サルネクルム
第十一章 サルネクルム
「どうでしたか、都築さん」と静かに言って緒方が入って来た。
「はい、一言では言えませんがすべて納得できました」
「そうでしたか、その言葉をお聞きして安心しました」
「この後、もしもよろしければ、この星の一部ですが、ご覧になって行きませんか?」
「道案内役は、あの、せっかちの」
「佐伯隆!」と二人同時に言って、思わず顔を見合わせて大声で笑った。
佐伯はまた、廊下でくしゃみをした。
「アレ?何か変だな、俺も地球人みたいになってきたのか?」
緒方は「どうぞ」と言ってドアを開け俺は
廊下へ出る。佐伯が待っていた。
「では、お気をつけて、佐伯君、よろしく」そう言ってお辞儀をして見送ってくれた。
「はい、承知しました、では行きましょう」佐伯の後へ続く。少し歩くと広い駐車場のようなところへ出た。
「さて、どのモービルが良いですか」
とタブレットの上に立体映像が投影された。
何台かフリップして画像を取り換えて見せてくれた。
「あ、これが良いな」
俺が選んだのは全体が透明な車体だった。
「承知しました」そう言うとその画像をクリックした。たちまち目の前にその流線型の透明な車体が躍り出た。
「では、どうぞお乗りください」とちょっとおどけてドアを開けてくれた、というより勝手にドアが開いた。ガルウィングタイプの、とても地球的なドアだ。当然無人のオートモービルだ。乗り込んだら前方へ進むものと思っていたら、そのまま横へスライドして行く。駐車場の端まで来たのだろう、開口部が見えた、そこからたくさんの建物が見えている。ぞくぞくしてくる。異星人の街へ出かけるなんて興奮せずにはいられない。
クリスタルモービルは再度、横移動して開口部から外へ出た。そして浮かんだまま静止している。
足元もクリスタルだから、ちょっと落ち着かない、下に見える街並みを見る限りかなりの高さにいることが分かった。
佐伯がナビゲーションシステムへ行き先を入力している。
「ここはツールアスク星の三つあるノーブル、地球では大陸と呼ぶと思いますが、一番大きなノーブルです、これで分かりますか?」と言って画面を指さした
ナビゲーションの画面にツールアスク星が映し出され、赤く点滅しているのが見えた
「点滅が僕たちのいるところです」
「ここをサクノーブルと呼んでいます」
「そしてこの南側がヘトノーブルです」
画面のツールアスク星を回転させ
「そしてサクの反対側にあるのがネクノーブルと呼んでいます」
「この眼下に見える街はサク最大の街スクレトール市です」
「これからこのスクレトールにある、地球で言うところのイベントホールのような場所へご案内します」そう言うと佐伯はナビゲーションディスプレイの画面ボタンを軽く押した。
クリスタルモービルが走り、いや、空中だから飛行しだしたと言うべきだろう。車内は電気自動車特有のモーター音が静かに響いている。
「佐伯さんも普段はエネルギーの姿ではないんだね、その形の方が便利なのではないの」
と疑問に思い聞いてみた。
「確かにそうです、でも、我々も昔は身体を持っていました。身体を持っていたころの感じていた、モバイルなどの操作する面白さ、スポーツの楽しさ、恋愛の切なさなど様々なことを忘れないように、その祖先のDNAを受け継いでその形を使っています。でも、家族と一緒の時や愛する人といる時は、エナジーボディになります」
「そうか、くつろいでいる時は、素顔なんだね」
「そんなところですね」と親指を立てた。
「佐伯さん、地球人になってきたね」と言って二人で笑った。
「さぁ、ここです」クリスタルモービルは空中から高度を下げて駐車場へ降りた。そこには数多くの色とりどりのモービルが並んでいた。
車を降り、歩きましょうと前を歩く、
追い付いて隣へ並んだ、
佐伯が
「ここの会場では、地球でいう、スポーツ、ミュージックライブ、演劇、絵画アートなどが一つになったサルネクルムというイベントが毎週行われています」という
「サルネクルム・・・」
「それぞれの内容は、地球とほとんど変わりません、同じ形態の肉体をつかって出来上がるものですから、最終的には似たようなものになります、違うのは、勝ち負けがありません、すべて無料で入場できます、批評家が存在しませんから、自由なアート表現ができます」
「どうです、素晴らしいことだと思いませんか?」今度は俺がいいねと親指をたてた。
「では、実際にご覧ください」と佐伯は小走りにスタジアムの建物へ入って手招きをしている。
入口で佐伯がタブレットをかざす、ドアが両方に開き広大なフィールドと観客席が見えた。
「さぁ、行きますよ、これに乗って」
見るとスケートボードのような乗り物が浮かんでいた。何を言ってるんだ、自慢じゃないが俺は運動能力がゼロなんだぞと思った。
「大丈夫、落っこちたりしませんから」と笑っている。
言われるがまま、それでも、恐る恐る片足ずつ板に乗せる。乗せるのを待っていたかのように、スタジアムの客席の最上階から、それは静かに滑り出した。スキーを滑るような感覚だ。佐伯が大きくターンをして、横に並んで言った
「行きたい方角を思うだけで、それに反応して動きます、スピードも、ゆっくりと思えばゆっくり進みます」そしてと言ったが早いか突然加速して大きく左カーブを描いてまた横へ並んだ。
「速さを楽しみたい時は今みたいにね」とウィンクした。
「都築さん、アレ一緒にやってみましょう」彼の指さす方は球技をしているグループがいた。
いやいやだから、俺は運動は苦手だって・・・・・
「大丈夫ですって、苦手の意識はここには存在しません。誰かと比べるから上手い下手と考えてしまうでしょう、誰かと比べて下手だから恥ずかしい、だから苦手という考えに陥るわけです」もうわかりましたよね?という顔で俺を見た
「そうか、ここは、競争や差別がなかったんだ、一緒にやってみるよ」
サッカーボールよりもやや大きめのボールを歌いながら蹴っている。そのボールを脇から来た背の高い男性がひょいと拾い上げた、そして、いきなりそこへ絵を描き始めた。だれも文句を言わない、その描く様子をじっと見てる。言葉は分からないが、いいねとか、すごいや、表情を見るとそう言っていると思った。アートが完成したようだ。描いているペンを置いて、ぐるりと見回して、空中へ放り投げた。それを合図にまたボールを追いかけ始めた。
途中でやめてもだれも、とがめない、どちらのゴールのようなところへ蹴りこんでも、一切構わない、オウンゴールなんてのは存在しないのだ。そして誰かの蹴ったボールが逸れて、見ていた女性に当たった。俺は一瞬慌てた、だが
当たりながらその女性は、くるくる回り出して踊り出した。隣の人がギターを弾きだした。いや、ギターじゃないかも知れないが、俺にはそう見えた。そのうち、この競技のコートの周りにいる人たちが足を踏み鳴らし始めた。踊りはますます激しくギターは太くビートを刻んでいる。ドジャンと音が止んで、笑いながらダンサーが何か言っている。
「佐伯さん、なんて言っているの」
「あぁ、・・・踊りだすきっかけをくれてありがとうって言っているようです」
「え?だってボールが当たって・・・」
ここまで言ってやめた、
「愛のエネルギーしか持たないアルクトゥルス星人だからか」と呟いた
「それもありますが、エナジーボディだから、痛みは感じないんです」とまたまた親指を立てた。
「そして、責めたり、償わせたり、そのような事も一切ありません」
「佐伯さん、どうすれば、我々地球人もこのようになれるのだろう」
「今は遠い未来かもしれませんが、必ずその時が来ます、すみません、あまり励ましにもなりませんが」と、佐伯は頭を下げた。
ボールはいつの間にか、ゴールへ入っていた。それを子供が、拾い上げ、ボールに何かを語り掛けている。
ボールを顔に見立てているのか、両手で包んで話かけている。
「佐伯さん、あの子は何をしているの」
「じゃぁそばまで行ってみましょうよ」
「シャンテ、スラト、セブリン」と俺にはこう聞こえる。
「セブロイ、クデール」とボールが言っているように演技している。
「シャント、スラト、テラブイ」と子供
「アトムニ、テロブイ」とボール。
演技はまだ続いているが、佐伯が訳してくれた
「君は何処から来たの」「クデールから来た」とボールが応え
「君は何処へ行くの」とまた聞き返したようです。すると、ボールは
「地球へ行くの」と言ったようです。
子供のセリフがとまった。
蒼い大きな瞳でにこやかに俺を見つめて、持っていたボールを俺に手渡してくれた。良く見ると周りの人たちも俺の方を優しい蒼い目で見つめている。
「どうやら、都築さんが来ていたことを、ここにいる人達は分かっていたようですね」と佐伯が言った。
「こんにちは、初めまして、地球から来た
都築です。彼のところでヒューマンデバイスをしています」と彼を示して自己紹介をした。当然、日本語だ。
すると彼らは俺の前へ進み出て、一人ずつ俺のことをハグしてくれた。あの、オーラに包まれた時と同じ気持ちになり、やはりとてもいい香りもした。至福の時が流れた。
「ありがとう、ありがとう、大きな愛を受け取りました。また遊びにきます、ではまた」そう言って彼らに別れを告げた。
第十二章 その日が来るまで
研究所へ戻ると、緒方と筒井さんが出迎えてくれた。
「ひふみ君、どうだった スクレトール市民は?」と筒井が聞いた。
「筒井さんと同じ優しさと良い香りがしました」
「ははは、それはよかった」
「緒方さん、サルネクルムも見てきました」
と、子供がくれたボールを見せた。
「おぉそうでしたか、それは良かったですね」
怖々フライボードへ乗った話もして、
「佐伯さんが、苦手と思うのは他人と比べるからだって、教えてくれました」
佐伯が照れて笑っている。
「筒井さん、緒方さん、佐伯さん、本当にありがとうございました、そしてこれからもよろしくお願いします」
「スクレトールの人たちと触れ合ったら俺、ライブハウスも再開させようかなと思ってきました」
「それは良いね、ひふみ君、ぜひお願いするよ、僕たちも遊びに行くから、ひふみ君の歌をまた、聴きたいし」
「ありがとうございます、ぜひ、いらしてください、待っています」
俺はもう一度筒井さんと緒方にお礼を言って握手と覚えたてのハグをした。
ホワイトモービルエリアで、佐伯と握手とハグとそして親指を立て、笑ってから、モービルへ乗り込んだ。
「また、お会いしましょう、バーチャルリアリティープログラムの方もよろしくお願いしますね」と佐伯はそう言ってドアを閉めてくれた。
出発した時と同じ状態で帰って来た。
モービルエリアへせり上がっていつも通りに静かに停止した。俺はツールアスクへ本当に行ったのだろうか?と思った時、スクレトールの子供がくれたボールが視界に入った。今、目の前にある事実が確かな事だという、筒井の言葉を思い出した。
都築はモービルから降りて、マンションのベランダへ出てみた。
眼下に街が広がっている。そしてもっと視界を広げれば、漆黒の闇に蒼く輝く地球が浮かんでいる。今日もこの星で、たくさんの命の始まりと終わりが営まれている。
この星で暮らす人々全てが競争と差別を手放すまで、愛だけのエネルギーで満たされる、その日が来るまで、この蒼く輝く星で、この街で、ヒューマンデバイスとして、新たな地球人として、生き続けようと固く心に決めたのだった。




