第4章 言葉-その3
「うひっ!?」
「……どした?」
うたた寝していた花水木が妙な声を上げて飛び起きると、よしあきが怪訝な目を向けてきた。
「あ、いや……なんか今、俺の知らないところで人生が決まったような気がして……」
「なんだそりゃ?」
「いや、なんでもねえ」
寝不足で妙な夢でも見たかな?
花水木は残っていたコーヒーを飲んで気を落ち着け、時間を確認した。
離陸して一時間。飛行機はすでに降下を始めており、あと十分もすればH市郊外の空港に着陸する予定らしい。シートベルト着用を知らせるランプが点灯しており、花水木は姿勢を正してベルトを確認した。
「ああもう、ただでさえ着物で窮屈なのに、ベルトもかよ」
「お前さあ……」
花水木がシートベルトを締め直していると、よしあきがあきれ半分の声で尋ねてきた。
「なんで今日も着物なわけ?」
「あん?」
三日目のコーディネイト、さざ波の白抜きがある藍色の着物、白地に金の唐草模様の帯、そして淡い紫色の草履。もちろんすべて コーディネイト by 師匠 である。
「いや、これ以外着ると破門かもしれねえし……」
「H市に行く時点で破門かもしれないんだろ? だったらいっそ、洋服でよかったんじゃねえの?」
よしあきの言葉に、花水木はハッとした。
「そうだった! 俺、なんで気づかなかった!」
「いやもう、似合ってるからいいけどよ」
「いっそ赤いリボンでもしたらカワイさ完璧じゃね?」なんて言われたが、「してたまるか!」と花水木はそっぽを向いた。これ以上カワイくなったら……何かに目覚めてしまいそうで、自分でも怖い。
まもなく飛行機は着陸した。
飛行機を降りた花水木とよしあきは、そのままシャトルバスに乗り換えてH市の中心部へと向かった。大した渋滞もなくスムーズに進み、三十分足らずで到着した。
「さて……どうするよ?」
まだお昼になったばかりで、バーが開いているはずがない。ネットで見たところ、バー「お代六千円」の営業は夕方五時からとなっていた。
「あと五時間か。とりあえず店の場所、確認しに行くか?」
「そうだな」
荷物をコインロッカーに預け、花水木とよしあきは昼中のビジネス街を歩いた。着物姿の花水木はどうしても目立ってしまい、男女を問わず道行く人が振り返り、「かわいい」と感嘆の声を上げる人もいた。
「やっぱ目立つなぁ……」
「カワイイからなあ、お前」
「嬉しくねえ」
「なあなあ、俺たちやっぱ、カップルに見えるのかな?」
「知るか」
にぎやかな通りをしばらく歩くと人通りが減った。そのまま少し寂れた商店街を通り抜けると、飲み屋が並ぶ通りの入口へと出た。
そこに小さなビルがあり、バー「お代六千円」はそのビルの地下にあった。
「さすがに……やってないか」
階段の上からのぞきこんでみたが、明かりはついておらず、お店が開いている様子はなかった。薄暗い階段の先にある扉は、なんだかダンジョンへの入口みたいに見え、花水木は少しゾクッとした感じを覚えた。
「どうする花水木。降りてみるか?」
「いや、今行っても仕方ないだろ。『つこさん。』はマスターじゃなくてお客だし」
「それもそうか」
「とりあえず店の場所はわかったし。夜に出直そう」
「そうだな」
二人はうなずき合うと、そこを立ち去り、ビジネスマンやOLが行き交うにぎやかな通りへと戻った。




