闘わない世界へ
第一章 ヒューマンデバイス
またこの夢だ。この後、俺の身体は何処までも深く底なしの世界へ落ちてゆくのだ。水色と銀色を混ぜた鈍い光のチューブの中を落ちながら様々な画像が前後左右、俺の周りに映し出される。スローモーションだったり早送りだったり、そして俺は加速されながら落下し続け、その速さに耐えられなくなり、目を覚ますはずだった、だが、今日は違う、突然何もない空間へ放り出された。目を凝らして見る、そこは宇宙空間のようだ、足元には地球が蒼く光っている。音が聞こえる、耳を澄まして聞こうとした瞬間、ものすごい衝撃で身体が弾き飛ばされた。頭の中に響く音と回転する身体が止まらなくなり意識を失いそうになったその時、目が覚めた。
俺の名は都築一二三、ブレーン開発研究所財団へ所属しているヒューマンデバイスだ。
いつもと違う夢で目を覚ました後、シャワーを浴びいつものようにレセプターから出来立てのコーヒーを取り出しカップを持ったままベランダへ出て今朝の夢を考えた。なぜいつもと違ったのだろう。あの足元に見えた地球、あまりにもリアルだった、ほんとに宇宙空間へ放り出されたようだった。
「何かの前触れだろうか」
雨に濡れた窓から鉛色の空をぼんやりと眺めていた。
その時突然、緊急事態を告げるアラートが部屋中に鳴り響いた。非常事態の時はネットへつながる全てのモバイルが使用禁止となり外部との接触を禁じられる。そして研究所からの迎えの車を待つ、いつものようにせり上がってきた車へ乗り込み長い溜息をついた。それに呼応するかのように車は動き始めた。研究所へ到着するまでの間、何がどうしたのか全く思い当たることもなく、答えを探し考えを巡らせるだけだった。
俺は脳へ意識を集中すると、その中心に水色と銀色が混じりあい、鈍く光る太い柱が現れる。そして、その柱に触れた瞬間、今、欲しいすべての情報の画像や数字が出現する。その情報量が膨大な量の時もあれば、ほんのわずかな時もある。しかし、どんな情報量でも一瞬で脳内へダウンロードされる。今、必要な言わば設計図のようなものを取り出せるのだ。そしてブレーン開発研究所は、俺のような覚醒した能力を持っている地球人を人材として迎え入れ、その能力のカテゴリー別に分け、専任スタッフと一緒にヒューマンデバイスとして各企業、自治体と契約している。営利追求型派遣会社のようだが、世界の都市で展開しているこのブレーン開発研究所財団の目指すところは、我々ヒューマンデバイス能力を使用することで競争社会を無くすことにある。そして競争の構図を排除することで、平等な対価、教育、衣食住、これを得ることができると確信している。最近ではこの考え方が世界で注目され始めている。
住居も研究所からの提供された完全セキュリティのマンションを用意してくれた。食事は電子レンジのような形をした【フードレセプター】でどんな料理も瞬時に提供してくれる。生活用品など生きてゆくのに必要なものも、すべて提供される。外食時もオールモバイル決済なので現金を所有する意味がなくなってしまった。外出や、人の出入りなども自由で制限などはされず、いたって普通の暮らしを継続できる。
研究所からの要請で出向く時は迎えの車が来る。部屋で待機をしていると、オートモービルと呼ばれている車両が部屋の一角にある専用エリアへせり上がってくる。最初は度肝を抜かれた。流線型の黒塗りの無人の車内へ乗り込むとすべてのドアはロックされ、窓にスクリーンが下され、外の様子は一切わからなくなる。つまり、研究所の所在を明かさないようなシステムだ。
第二章 ナノテクノロジー ロボット
研究所は、ナノテクノロジーを駆使して、自然界にある、水、植物、動物、そして、ガラス系、金属系、プラスティック系、などの精製と製造を省くために、これらを構成する分子レベルのナノロボットを開発した。このナノロボットによって、ありとあらゆるものが製造可能になった。
このテクノロジーを使い、国内では電気自動車が当たり前となった今、更に新しい電気自動車製造のためのシステムプログラムを制作することになった。
各自動車会社専属のデザイナーから提供された、車体デッサンの画像を、俺の脳内へインプットする。そこで生まれた設計図データを元に各メーカーの工場でナノロボットを使用して製造することになる。もちろんナノロボットは無償提供する。これにより製造原価も抑えられ、各社ベース車の価格の違いがなくなるが、そこへグレード別のオプション価格を付帯させることで利益を出せることになる。だから消費者はデザインの独創性や消費電力やオプション別などから自分の要求にあった車を選ぶことが可能になる。
この研究所のナノテクノロジーと俺の【脳力】との新システムにより、デザイナーの仕事も、工場で製造に携わる人々も、販売店の従業員も従来通りの仕事が確保される。それと同時に価格競争がなくなり、業績比較による株価の変動もなくなる。そして株主への配当金やこの業界に携わるすべての従業員の対価も平等に支払われることになり、このことが研究所の目指す《競争と差別をなくす》ことへ近づくことになる。
だがこの製造方法を自動車産業会や経済推進財団や国内大手の自動車メーカー【トーカイ】と【シューサン】が、こぞって研究所のコンチェルンになり、経済バランスが崩れるなどの理由で、そのようなシステムなど見向きもしなかった。
そんな時、事態が一変する出来事が起こった。それは、去年の十二月のことだ。我々人類の生命の最大の危機に直面した未知のウィルス【チェスナットウィルス】が東アジア最大の国、陽国の民京で発生した。そのウィルスは人間を介して瞬く間に世界中に拡散した。感染による死亡者と罹患者も未曽有の数に膨れ終息の兆しは全く見えてくることはなく、今でも拡大を続けている。そのチェスナットの影響は世界中の生産産業、行政、自治、教育、衣食住とありとあらゆる生活に多大な影響を及ぼした。我国最大の輸入もとの陽国にある自動車部品工場すべての生産が止まり数多くの関連部品が調達できず、国内でも生産がストップしてしまい、本当に経済バランスが崩れた。
しかし、業界が難色を示している間に研究所は、新システムナノテクノロジー製造方式をすでに完成していた。したがって、この状況下においては、各自動車メーカー、トーカイ、シューサンそしてクスダもこの新システムを導入することになった。
今、俺は新規のバーチャルリアリティープログラムの制作に加わった。というのも、チェスナットウィルスの拡散が抑えられず、県外、国外への旅行、また故郷への帰省も、ままならない状況だ。そこでこれの打開策になるかもしれないバーチャルトラベルシステムを開発中だ。すでにバーチャルゲームでは可能になっているシステムを改良し、より本物を目指すことになる。ゲームのようなゴーグルを覗き込む形ではなく、旅先の今現在の画像をドローン撮影してその画像をバーチャルルームへ投影し、ナノロボットを使いそれを再現させる。こうする事により、より本物に近い形で触れる事も可能だ。移動方法の交通機関、テーマパークの遊具なども同じナノロボットを使うことで再現が可能になる。このシステムを旅行会社と提携し販売する。また、新プログラムやバーチャル構造物などの使用は研究所が無料で提供することになっている。
旅行代理店でプランを決め、よりリアルな感覚をを演出するために交通機関バーチャルもオプションで追加する事もできる。その場合は飛行機、列車、豪華客船などの乗車チケットも購入してもらい、これにより交通機関へもお金が落ちる事になる。また旅行代理店へ行かずともネットからの申し込みも可能だ。旅行会社では料金設定も実際の旅行代金よりは値段を抑えて販売する予定になるだろう。
バーチャル旅行ではあるけれど、実在と同様の高級ホテルのスウィートルームへ宿泊ができ、そして提供する料理はバーチャルではなく、フードレセプターを使用して旅行先の特産品を使った本物の料理を味わうこともできる。
ソフトについては、すぐに構築できそうだが、システムの導入に伴いハード面の製作が重要とされる。交通機関用のバーチャルルーム、宿泊ホテルに合わせたバーチャルルーム、テーマパークなどの乗り物に合わせたバーチャルルームなどの設計だ。
これらのハードは、どのようなプランへも対応する設計が必要不可欠となる。
そこで研究所は新プロジェクトメンバーとして対応能力の特に秀でたヒューマンデバイスを百人態勢で構成した。
これから作り上げるシステムなので、未知の部分が多いが、今後必要になる事業だと思うし、とてもやりがいのある事だと思う。
業界全体がある程度落ち着いてきた今年の四月頃から、自産会、経推団からこんな声が聞こえだした。
それは、自産会が百パーセント出資したAIテクノロジー製造システムも完成していたので、ナノロボットとヒューマンデバイスを使用せずに、すべてAIシステムを導入して各メーカーオリジナルの車を製造販売まで、任せたらいいのではないかと言う内容だ、これにより再び研究所へ圧力が掛かりだした。
すると競争性を抑えたい研究所は、オールAIシステムの未来の顛末の動画を、作成し全世界へ公開配信をした。その動画の内容はこんな感じだ。
晴れた空の下、ある自動車販売店が映し出された。そしてユーザーが入って行く。愛想の良い店頭の受付がAI搭載したアンドロイドだ。受付から連絡を受けたユーザーの担当販売員、整備の担当サービスマンもAIを搭載したアンドロイドになっている。車そのものも、搭載されたタブレット画面に目的地をインプットさえすれば、自動運転で連れて行ってくれる。人間による運転操作ミスがなくなった。AI新システム導入時はそれでよかった。しかし、それによって、職を失った人が次々にあふれ出した。AIシステムや産業に関わる人々とそれ以外の人々との経済的格差にも不平、不満が広がっていった。ついに恐れていたことが起きた。AIシステムが暴走を始めた。彼らAIは人間は間違いを起こす、私利私欲を利権を貪るその理由から、行政、自治、教育、衣食住と今まで人間が担っていたありとあらゆることを管理、監視を開始していった。街中に職を失った人々があふれ、富裕層はその立場を利用して監視をすり抜けることに没頭し、その為に暴動や略奪がいたるところで発生した。この格差の根源は、あのAIシステムができたからだ、倒すべきは憎むべきはあのシステムだと戦いの目先はAIシステムそのものを破壊することに向けられてゆく。まさにあの人間とアンドロイドとの闘いの映画さながらだ。
あの映画のラストは、救世主が現れて人類に勝利をもたらすが、現実はそんなことはなかった。破壊された街の一角に屋根も吹き飛び骨組みだけになったショールームが建っていた、いつかのあの自動車販売店だった。そこに片腕がちぎれかかった受付アンドロイドが立っている。アンドロイドは火花と軋み音を発しながら、客などいない店内で「いらっしゃいませ、どんなお車をお探しですか?」とマニュアル通りのいつものとても良い愛想で繰り返し喋っている。
そこで画面が突然真っ暗になり
《これでも、すべてAIに任せますか?》と文字が浮かび上がって動画は終わった。
この動画を観た全世界の識者、政治家、AIシステムエンジニア、一般市民など、こんなことが起きるわけがないと一様に騒ぎ出し、SNSでも様々な意見が飛び交い炎上していった。だが研究所は。
「すべてをAIにしたならばこの動画のような未来は間違いなくやって来ます。だからこそ、感情を持っている人間がシステムには必要なのです。人の手で作り、時には間違い、戸惑い、それでいいのです。その技術や人間性を次世代へもつなげ、一緒に競争のない未来を目指しましょう」と声明を発表した。
【ブレーン開発研究所財団】は世界の国々すべてに存在していて、異星人の能力と覚醒した能力を持っている地球人との共同体であること。地球人の政治家、富裕層、などの地球上のいわゆる権力者からの支援は一切受けていない事も認知されていたので、この動画と研究所からのメッセージは誰もが信じせざるを得なかった。
《続く》




