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終章-その1

 山の諜報部が総力を挙げたにもかかわらず、『つこさん。』の行方はわからなかった。ただ、伊賀海栗への攻撃はピタリと止まり、彼女が一連の誹謗中傷の首謀者だったことは明らかとなった。


 行方不明の『つこさん。』とは対照的に、かわかみれい は何食わぬ顔でバーのマスターを続けている。一体どのような力関係があるのかは不明だが、山は かわかみれい からは手を引き、暮伊豆に一任したようだ。その暮伊豆もおいそれとは手を出せない相手のようで、いずれにせよ「このステージには早い」と言われた花水木がどうこうできるものではなかった。


   ◇   ◇   ◇


 伊賀海栗は大事をとって入院したものの、肉体的には問題なく数日で退院した。白イ卵によって作り出された仮想人格「YUHONASIN」は、きしかわ せひろ が白イ卵の協力を得て解除、精神面でも安定し、海外出張から帰ってきた彼氏との結婚に向けた準備で忙しい毎日を送っていた。


 『そっかー、やっぱ無理か』

 「悪いな」


 電話越しに聞こえてくる伊賀海栗の残念そうな声に、花水木は申し訳なさでいっぱいになった。

 結婚式の日取りが決まり、花水木も招待したいとの連絡だった。普通にハガキを出したのでは届かないので、きしかわ せひろ に頼んで山へ電話してきたらしい。

 だが、師匠の由房は「ダーメ」とにこやかに笑い、下山申請を却下した。約束を破りH市へ移動した挙句、大騒動を起こしたのはどこの誰か、と言われては、花水木も食い下がることはできなかった。


 「お祝いの電報は送らせてもらうから」

 『ん、ありがと。それじゃまたな』


 オレンジのモヒカン頭だった伊賀海栗は、「結婚間近のツンデレOL」に憧れ、今は黒髪ストレートのボブカットで恋愛を満喫しているらしい。なんで「ツンデレ」属性をつけたのかと呆れたが、伊賀海栗の恋人が満足しているなら花水木が口を挟むことではなかった。


 『つこさん。』の事件から、もうじき一年。


 一連の騒ぎの中で二番目に重傷だった花水木は、気を失っているところを山の関係者に発見され、そのまま入院した。かわかみれい に飲まされた薬の方はじきに抜けたが、自分で大穴を開けた左手の方はかなりの重傷で、もう少し出血していたら命に関わるところだったらしい。

 下山して駆けつけた師匠には「ばっかもーん!」とマジギレの雷を落とされた。


 「使命を果たすことと命を軽んじることは同じではないわ! 心せい!」


 全くその通りで、花水木としては平身低頭するしかなかった。

 その上、禁じられていた舞を使ったこともバレた。

 破門も覚悟した花水木だが、それはなかった。不思議に思った花水木だが、怒られた後で平然と聞けるようなものではなく、理由は不明のままである。もし間咲正樹に聞いたら「お前を囮にしたってことで、後ろめたいんじゃね?」と教えてもらえたであろう。

 むろん由房はそんなことにならないよう、巧みに花水木と間咲正樹が接触しないようにしていたのだが。


 「ふう」


 電話を切り、寺務所を出た花水木は、そのまま休憩室のソファーに座り込んだ。数か月の入院生活ですっかりなまった体だが、この半年のリハビリでようやく戻ってきた。反省を示すため丸めていた頭も、だいぶ伸びてきて元に戻りつつある。

 大穴が空いた左手には傷跡が残った。二度と動かないかもしれない、と散々に脅されたが、どうにか神経がつながり麻痺は免れた。


 「うっ……まだ痛えな」


 とはいえ、左手を強く握りしめるとまだ痛みが走った。完全回復にはまだ時間がかかるだろう。


 「よしあき……どうしてるかな」


 よしあきのケガは大したことなかったが、入院という名の監禁状態に置かれ、山の諜報部による尋問を受けた。だが尋問の結果、よしあきは「利用されただけ」との結論となり、監禁状態を解かれて退院した。

 その後、よしあきがどこへ行ったのかはわからない。勤めていた会社も辞め、伊賀海栗も連絡が取れないという。


 「ウニ、お前と話したい、て言ってるぞ」


 よしあきのやったことを不問に付す、なんて花水木には言えなかった。だが、叩きのめしてうっぷんは晴らした。残ったわだかまりは時間が経てば消えてくれると思っている。

 それは伊賀海栗も同じ思いらしい。「一発殴ってスッキリしたら許してやるのに」なんてぼやいていた。


 「俺も、待ってるからさ。いつでも連絡してくれよ」


 窓から見える青空を見上げながら、花水木は心からよしあきの無事を祈った。

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