第7章 花の舞-その6
行く手を遮る男の向こう側を、一台の車が通り過ぎていった。
白イ卵はそれを見て──このまま進む、と決めた。
「う……うう……」
白イ卵は前かがみになり、戦闘態勢をとった。喉元に血がこみ上げてくるが、無理矢理それを飲み込んだ。
「ふむ。ずいぶんとこっぴどくやられたようだね」
白イ卵が戦闘態勢をとった途端、男は近づくのをやめた。白イ卵の間合いギリギリのところで立ち止まり、手に持っていた物──フライドチキンにカプリと噛みついた。
「んぐ……レディの前で失礼。食べかけを捨てるのはもったいなくてね」
行儀悪く、しかし優雅にフライドチキンを食べ終えると、男はナプキンで手を拭き、白イ卵の間合いに踏み込んできた。
街灯に男の姿が照らし出される。
ロマンスグレーの髪をきれいに整えた、黒ぶち眼鏡の初老の男。髪と同じ色の口髭にあご髭を生やし、白いワイシャツに黒いスラックス姿。これで白いスーツ姿なら、完全に某フライドチキンチェーンの創業者だった。
「ど……どけ、そこを……どけえ……」
近づいてくる男を、白イ卵は唸り声をあげて威嚇した。全身から殺気を放ち、あと一歩近づいたら容赦しない、と態度で示しつつも……男が一歩近づくたびに、白イ卵は一歩下がってしまう。
「間咲くんもひどいことをする。これじゃ、なぶり殺しじゃないか」
男がさらに一歩近づき、白イ卵は後退しようとして……どん、と壁にぶつかった。
「さて、そんなにおびえなくても大丈夫。私はこれでも医者でね。君に危害を加える気はないよ」
「う……嘘だ……嘘だぁ……」
白イ卵の体が震え出した。下から? 上から? 横から? どこから男に飛びかかればいいと考え、しかしそのことごとくが返り討ちにされる状況しか予想できなかった。
完全に、追い詰められた。
「大丈夫、て言って……殺すんだ。味方だ、て言って……私をぐちゃぐちゃにするんだ」
震えながら話す白イ卵に、男は険しい表情をし、「ふむ」と腕を組んだ。
「我が信じる神に、君を助けると誓おう」
「嘘だ! もう嫌だ! 殺せよ……いっそ殺せよ! 殺さないんなら、お前が死ねよぉっ!」
ダンッ、と白イ卵が踏み切った。死力を尽くした渾身の突進で、間咲正樹と戦った時よりも数段上の速さだった。
だが。
「うえっ……!?」
男の右下、足元ギリギリ。そこをすり抜けたと思った瞬間、白イ卵はふわりと宙に浮いていた。
なんで、どうして、と白イ卵はパニックになった。地面を蹴った記憶はない。男に触れられた感触もない。なのに、白イ卵は宙に浮き、通り過ぎたはずの男の正面に連れ戻されていた。
「すまないね」
そして、男の労わるような声に続いて、後頭部に鋭い痛みが走った。
「あっ……」
痛みで白イ卵の意識が刈り取られる。白イ卵は必死で意識を保とうとあがいたが、ほぼ同時に腹と両足にも打撃を食らい、耐えきれなかった。
い……いや……だぁ……
また殺されるのか。またなぶり者にされるのか。白イ卵は絶望的な恐怖の中、暗い闇の底に引きずり込まれた。




