迫る終末
かつてはこの世界に人間というものが作った文明があった。人間は幾度も文明を築いては滅び、また築くという繰り返しを行っていた。その果てに最期に発展したのは科学力。なんと、元素を自在に生み出し、さらにその元素の塊に一時的に命を与え、自立歩行をさせることで運搬能力を格段に上げていた。しかしその最終文明は小さな事故による研究所の世界規模の連鎖的な爆発によって滅んだ。
「ということが隆起した地層の研究から判明している。爆発の後の大雨は、まぁ言わずもがなこの大地を見ればわかる話だろう?」
アクチニウムは資料を人差し指でトントンと叩きながら誰かに説明していた。
「ルビジウムの死後、この星の寿命を知っていたのは自分だけだと思っていた。まさか貴方みたいな方が声をかけてくれるとは。」
「とにかく、俺は貴方のやり方に賛成はする。だが、俺以外の元素族、宝石族、果ては俺たちの天敵のヒマノフトすら貴方の優しさに反対するだろう。その時は、有無を言わさず救いの手を。」
アクチニウムは相手の頷きを見ると、何かから解放されたかのような笑みを浮かべた。
「……これで俺もゆっくりルビジウムの墓参りができそうだ。」
気温も低下を続け、花を探すにもかなり少なくなってきている。お供え物は水晶スナックでいいだろう。
ラジウムとポロニウムは海岸沿いで調査を行っていた。どうもここ最近は気温の低下が著しい。
「ヒマノフトもこのまま凍ってくれれば良いんだけどな。」
ポロニウムは海面をパシャパシャ叩きながらそう言った。
「それもそうだな。」
一方のラジウムは貸し出された温度計を海に浸す。
「8℃。もうすぐ凍るかもな。」
「うっわ冷たいな。俺らには全然わかんねぇけどさ。」
「お前が寒さにめちゃくちゃ強いだけだろ。俺はもうすぐにでも帰りてぇんだよ。」
ラジウムはポロニウムを羨ましそうに眺めた。それに対してポロニウムは良いだろとでも言うようにニンマリと笑い返す。
「じゃあもう帰ろうぜ。温度もわかったんだろ?」
「あぁ。しかし海水が8℃…。気温はとんでもないな。」
「あんまりわからねぇけど。」
「そこそこ寒いよ。ヒマノフトも生肉みたいなもんなのに、なんで凍ってくれないのか…。」
ため息は白い。しかしまだ春の北半球の話である。
ヒマノフトとは海から現れる怪物である。その姿は、はるか昔の文明の遺産で言うところの星座を模したもの。様々な動物や道具のような形だが、全て生肉のようなものからできている。成分や遺伝子を調べたところ、それは人間の遺体の塊であるということが判明した。ヒマノフトをわざと殺さずに観察を続ける飢餓実験を5回行ったところ、5回とも49日で死んでしまった。水晶スナックなどの餌を与える実験を行った場合は、108回鳴き声をあげたタイミングで崩れて消えてしまった。鳴き声は最初は青銅の大きな鐘の音のようなものであったが、徐々に華やかで軽やかな澄んだ鐘の音に変わっていった。しかしヒマノフトは元素族や宝石族を喰らうため、普段は現れた瞬間に殺すことが掟となっている。夜に現れ、晴れた新月の日は最も力が強くなる、不思議な生物である。
「夜になったら厄介だ。早く帰ろう。」
ラジウムは海から遠ざかる方向へ歩き始めた。
「お前を待ってたんだよ。」
それについて行くようにポロニウムも歩き始めた。
空の色が完全に変わった頃、今日の当番は見回りへ向かう。すれ違う仲間にポロニウムは手を振りながら進む。一方ラジウムはあまり顔を合わせることもない。ラジウムは歴代そういう奴だからと、誰もが理解しているため、咎めることも無い。
住宅が並ぶ緩やかな坂道の先に目的地はある。元素たちのリーダーたちが使う事務所だ。今はニトロとアウルムしかいないが、以前はルビジウムとアクチニウムもいた。しかしルビジウムが亡くなってからというもの、アクチニウムは自宅で仕事をしているらしい。アクチニウムはルビジウムと特に仲が良かったからショックだったのだろうとアウルムは話してくれた。ルビジウムの死因はわかっていないが、アクチニウムが殺したのではないかと囃し立てるような噂もある。大好きな存在との別離の悲しみはラジウムにはよく分かるため、ラジウムはその噂に対して否定的だった。
「お疲れ様。待ってたよ。」
いつもはクールな表情のニトロが嬉しそうに笑っていた。
「ニトロ、もしかしてまたあの食べ物が届いたのか?」
「そうなんだ。」
察しの良いポロニウムはすぐに理由を言い当てた。
「珍しいだろう?こんなに寒いのに、こんなに大きな桃が採れたらしいんだ。」
ニトロは籠いっぱいの桃を2人に見せた。赤みのあるピンクの可愛い色をしている。手に取って眺めるポロニウムとは対照的にラジウムは怪訝な表情をうかべる。
「また贈り主はわからないのか?」
「うん、わからない。でももう何百回貰ったか分からないし、慣れたもんだよ。」
「警戒はしろよ。桃はニトロしか食べれないし、俺たちじゃ警戒のしようがない。」
かなり昔にこの桃を食べたことで身体の不調を訴えた者がいた。元素族、宝石族どちらも食べることが出来ず、ニトロだけが食べることが可能であるとわかった。身体の作りが違うのだろうということは過度な寒さに弱いことや、かつては酸素が無いと呼吸が出来なかったことからわかっていた。まるで人間のようだが、今この時代に生きている人間などいるはずがない。この気温で生育する桃も不可解だ。こんなに沢山、どこで手に入るのだろうか。
「僕からすれば、水晶を食べるみんなの方がすごいと思うよ。僕は噛み砕けないし、美味しくないもん。」
「多分この桃みたいな味だぜ。甘くて美味しいぞ。」
「砂糖みたいな味なのかなぁ…。」
ニトロがボヤいた。しかしハッとした表情をする。
「ニトロ、砂糖食べたことあんの?」
ポロニウムがキラキラとした目でニトロを見る。
「ないはずだよ。…だって人間の作ってたお菓子のレシピでしか見たことないんだから。」
ニトロは不思議そうに首を傾げながら考え込む。相変わらず変わった人だ。
「とりあえず、これが海の温度の測定結果。このまま水温が下がれば凍りついて、ヒマノフトが来なくなるかもしれない。」
「ありがとう。後でアウルムにも見せておくよ。お疲れ様。」
ラジウムたちはニトロに見送られて帰路についた。ポロニウムの家は近所であるためしばらくは同じ道を歩く。
「今日は嫌に星が綺麗だなぁ。」
「うん。今日のヒマノフトは強いだろうな。」
そんな話をしながら歩いていた。
視界の端でボコッと突然地面が小さく盛り上がった。
「この時間に珍しい…。」
ひょこっと現れたのは白い手だった。
「他の子は上手くやるのに下手くそだなぁ。」
ポロニウムはヘラヘラと笑いながらその手の周りを掘ってやる。ラジウムも一緒に手伝った。
肘が見え、頭も見えてきた。
「へー、赤い髪かぁ。昔のラジウムも赤かったよな。」
「青くてもいいだろ。」
「赤でも青でもお前には似合ってるよ。」
「当たり前だ。」
顔がほとんど見えてきた。目をぱちぱちさせている。
「あと少し。頑張れ〜!」
そこまで来るとどうにかできるらしい。自分でどうにか這い出てきた。
「いやぁ、ありがとうございました!ちょっとドジって硬い地面のところに生まれちゃって。」
「ドジってなぁ…しかも夜に生まれなくて良いだろうに。」
ポロニウムは呆れながら笑った。
「君たちセルロイドの住む地域はここから少し先にあるんだ。一緒に行こうか。」
「はい!」
セルロイドの少女を連れてポロニウムは歩き始めた。
「ラジウムも来いよー。」
「あー、うん。」
生まれたばかりの少女はキョロキョロと周囲を見ながら歩く。その様子が新鮮で、でも懐かしくてラジウムは薄く微笑んだ。
「そういえば、ラドンも生まれてすぐの時ってこんな感じだったよなぁ。」
「そっか、なんか懐かしいなって思ってたんだよ。ラドンだったか。アイツも強くなってくれて良かったよ。」
セルロイドの街はやけに静かだった。元素族と宝石族が作ってあげた石造りの街並みは変わらない。……何かがおかしい。
「ポロ、どう思う?」
「引き返すか。」
「それがいい。」
ラジウムは少女を肩に担ぐと来た道を戻るように走りだした。
「ど、どうしたんですかぁ!?」
「一度戻ってニトロに報告する!何か、絶対やばい!!」
ポロニウムは後ろを警戒しながらその後を追う。
ラジウムたちの声を聞き付けたらしい誰かが数人集まってコソコソと話をしていた。そして頷き合うと、集まったままどこかへ向けて走り去った。




