世界滅亡は結構簡単そう?
土曜日、今日は寝て起きたら沢山遊ぶつもりだ。
私は月曜日から金曜日のストレスを発散しないとどうにかなってしまいそうだった。
だが、金曜日の夜に寝て起きたら日曜日の深夜二時十七分に目が覚めてしまった。
最初、私は早起きをしたと喜んだ。早起きは三文の徳と言うがこの幸福感は三文所ではない。
カーテンの隙間から見える空は真っ黒で、部屋の隅ではパソコンの電源ランプだけが青く点滅している。スマホを掴んで時刻を確認した瞬間、私は声にならない声を漏らした。
「……終わった」
通知欄には、幼馴染からのメッセージが並んでいる。
『おーい、ねむり何してんだ?』
『ああ、あれか?寝坊か…?』
『俺と妹は先行くからなー?』
完全に寝過ごした。
その言葉が、やけに癪に障った。
私は少なからず今日を楽しみにしていた。
なのに私はバカみたいに何十時間も気持ちよく寝てその約束を反故にしてしまったのだ。
この男も、私を起こすために電話なり、家に押しかけるなりすればいいものを……。
それは無理か、あの男は寝てるならゆっくり休める様に起こさないで布団を掛けてくれる優しい奴なのだ。
「なんで私だけこんな目に遭うわけ?」
誰に言うでもなく呟いた瞬間、部屋の蛍光灯がぱちりと瞬いた。
遠くで、サイレンが鳴った。
「こんな世界、滅べばいいのに」
◇
「つまりお前は、“寝過ごした腹いせに世界を半壊させた”ってことか?」
教室の一番後ろの席で、古賀真尋は呆れ顔で言った。
「半壊じゃないし。三割六分」
「細けえな」
窓際の席で頬杖をつく少女――天羽ねむりは、不機嫌そうにストローを噛んだ。
六月の朝。世界は滅亡しかけているというのに、学校は普通に授業をしていた。
いや、“普通を装っていた”。
校庭には自衛隊の車両が停まり、空には見たことのない形の飛行物体が静止している。テレビでは連日「未明に発生した重力異常について」と専門家が喋っていたが、誰も本当のことを知らない。
本当の原因は、いま俺の目の前でメロンソーダを飲んでいる。
「だってさぁ」
ねむりは窓の外を睨みながら言った。
「せっかく土曜だったのに。起きたら深夜二時とか意味わかんなくない?」
「それで世界の海面を1メートル上昇させる奴があるか」
「ちょっとイラっとしただけだもん」
断じて言うが“ちょっと”で済む規模ではない。
昨日から北海道の一部が消失し、東京湾では巨大な発光体が観測され、アメリカ大統領が三回変わった。
原因は全部、天羽ねむりの機嫌だ。
そして、それを知っているのは世界でたぶん俺だけだった。
◇
最初に異変に気づいたのは小学四年生の頃だった。
ねむりが運動会をサボりたいと言った翌日、台風が発生して学校が休校になった。
その次は、「このテスト嫌だな」と呟いた翌日にサーバー障害で答案データが全部吹き飛んだ。
偶然にしては出来すぎていた。
決定打は中二のクリスマスだ。
「ホワイトクリスマスじゃないとか終わってる」
その一言のあと、本当に観測史上最大の寒波が来た。
交通網は麻痺し、都市機能が停止し、なぜか沖縄に雪が積もった。
ねむりはそのニュースを見ながらケーキを食べていた。
「やっぱクリスマスは雪だよね」
悪気ゼロの顔で。
◇
「で、どうすんだよ」
俺は机に突っ伏しながら言った。
「国連、今日の夜に緊急声明出すらしいぞ。“原因不明の異常災害について”って」
「へえ」
「たぶんお前のことだよ」
「へえ〜」
興味なさそうに返事をして、ねむりはストローをくるくる回す。
教室の空気が、一瞬だけ軋んだ。
窓ガラスに亀裂が走る。
俺は反射的に叫んだ。
「悪かった! 今の言い方が悪かった!」
ぴたり、と亀裂が止まる。
ねむりは半目でこちらを見た。
「……真尋ってさ、たまに失礼だよね」
「命懸けで会話させるなよ…」
彼女が本気で不機嫌になると、物理法則が壊れる。
俺はこの現象を感情励起型現実侵食現象と名付けているが簡単に言えば…
天羽ねむりは、世界そのものなのだ。
だから彼女が「つまらない」と思えば世界は壊れるし、「眠い」と思えば昼夜が狂う。
そしてたぶん、本気で「消えろ」と思えば全部終わる。
「ねえ真尋」
不意に、ねむりが言った。
「もし世界が終わったらさ」
「縁起でもないこと言うな」
「最後まで一緒にいてくれる?」
その瞬間だけ、教室のノイズが消えた。
遠くのヘリの音も、ざわめきも、全部。
ねむりは笑っていなかった。
眠そうで、退屈そうで、でも少しだけ不安そうな顔。
そりゃそうだろう、ただの女子高生がこんな力を持っていて不安じゃない訳がないのだ。
「……お前が世界を壊さないならな」
「保証できない」
「じゃあ俺が止める」
「どうやって?」
「あー、なんか頑張る?」
ねむりは数秒黙って、それから吹き出した。
その笑い声と同時に、世界に音が戻る。
世界が、少しだけ正常に戻った気がした。
「変なの」
彼女はくすくす笑う。
「真尋って、世界で一番、世界救う気なさそう」
「実際ないしな」
「でもたぶん、そういうのがいいんだろうね」
窓の外では、六月の青空が戻り始めていた。
昨日まで裂けていた雲が閉じていく。
世界は今日もぎりぎりで存続している。
たぶん理由はひとつ。
この退屈そうな少女が、まだ完全には絶望していないからだ。
そして俺は、今日もその機嫌を取るために生き延びる。
人類代表として。たぶん。




