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9話

「さて、ここら辺ならゆっくりとお話し出来そうですね」


 エリスに連れてこられたのは、とある空き教室だった。

 幸いここに来るまで誰かに見つかることはなかったものの、たどり着くまでは結構ヒヤヒヤしていた僕は、思わず安堵の息を吐く。


「ふぅ〜……あー、しんどかった」


「あら、もう疲れたんですか?」


「そりゃそうだよ。ただでさえ玲奈のことで面倒くさいことになってるんだから、今エリスと一緒にいるのを見つかったらなんて言われることやら……」


 想像しただけで身震いしそうだ。

 どうやら僕って奴は、とことん小心者であるらしい。


「むぅ。そんな言われ方をすると流石にちょっとショックですね……」


「あっ、ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」


「ふふっ、冗談ですよ。テツくんは相変わらず素直で可愛らしいですね」


 そう言ってくすりと笑うエリス。

 どうやら僕はまたからかわれてしまったらしい。


「うぅ、ひどいよエリス……」


「望み通りのリアクションをしてくれるテツくんが悪いんですよ。思わずからかいたくなってしまいますから」


 なんという他責思考。

 ナチュラルに僕が悪いと言ってくる幼馴染に、やはりなんとかしなければという決意を密かに固める。


(僕相手だから今はまだいいけど、こんな調子だと絶対いつかやらかすよ。その前になんとかしないと……)


 どんな手を打つのが正しいのか、それを考えているうちにエリスが話しかけてくる。


「さて、テツくん。さっきも言いましたが、少しお話ししてもよろしいでしょうか」


「え? あ、うん。そういえば、話したいことがあるって言ってたね。なに?」


「ええ。まぁ大したことではないのですが……」


 そこまで言って、何故かエリスは言い淀む。

 彼女にしては珍しい反応に首を傾げていると、


「あの……テツくんが玲奈さんと付き合い始めたというのは本当なのでしょうか?」


「…………はぁ?」


 おずおずと聞いてきたエリスの言葉を理解するのにたっぷり数秒。

 それから出てきたのは、我ながらひどく間抜けな声だった。


「違うんですか?」


「違うもなにも、僕はもちろん玲奈にもそんな気は全くないよ。玲奈とか、僕を男として意識なんてしてないって言ってたしね」


 どこからそんな話が出て来たのか、思わず呆れる。

 いやまぁ心当たりは物凄くあるんだけど……とはいえ、流れている噂は長年の付き合いのあるエリスがそんなことを聞いてくるまで信ぴょう性のある内容ではなかったはずだ。こうしてわざわざ聞いてくるほどとは思えない。


「そ、そうですか。良かった……って、違いますからね! 別にテツくんが玲奈さんと付き合ってないことが分かって、ホッとしたわけじゃないんですから! 勘違いしないでください!」


「う、うん。別に勘違いなんてしてないけど……てか勘違いする要素ってなに?」


 なんか急にツンデレみたいなことを言い出したエリスに、僕は戸惑う。

 

「知りません。というか、知らなくていいです。もう一度確認しますが、本当に付き合ってないんですよね?」


「そんな何度も確認することじゃないと思うけど……」


「いいから答えてください。ほんとのほんとなんですか?」


「ほんとのほんとに付き合ってないよ。なんでそんなに何度も確認してくるのさ」


 いくらなんでもちょっとしつこい質問の仕方に、ついそう聞き返す。

 僕らは幼馴染なんだし、お互いの性格とか関係に関して他の誰より詳しいはずだ。

 どう考えても噂に踊らされる側じゃないという、僅かな苛立ちもあったと思う。


「それは……」


「それは?」


「て、テツくんが実はギャルが好きなのかもと思いまして……い、いじれる材料になるかなぁと……」


「えぇ……そんなしょうもない理由だったの……?」


 あまりにもあんまりな返答に、思わず拍子抜けしてしまう。

 

「わ、私にとっては大事なことだったんです!」


「そう……」


「あ、今私のこと馬鹿にしましたね。その目が言ってますよ、誤魔化しても無駄です」


「馬鹿にしたというか呆れたというか……」


「う、うるさいです。テツくんのくせに、そんな目を私に向けるなんて生意気ですよ。テツくんは私の前では可愛い顔をしていればいいんですからね! 分かりましたか!?」


「逆ギレされても困るんだけど……」


 流石のエリスも恥ずかしかったのか、大分ムキになってるようだけどそれを見ても僕の心は動かない。

 なんならめちゃくちゃ冷めている。いくらなんでも、そんなことでからかわられる謂れはないぞ……。


「あのさぁエリス。流石にそれはライン超えだって。実際言われたら絶対ギクシャクしちゃうやつじゃん。親しき仲にも礼儀ありって分かるでしょ?」


「い、いいんです。私のなかではラインを超えてませんから。こんなこと言うのは、テツくんだけですから……」


 言ってることは殊勝だが、素直にそれを信じることは出来ない。

 エリスには悪いけど、負の実績が多すぎるからだ。

 エリスの演技力を考えたら、単にこの場では取り繕うためだけにこう言ってるという可能性は大いにあり得る。


(うん、やっぱりこのままじゃ駄目だ)


 さっきまでの会話で僕は改めて悟る。

 この幼馴染には、誰かがお灸を据えてあげなる必要があるだろうと。


(それが出来るのは……うん、やっぱり僕しかいないよなぁ)


 当事者だし幼馴染だし更に言えば男だし。

 他の幼馴染たちには頼めることでもないだろう。単なる説教では、エリスに響くとも思えない。


「ちょっと、聞いてますかテツく……」


「ちょっと黙りなよエリス」


 僕は腹を決め、エリスに低い声を出していた。

 


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