第4章 言葉-その2
かわかみれい、と聞いて暮伊豆の表情が険しくなった。
「……あの女豹、H市にいたのか」
「君とは因縁浅からぬ相手であろう?」
「ちっ、知ってやがったか。で、あいつが何やらかした?」
「彼女というより、彼女がつるんでいる者が今回の首謀者だ」
由房は懐から一枚の写真を取り出し、暮伊豆の前に置いた。
「『つこさん。』と名乗っている女性でね。普段は、まあごく普通のOL、といったところだ」
「ふうん。なかなかカワイイ女じゃないか」
「おや、タイプかね?」
「一般論だ。写真があるってことは、マークはしてたのか?」
「一応、というレベルでね。たいした危険はないと判断していたのだが」
暮伊豆は差し出された写真を指ではじいた。
「で、この女、何をした」
「うちの弟子は、どうやら彼女に呼び出されたようでね。正確には、引きずり出された、だが」
「あん? 山の結界、突破されたのか?」
「そうなのだよ。いやはや驚いた。おかげで山のように始末書を書かされたよ」
「笑い事じゃねえだろ。CIAだって抜けない結界だぞ?」
「師にも呼び出されて叱責されたよ。いやあ、実に怖かった」
一ヶ月前、何の予兆もなく花水木を名指しして電話がかかってきたとき、由房は仰天した。誰が、何のために、と山の諜報部が総出で調査に当たったが、一向に相手が見えない。相手が見えねば結界の綻びを繕えず、由房は相手をあぶり出すために弟子を囮にするしかなかった。
「弟子がH市へ向かったことで、ようやく相手が見えた」
「それがこの『つこさん。』か」
「うむ。何が狙いかはよくわからぬが、弟子が取り込まれてはまずい。早々に連れ戻したいのだが……」
「そこに、かわかみれいがいた、と」
「うむ。これまた仰天したよ。『つこさん。』だけなら、こちらでなんとかできたのだがな」
「……にしては、俺を呼び出すなんて用意周到じゃねえか」
「弟子が無事戻ってくれば、暮伊豆どのにかわかみれいの情報を渡して、そのままお帰りいただくつもりであった。正直、我らはあの者と事を構えたくないのでね」
なるほどねえ、と暮伊豆は合点がいった。情報を渡した後、暮伊豆がどう動こうが山は関知しないつもりだったのだろう。緊急事態で呼び出されたにしてはのんびりしている、と思っていたが、そういう意図だったらしい。
「かわかみれいが相手では、うちの諜報部は子供のようなものだ。あれと対抗できるのは、暮伊豆どのしかおるまい」
「お前の師匠がいるだろうが」
「うーむ、師が動くとH市に甚大な被害が出かねぬ。それはさすがに……」
「あー……あのジイサン、手加減ヌキの容赦ナシだからな」
それに由房の師が動いたとなると、相手はさっさと逃げ出すだろう。山の結界が突破されている以上、こちらの動きは察知されていると考えた方がいい。
「俺と接触したことも、感づかれてるんじゃねえのか?」
「だろうね。だからあちらも、ギリギリまで動きを見せなかった」
「手ごわいな」
こちらの動きは筒抜けの上、相手はかわかみれい。これは命懸けになるな、と暮伊豆は腕を組んだ。
「今朝早くから諜報部の者がH市に入ったが、一時間とせず連絡が途絶えたよ」
「あーまったく、やっぱりクソめんどくせえじゃねえか」
「その分、報酬は弾ませてもらうよ」
「あたりまえだ」
暮伊豆の返事で依頼が了承されたと知り、由房は袂から封筒を取り出した。
「まずは手付で三百。成功報酬は千。どちらも領収書はいらぬよ」
「かわかみれい相手だ。二千、寄越せ」
「ふむ。承知した」
「即決かよ。ずいぶんかわいい弟子みたいだな」
「それはもう可愛らしくてな。お山のアイドルとしてデビューさせようかと考えているよ」
「そうかい。ならファンクラブができたら教えてくれ。会員になってやるよ」
「連れて帰ってくれねば、デビューさせられないがね」
「それもそうか」
由房から封筒を受け取ると、暮伊豆は席を立った。
「なら、とっとと行って、未来のアイドルを連れ帰ってやるよ」




