街の謎
後ろから追う者はいない。しかしポロニウムは警戒を続ける。
「ラジウム、今のところ追手は来ていない。」
「まぁとりあえず走りきろう。なんにせよ早いに越したことはない。」
ひたすら走った。担いでいる少女は軽いからなんの影響にもならない。
暖房の効いた部屋に戻ってきた。ニトロは3人の勢いに驚いてむせたらしい。咳き込みながらカットした桃を乗せた皿のバランスをプルプルと保っている。
「ゲッホ!ゴホッオェッ!?……どうしたんだ!?」
「セルロイドたちの街がなんかおかしいんだよ!」
「わかった、とりあえず最初から説明してくれ。」
ラジウムとポロニウムはニトロの背中を擦りながら事の顛末を話した。それだけで十分ニトロは理解してくれたようだ。
「しかし、夜は危険だからな……。調査をするにしても明日になるか。」
咳が落ち着いたらしいニトロは考え込む。
「春はまだヒマノフトも強いから、今すぐ調査はしない方がいいもんな。明日俺とポロニウムが見てくるよ。」
「本当か?2人とも疲れてるだろうに、大丈夫なのか?」
「ここで仮眠とるよ。それで十分。」
ラジウムとポロニウムはさっさと仮眠室へ入っていく。少女についてはニトロに任せたと言いたいのだろう。
「君は眠くないの?」
「さっき生まれたから眠くないんです。」
「そっか。俺はニトロ。窒素を操る力があるはずなんだけど、てんで上手くいかないんだ。君の名前は?」
「生まれたばかりだから名前もないんですよぅ。なんかいい名前無いですか?」
「うぅん。セルロイドは石油から生まれてるのだから……。ナフサはどう?プラスチックの原料の名前だったはずだよ。」
「いいですねぇ!いただきます〜!」
そんな話をナフサとニトロは日が昇るまで続けていた。
仮眠室からラジウムとポロニウムが出てきた。ナフサは走って2人の元へ向かった。
「私、ニトロさんに名前もらったんです!ナフサって言うんですよ!よろしくお願いします!」
「おぉ〜、いい名前じゃないか!よろしくな、ナフサ。」
ポロニウムはぽんぽんとナフサの頭を撫でた。ラジウムもその真似をするように頭を撫でてやった。
「そうだ、ナフサは僕のところで事務を手伝ってもらうことにするよ。せめて安全が確認できるまでは街には返せない。」
それを聞いてラジウムは露骨にほっと息を漏らした。
「それならその方が安心だな。」
「ラジウムは心配性だからなぁ。俺も賛成だよ。」
ポロニウムはラジウムの背中をバンバンと叩いて笑った。
ラジウムとポロニウムは早速セルロイドの街へ向かった。進んでいくほどに感じる違和感。
「……は?」
「どういうことだよこれ……。」
そこにはとても賑やかな街があった。セルロイドたちはみんな笑顔で楽しそうにしている。思わずラジウムは緑の髪のセルロイドの男を捕まえた。
「昨日の夜、ここには誰もいなかったんだ。……君たちはなんでここにいるんだ?」
男は戸惑っているようだった。急に肩を掴まれて尋ねられれば驚くに決まっている。
「お、俺たちは今日の朝生まれたんだよ。みんなも朝に生まれたって言っていたよ。どうしてなのかはよくわからないけど……。」
「全員が一斉に?」
ラジウムはポロニウムを見た。ポロニウムは知らないと言うように首を横に振った。どうやら前例は無い。
「わけがわからん……。でも、協力ありがとう。」
「俺たちはまだこの街について何にもわからないけど、また何かあったら協力するよ。よくわからないけど頑張ってね。」
男は優しく手を振ってくれた。
「全員が朝に一斉に生まれた……。」
ラジウムには考えていることをブツブツ呟く癖がある。だからその疑問もポロニウムには丸聞こえ。道行くセルロイド達にも不思議そうな顔でチラチラと見られる。
「セルロイドが生まれる基準って何なんだろうか。」
「とりあえず、昨日の夜にみんないなくなった可能性があるし、夜まで待ってみよう。もし犯人がいたらすぐに捕まえようぜ。俺走るの速いし、任せとけ。」
「それもそうだな。」
ラジウムは考え込む割にあまり考え事は得意ではないのだった。
春はまだすぐに日が暮れる。昨日と同じくらいの暗さになろうとした時だった。
ガシャンッ!
ちょうどプラスチックがぶつかり合うような軽い音が響いた。もちろんラジウムはすぐに走り出す。しかしポロニウムの方が圧倒的に速かった。
「お前らか……。」
ポロニウムはそのうちの一人の肩を掴む。
「やばい、見つかった!」
「こいつらとは戦って良かったっけ?」
「いや、まだダメだって言われたよ。」
アイオライトのようなお揃いの飾りがついた被り物をしている3人組。
「てか、勝てっこないから見つかったら逃げろって言われてただろ!俺はいいから2人は先に行け!!」
会話の内容から察するに、3人はポロニウムより弱いらしい。
「ポロ!すごいな、捕まえたんだな。」
「ラジウム、こいつら俺たちより弱いらしいぞ。」
その名前を聞いて3人は顔色を真っ青にした。
「撤退!早く逃げるんだ!!」
「よりによってポロニウムとラジウムはないだろ!!」
「俺たちが死んだらメキラ様泣いちゃう!!」
肩を掴まれていた1人はポロニウムの一瞬の隙をついて逃げようとしたが、ポロニウムの力には到底かないそうにない。2人に目配せをして逃げさせる。
「こ、殺せ!お、お前なんかここここ、怖くないんだぞ!!」
威勢のいい涙声だ。
「まだ殺さねぇよ。しかしそのメキラ様について教えてもらおうか?俺たちだってここの住民殺されて悲しいんだよ。」
ポロニウムは胸ぐらを掴んで睨みつけて脅す。
「ご、ごめんなさいぃ……」
「謝罪はいいから情報を寄越せ。お前らは何なんだ。」
「お、俺たちは……」
その正体を口に出そうとした時、凄まじい風が吹き荒れ、ポロニウムから男を連れ去った。そして5m程距離をとったところで男は降ろされた。しかし、ポロニウムとの間にはまた別の男が立ち塞がる。
「彼らは私の部下、眷属の夜叉だ。7000人もいるから名前は覚えきれてないが、顔はしっかり覚えてる。そんな大切な子たちだよ。」
「アンタがメキラか。」
「そう。十二神将の一角を担う者だ。よろしく。」
メキラはその行いとは裏腹にとても優しそうな表情をしていた。
「何故、セルロイドたちを殺すんだ?」
ラジウムは睨みつけるような表情でそう尋ねた。
「それは教えられない。でも、なんというか……資源集めだな。うん。そういうことにしておこう。セルロイドを砕いて集めて固めて再利用するんだよ。」
「サクサクと嘘をつくな。」
「だって教えられないからね。でも君たちのお願いは聞いてあげたいから。」
「嘘は要らねぇんだよ。」
「でも、別に嘘をつこうがつくまいが、私の自由だろう?それにこれは優しさだ。知ってしまえばお前たちは生きる気力も何もかもなくしてしまうだろう。」
「……は?」
ラジウムの言葉が止まった。考えるほど意味がわからない。
「知らぬが仏。それに、生きてる者には必ず相手を従わせる素晴らしい手段があるじゃないか。暴力って言うんだけど。」
「つまり殴って聞き出せと。」
「そういうことだな。……これから現れる神々は君たちを従わせるために容赦なく暴力を奮う。しかし君たちには抗う権利も生きる権利もある。我々の目的はセルロイド、元素、宝石、ヒマノフト、全てを殺し尽くすことだ。そして資源に変えるのだよ。」
それじゃ、と言ってメキラは部下と共に姿を消した。
「待ちやがれ!!」
ポロニウムの叫びが何も無い空間に響いた。
「とりあえず、被害を確認しておこう。俺たちにはかなわないって言うし、まだいても顔を見りゃ逃げるだろ。」
ラジウムは考えることをやめたらしい。ポロニウムの手を引いてさっさと歩こうとした。
「そうだな。」
セルロイドたちは最初に殺された数名以外は全員無事だったようだ。しかしまたこうなっても困るため、ニトロに頼んでセルロイドの街の見回りを強化することにした。
「あ〜、寒かった……。」
一方メキラは仲間たちのもとへ戻っていた。夜叉たちもようやく緊張が解けたというように、ふぅと息を漏らしていた。
「おかえり。あの撤退の判断の速さはとても良かったと思うよ。」
「ありがとう、マコラ。十二神将として本当に戦うのなんて初めてだし、すごく緊張したなぁ。」
「その割にはいけしゃあしゃあと嘘をついてたな。」
マコラは思い出し笑いを堪えるようにしていたが結局笑ってしまった。
「だって、あれが最善だろう?敵対心を煽って、なおかつ目的を教えないって難しいんだから。」
「それもそうだな。まぁこの先みんなが動きやすくなったと思うよ。来月担当のサンテラは賢いし、口裏合わせとけばしっかり動いてくれる。」
「はぁー、それは心配してないけど。消耗戦かぁ。そもそも私は殺戮は好きじゃないんだよ。マコラみたいに鬼にはなれないや。」
「あのなぁ、十二神将も含めてみんな殺戮なんか好きじゃないよ。ましてや相手は人間の名残りだ。……だからこそやらなきゃならんのだけど。」
「とにかく、今月いっぱいは頑張るよ。生き残れば来年まで暇だしね。また御師匠様と一緒にお茶でも飲みたいね。」
「そうだな。8月終わりにしといてくれよ。俺だってみんなとのんびりしたいし。」
「半年も待ってられるか。半年後にはもっといいお茶を用意して待っておくよ。」
「そうしといてくれ。」
そんな話をしていると奥の部屋からバタバタと他の仲間たちが出てきた。メキラはとにかく防寒だけは忘れないようにと伝えた。
ここは月面のクレーターから入ることが出来る異界である。さらに奥へ進んでしまえば既に別の星へ繋がっているのだ。
事の詳細を話すとニトロはとても驚いた顔をした。
「キスラロート!ちょっと来てくれ!!」
何も無いところに向けてニトロは話しかけた。
「キスラロートなんてかなり久々に会うな……。」
ラジウムはうーん、と俯きながら考える。顔がもう思い出せない。
キスラロートはなかなか現れない。
「……あれ?キスラロート!?」
思わずニトロが叫んだ。
「ハイハイ。どうしたんだ?まぁずっと見てたけどね。」
キスラロートは知らないうちにラジウムの背後に立っていた。天井に足を着いて。
「……ッ!!???」
驚きすぎてラジウムは声も出なかった。
キスラロート。変な名前だが酸素を担っているおちゃらけた奴。身体が軽いため浮いたりもできる。さらに気化することでどんな隙間からでも侵入・脱出が可能であるという、金属元素たちからすると羨ましい体質なのだ。
「それで、話は聞いてたけど何がしたいんだい?暇そうな元素族を集めて部隊を作る?それともエース級の強さの元素族をぶつける?宝石族に戦い方を教える?」
「いや、敵の偵察を頼めないか?」
「おー……、うん。それは考えてなかったや。でも、ニトロのお願いなら構わないよ。その代わり、セルロイドを幾つか見殺しにしてもいい?」
「……それは、お前の判断に任せる。」
「そりゃそうか。でも俺は八割しか身体を持っていけない。だからどちらにせよ見殺ししかできないんだ。二割はいつも通りニトロのところに置いておくから何かあったら呼んでね。」
じゃ、と言うとキスラロートは姿を消した。
「めっちゃびっくりした……。」
ここでようやくラジウムの呼吸が整った。
「アイツは驚かせるのが好きだからな。ごめんな。」
代わりに謝りつつ、ニトロは笑っていた。
『敵ねぇ……。あれかなぁ。』
結局夜になるまでキスラロートは空から街を眺めていた。確かにガシャガシャとセルロイドたちが壊されていく。
『……。』
なんとなく癪に障った。だからひと仕事終えたというように汗を拭う1人に狙いを定めてこっそりと殴りかかった。ぶつかる瞬間、拳に金属を纏う。
だが、フッと姿を消された。
「来たか、元素族。」
またメキラの仕業である。
「アンタがこいつらのボスか。大層なことやってんだな。」
呆れたというジェスチャーをしてみせる。しかし同時にメキラも呆れた様子だった。
「お前、元素族といえば元素族だが、半分以上は付喪神だろう?一体何をしているんだ?」
「神様から見ても付喪神なら、やっぱ本当に付喪神なんだな。俺はかつてこの土地にあった病院の酸素ボンベの付喪神だよ。御主人様の延命が俺の仕事だ。」
「……神としてこちら側に付く気は無さそうだな。」
「さらさら無いね。それじゃ、またどこかで会おう。」
キスラロートはメキラの前から姿を消した。
キスラロートは自分の目で見たことをしっかりとニトロに報告した。自分が付喪神であることは内緒にすることにしたが。
「メキラの弱っちい部下の武器に決まりは無さそうで、扱いはそこそこ上手かったな。一方メキラの武器は不明。そして部下を攻撃しようとすると一瞬で現れる。本物の神と戦うんだってことだな。」
「……そうか、ありがとう。参考になるよ。」
「でも神様かぁ……。結構シャレにならない戦いになるな。やっぱラジウムとか強い元素集めて部隊を組むべきなんじゃない?」
「そうだなぁ……。でもあんまり集めすぎるとヒマノフトの迎撃に影響が出る……。」
「俺、結構強い子に目星付けてんだ。俺が集めてこようか。」
「それじゃあよろしく頼むよ。」
「あいあい!」
キスラロートはまたパッと姿を消して出ていった。ニトロに話す手前、飄々とふざけてはいるものの、内心どうやってメキラの後頭部を殴りつけてやろうかと悶々としていた。ニトロはそんなこと知る由もないのだった。




