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14:パンツ事変

 世の人間の大半は、魔力こそ持っているものの、生まれついて使える魔術など持ち合わせていない。

 その、「生まれついて使える魔術」のある人間の、更に一部が攻性魔術持ちであるのだが、とにかく大多数は後天的に魔術を学習するのだ。

 それが汎用性(はんようせい)魔術。


 この魔術は湯沸かし器やエアコンのような日用品にも備え付けられており、魔力を流せば使えるようになっている。

 生活を便利にする、楽得アイテムこそが汎用性魔術なのだ。


 ために魔術管理局でも日夜、新しい汎用性魔術の開発が行われている。

 そうして生み出された魔術は、まず局員が試す。

 試用の中で問題が見つかれば、即座に是正(ぜせい)。あるいは開発取りやめとなり、局員から合格点を得たものだけが市場に出回るのだ。


 今日、ユージンとノアが試用を依頼されたのは、浮遊魔術であった。

 文字通り、物を宙に浮かせる魔術である。開発課はこれを、重い荷物を運ぶ引っ越し業者や宅配業者へ売り込もうと考えているらしい。

 なお試用を担当する局員は毎回、複数名が無作為(むさくい)に選出されるようになっている。


「お、帰って来ましたよ」

 編纂(へんさん)室の窓から、こっそり外をうかがっていたユージンが、ノアに呼びかけた。

 窓の外には、並木道を呑気に歩くキリエの姿があった。総務課へのお使いに出ていたのだ。


 今日は蛍光色のシャツにレザーのベスト、そして同じくレザーのミニスカートに網タイツという出で立ちだ。

 相変わらず反骨精神にまみれた服装だが、大事なのは、今日の彼女がスカート履きということだ。


 いつになく悪い顔になったノアが、玄関――ドアももちろん、新たに備え付けられている――の横に控えた。

「よーし……それじゃあ、キリエ君がドアを開けた瞬間に、だよ」

「はいはい」

 ユージンとしては今一つ気が乗らないものの、上司がノリノリなのだ。付き合うしかない。


 やがてノアの耳にも聞こえるぐらい、キリエの足音が近くなり、真新しいドアノブが回された。

 そしてドアを全開にした彼女へ、浮遊魔術が襲いかかる。

「ただいまーっす――うわああ!」

 朗らかな声と表情で編纂室に入って来たキリエは、すぐさま素っ頓狂な声を発して、スカートをおさえる。


 重力に逆らって、スカートはフワフワと浮かび上がっていた。持ちあがった布地の向こう側に、セクシーな黒の下着が見え隠れする。

 もちろんこれは、ノアの仕業である。


「パンツ見えっ……ちょっ、何するんすかー!」

 無重力状態のスカートの、前と後ろを必死に抑えながら、キリエが真っ赤な顔でがなる。


「うふふ、大成功だねー」

 一方のノアは、満足げだ。ユージンは来たる嵐を予感しつつ、

「そうですね」

と平坦に返した。


 嵐の到来を予期していないらしいノアは、頬に手を重ねてうなる。

「うーん……でも、こんなに簡単にスカートめくりができるなら、商品化は難しいんじゃないかしら? いじめや、痴漢に使われたら大問題だろうし……」


 ぶつぶつ呟く彼へ、スカートを押さえたままのキリエが襲い掛かる。

「んなこといいから、早く魔術を止めてくださいよ! 馬鹿野郎ぉ!」

「うげぇっ」

 キリエが頭突きを、ノアの横っ腹にお見舞いした。


 額から魔術が作用し、彼の服が爆散する。キリエの手心だろうか、ハート柄のパンツだけは無事だった。


 何故か胸元を隠して、ノアは涙目になる。

「やだー! キリエ君、ひどいっ!」

「どっちがひどいんすか! いつまでも人のパンツ丸見えにして……最低っす!」

 こちらも涙目の早口でまくしたて、次いで彼女はユージンもにらむ。フーフー、と息も荒い彼女はさながら、手負いの獣であった。


「待て、キリエ。俺は止めたんだ」

 両手を挙げて無抵抗を示しつつ、一応釈明するユージン。しかし胸中では、十中八九の有罪判決を予想していた。

 というか、ノアがキリエを実験台に使うと言い出した時点で、諸々は覚悟していた。


 それでも頑なに拒否できなかったのは、ちょっとパンツを見てみたい、という下心が働いてしまったからだろう。

 だって男なのだ。


「でも助けてくれなかったから、同罪っす!」

 青い瞳が憤怒(ふんぬ)で燃えている。

「……だよね」

 なので、抗弁も途中で放棄し、甘んじて魔術を受けた。下手に抵抗しようものなら、半殺しにされた上で半裸にされかねない。


 パンツ一枚を残し、こちらも見事にキャストオフ。


 途端、足元から腹にかけて寒気に襲われる。鳥肌の立った二の腕をさすって、ユージンは身震いした。

「意外に冷えるな」

「最近、朝晩なんてめっきり冷え込むもんね」

 半裸の男二人が、現実逃避するように天気問題を口にする。


 ノアの集中力が削がれたことで、元に戻ったスカートを正しつつ、キリエはニヤニヤ。

「へー? 二人とも可愛いパンツっすね」

 ノアは前述のとおりハート柄。そしてユージンは、白地に黒い猫のシルエット柄だった。


「先輩、どんだけ猫好きなんすか?」

「しげしげ見るな!」

 条件反射で股間を隠しつつ、ユージンが半眼になる。


 しかしキリエは止まらない。むしろ腰をかがめ、目線をパンツ位置にロックオンする。

「パンツ見られたお礼っす。穴が開くまで見てやるっす」

 そして目を見開き、凝視。


 ユージンとノアは震え上がった。ついでに、パンツの中のサムシングも縮まる。

「止めろ! 穴が開いたら、お前だって困るだろ!」

「キリエ君のエッチー!」

 右往左往する男二人が、裏返った声で叫んだ。

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