15.最終話
「両親がリリィを紹介しろってうるさくって」
カイルが申し訳なさそうに言ってきた時、大事な息子がこんな小娘に引っ掛かってと思われているのかと思ったリリアンナは決意を込めて頷いた。
「ちゃんと認めてもらえるように頑張ります」
敵地に向かうようなキリッとした表情のリリアンナを見て、カイルは思わず吹き出してしまった。
「いや、両親は喜びこそすれ、反対なんてしてないから安心して」
「それならいいのですけど」
それでも完全には不安は拭えないまま、カイルの家族と会う為に、サンダリー公爵家を訪れることになった。
「まぁまぁ!本当にお人形さんみたいにかわいい」
リリアンナはお屋敷に入った途端に、カイルの母親である公爵夫人に手を握られた。
いきなり華やかな感じの美人に迫られて、硬直して目を白黒させているリリアンナをカイルが夫人から引き剥がした。
「玄関で何やってるんですか!リリィが困ってるでしょ!」
抱き込むようにリリアンナを庇うカイルに夫人はやれやれと肩をすくめた。
「男の嫉妬は醜いわよ」
そう言いながらも、客間に向かった。
客間には公爵やカイルの兄と義姉、他家に嫁いでいる姉までが揃っていた。
「リリアンナ・キリシマールです。よろしくお願いします」
リリアンナが挨拶をすると
「全く、うちの愚息にはもったいないようなお嬢さんだな」
公爵はニコニコとしていてとてもウェルカムな様子なので、ホッとした次の瞬間、聞き捨てならないことを言い出した。
「最初にジルベルト殿下に聞いた時は何の冗談かと思ったが、本当だったんだな」
その時のことを思い出したのか、しみじみと言って夫人と顔を見合わせた。
「え?ジルベルト殿下ですか?」
不思議そうな顔をするリリアンナにカイルが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「俺もこの間聞いたばかりなんだけど、随分前から殿下からうちとキリシマール侯爵家に内々に話があったらしい」
「?どんな話が?」
「二人をなんとかくっつけたいから、暫く他の縁談は止めておいて欲しいって」
夫人がくすくすと笑った。
!
あの腹黒王太子!
誰にも言わないでって言ったのに!
正確にはリリアンナの気持ちは言ってないけど、そういう問題じゃない。
恥ずかしさに俯いてプルプルしているリリアンナにカイルは小さく
「うちの家族が申し訳ない」
と謝った。
「お父様もお母様もデリカシーがないですよ」
カイルの姉が楽しそうに笑う公爵夫妻を窘めた。
それを見て、リリアンナは以前にカイルと話していた女性が彼女だと気づいた。
カイルに他の女性の影がある訳ではなかったことに少しホッとして、気持ちを落ち着ける為、紅茶を一口飲んだ。
「リリアンナさんは若くてこんなにかわいいのに、本当にカイルでいいの?我が弟ながら、無骨で愛想がない上に10歳も年上であんまり条件がよくないと思うんだけど」
カイル様のお姉様はそんなこと言うけど、条件なんて関係ない。
「はい、私にはカイル様以上の人はいません」
伊達に何年も初恋を拗らせていた訳じゃない。
きっぱり言い切ったリリアンナを感激した様子でカイルが見つめた。
「それを聞いて安心したよ。二人で幸せになりなさい」
公爵は肩の荷が降りたとばかりに、ほっと息を吐いて
笑った。
「それから、カイルにはわたしが持っている伯爵の爵位を譲るつもりだから、安心してくれ。王太子夫妻の大切な妹さんに苦労をかける訳にいかないからな」
暫く和やかに過ごした後、帰宅するリリアンナをカイルが馬車で送ってくれることになった。
「素敵なご家族ですね。カイル様が愛されてるのがよく分かりました」
しっかりしたお兄さんのような気がしていたけど、家族の中では完全な末っ子扱いなのがなんだかおかしい。
「公爵家って言っても、我が家はあんな感じだから、気を遣う必要はないよ。色々申し訳ない」
「いえ、あんな風に歓迎してもらえて嬉しかったです」
カイルは恥ずかしげに笑うリリアンナの手を握った。
剣を握るゴツゴツした大きな手にドキドキして真っ赤になったリリアンナは何か話さないと、と取り敢えず気になっていることを訊いてみることにした。
「ジルベルト殿下に手のひらでコロコロと転がされた挙句、外堀を盛大に埋められてた気がするんですけど」
リリアンナの言い様にカイルは苦笑いした。
「そうかもな。でも、俺は感謝してるよ。今リリィとこうしているのもそのおかげだし」
優しい目で顔を覗き込まれて、益々赤くなっていく。
「そうですね。まぁ、ちょっとは感謝してあげてもいいですね。ちょっとだけですけど」
カイルは首筋まで赤くなっているリリアンナをそっと抱きしめた。
「かわいい…」
カイルの小さな呟きが耳元で聞こえて、カチンと固まってしまった。
カイルはクスクスと笑うと
「リリィは思っていた以上にシンシア様にそっくりだね。病みつきになるジルベルト殿下の気持ちが分かってしまった」
などとなんだか不穏なことを言い出した。
文句を言おうと口を開きかけたものの、カイルの愛し気な眼差しを見たら、何も言えなくなってしまった。
馬車が停まったので、侯爵邸に着いたのかと思って降りると、そこは赤く夕日が輝く野原だった。
「ここは子どもの頃よく遊びに来た場所なんだ。ここから見る夕日が綺麗で、リリィにも見せたいと思って」
カイルの瞳に夕日が当たって輝いていた。
「本当に綺麗ですね」
二人はゆっくりと沈んで行く夕日を見つめていた。
「リリィ」
自分を呼ぶ声にカイルを見ると真剣な顔をしたカイルがいた。
「これからあなたのことはわたしが守ります。わたしと結婚してもらえますか」
「はい、よろしくお願いします」
にっこり笑ってカイルの手を取った。
リリアンナの返事を聞いて、カイルは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、帰ろうか」
感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
リリアンナのお話はこれで終わりですが、またジルベルトとシンシアのお話を書けたらなと思っています。




