表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/63

第7章 花の舞-その8

 よいか、許しがあるまで使うでないぞ。


 一か八かの賭けだった。中途半端に身に着けた力は抜身の刃を素手で持つようなものだと、師匠の由房には散々釘を刺されている。だが、花水木の手持ちの札は、もうこれしかなかった。


 「へっ……よしあき、お前の、負けだ」

 「はっ。ふらふらじゃねえか! 叩きのめす? やってみろよ!」


 花水木の挑発を受け、よしあきが殴りかかってきた。

 薬で意識は朦朧とし、失血で体に力が入らない。立っているのがやっとのふらふらの状態。相手が素人のよしあきだとしても、とても戦える状態ではない。


 だが、扇子を構え、トン、と足を踏んだとき、花水木の体がピタリと止まった。


 よしあきが腰をひねる。全体重をかけた一撃が、おそらくそれで決着をつけようという拳が、花水木の顔面目掛けて飛んでくる。花水木はそれを見て、スルリと足を動すと。


 ふわり、と花びらのように舞い、よしあきの拳をかわした。


 かわしながら、よしあきの腕を扇子で打ち、くるりと回転して足を裁く。すれ違いざまに足を引っ掛けられたよしあきが、バランスを崩し転倒した。


 「て、てめえ……」


 派手に転んだよしあきは、怒りをむき出しにして立ち上がる。そんなよしあきに対し、花水木は姿勢を正し、再び扇子を正面に掲げた姿勢となった。


 「さっさと倒れちまえよ、花水木!」


 よしあきが再び殴り掛かってくる。トン、と調子を整え、大振りのよしあきの拳を、花水木が再び扇子でさばく。くるりと回り、ふわりと飛び、パシリと扇子でよしあきを打つ。


 なんだ、どうしてだ、とよしあきは戸惑った。


 花水木は立っているのもやっとの、ふらふらの状態だったはず。それなのに花水木の動きが急に鋭くなった。殴りかかっても、蹴りを繰り出しても当たらない。逆によしあきは、扇子で打たれ、足をかけられ、何度も地面に転ばされた。


 「花水木、てめえ、演技だったのかよ」

 「いやあ……限界、ギリギリ、だぜえ……」


 よしあきが距離をとって睨み付けると、花水木は力のない笑みを浮かべた。よく見れば、その体が震えている。膝は何度も崩れそうになり、必死で踏ん張っているのがわかる。一度でも蹴りを当てれば簡単に倒れてしまいそうだ。


 だが、その一度が当たらない。


 よしあきが殴りかかると、花水木が、トン、と足を踏み鳴らす。空気が変わり、花水木の震えが止まる。よしあきを軽やかにあしらって打ち倒す。

 何度やっても。

 どこから飛びかかっても。

 よしあきは花水木に一撃を入れられない。


 こいつ……舞っているのか?


 扇子を手にくるりと回る。軽やかに宙を舞い、しなやかに拳をかわし、まるで何事もなかったかのように立ち姿に戻る。その姿に、よしあきは舞の姿を見た。


 「花水木……てめえ……」

 「山では、毎日、二時間、武術の練習を、していた」


 よしあきが距離を取ると、花水木は肩で息をしながらフラフラとよろめく。

 だが、少しでもよしあきが近づくと、トン、と足を踏み鳴らしてピタリと震えが止まる。


 「でもな、舞は、毎日六時間、しごかれた」


 よしあきの拳をゆるりといなし、うなじにしたたかな一撃をたたき込むと同時に、足を払う。派手に転んだよしあきをひらりと飛んでかわし、距離を取る。


 「武術の要素が詰まった、門外不出の秘伝の舞だ。俺は、まだまだ未熟だけどよ」

 「この、やろうがあっ!」


 よしあきが立ち上がり、次こそはと殴りかかってくる。

 その、鬼のような形相を見ながら、花水木は、トン、と足を踏み鳴らし。


 「お前を叩きのめすぐらいは、できるんだよ!」


 ここだ、と花水木は最後の力を籠め、パラリ、と扇子を開いた。

 殴りかかってきたよしあきの眼前に開いた扇子を置く。よしあきはいきなり視界を塞がれてたたらを踏み、無防備な状態で動きが止まる。

 花水木は、伸びてきたよしあきの拳を、血まみれの左手でいなしてかわすと。


 「落ちろ」


 残る力全てを右肘に乗せ、よしあきの後頭部に叩き込んだ。


   ◇   ◇   ◇


 「ふうん……初めて見たぜ」


 その様子を、ビルの上から双眼鏡でのぞいていた暮伊豆はニヤリと笑い。


 「これはこれは。よいものを見ました」


 某所で監視カメラの映像越しに見ていた かわかみれい は目を細め。


 「ふん、まあよかろう」


 スマホで中継映像を見ていた きしかわ せひろ は、肩をすくめる。


 「ふふふ」


 そして、間近で見ていた『つこさん。』は。


 「ステキな舞ね。なるほど、これが花水木くんのとっておきかぁ」


 そう言って笑うと、立ち上がって静かに拍手を送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ