブレターと嘯いた。
『…』
話に付いていけない上にもう大して重要な話ではなさそうだったので、自分は今日の戦果の追加報酬の要求と赤竜の返却を手短に伝えると踵を返した。
が、腕が掴まれた事で足を止める。身内話にこちらを巻き込まないで。可哀相でしょう私が
腕を掴んだアーヴァインは相変わらず拠点兵長に顔を向けたままで、その相手がチラリと視線を寄越し、会話を再開する
「珍しく親のコネまで使って飛竜兵隊動かしてるっつーから、弟子を理解する一環でだなァ?」
「五月蝿いぞ、シデン。」
「嬢ちゃんが体を売って稼いだ金くらい払ってくれよ」
我慢の限界には程遠いが、取りあえず魔力で水を作り水鉄砲のように大男の顔にぶっかけておいた。どうやら自分はかなりの報酬をごまかされていたらしい
大金を払えば確かにガーグを離れていただろうがビタ一文まける気は無い。
ふと台の上の戦況を記した駒を見て、戦地の喧騒が脳裏に浮かぶ。
敵も飛竜兵隊を確認した今、この霧を前にしてどう動くか…―――
帝国側に飛竜兵隊を晒した事で警戒を持たれた。
「霧が濃くなるなら、働け」
思考を割り込むように拠点兵長シデンが告げ、視線には今までの値踏みするような眼差しが完全消え去り、狡賢い為政者に近い何かに自分の中で反骨心に近い獰猛な感覚と、ある貴族の器量を疑わなければならない事実が産声を上げた
ぎらつく眼が底知れない男だ。…恐らく、必要なら王族すら殺し兼ねないと何となくだが思った
。