第4章 言葉-その1
「ふむ、困った弟子だ」
報告を受けた由房は、さてどうしたものか、と扇子を開き、ひらひらと風を起こした。
その一つ一つの動作が舞を思わせる優雅さであり、扇子であおぐという何気ない動作ですら、見た者の心を捕えて離さない魔性のような魅力があった。
「すまぬがこの件、他言無用で」
「承知しました」
報告に来た男を下がらせると、由房は扇子を閉じ、花びらが舞うように立ち上がった。
「さて、客人に起きてもらわねばな」
由房は微笑を浮かべて自室を出た。
現界した光源氏。
そんな冗談が冗談に聞こえないほど、由房の所作は美しく、洗練されている。ただ歩く、それだけのことなのに、すれ違う者の目を捕えて離さない。おかげで「若い修行者の前に姿を見せるな」と苦言を呈されることもしばしば。さぞや女性にモテるであろう、と嫉妬まじりに噂する者も多いが、真相は由房の笑顔に隠されていた。
「起きておられるかな、暮伊豆どの」
客間の前まで来ると、由房は障子越しに声をかけた。「起きてるぞ」と不機嫌そうな声で返事がある。さて開けてよいのかな、と考えていると、部屋の中で人が動く気配がし、静かに障子が開いた。
障子の両側に二人の女性が座っており、由房にゆっくりと一礼した。
由房も手を合わせて礼を返し、二人に「別室に食事を用意しております」と告げた。二人は由房の言葉にうなずくと、まだ寝間着姿の暮伊豆に対して「失礼します」と一礼し、立ち去った。
「昨夜はお楽しみのようで、暮伊豆どの」
二人の女性を見送ってから、由房は客人に笑いを含んだ声をかけた。そんな由房に暮伊豆は鋭い視線を向け、「何を言ってやがる」と肩をすくめた。
「まったく、とんでもねえ山だな」
暮伊豆は飲みかけのペットボトルを手に取り、お茶をゴクゴクと飲み干した。
「まがりなりにも修行の場だろ? ”元” とはいえ、極道呼んで酒と女で歓待するか?」
「お気に召さなかったかな?」
「まあ、飯と酒はうまかったけどよ」
ふむ、と由房は部屋に入り、ふわりと正座した。
「女性は気に入らなかったかね?」
「お前が差し向けた女なんぞ抱けるか。どうせ諜報部の女だろうが」
「おや、お見通しか」
「ま、一人で飲むよりは楽しかったがな」
「それはよかった」
さわやかに笑う由房に、暮伊豆は舌打ちしてペットボトルを置いた。
「で、こんな朝っぱらから何事だ」
「いやいや、もう九時を回っているよ」
「そうかい。じゃあ、ひとっ風呂浴びて、お暇するとしようかね」
「いやいや、まだ用件を済ませていないではないか」
ふん、と暮伊豆は鼻を鳴らす。
「それなら断る」
「話ぐらい聞いてくれないかな、暮伊豆どの」
「お前の用件は、やたらとメンドクサイんだよ」
「だから君に頼んでいるのではないか」
「ああもう仕方ねえ。飯代替わりに、話だけ聞いてやるよ」
では、と由房は障子を閉め、暮伊豆の正面に座を移した。
「実は、弟子が言いつけを守らず、勝手に別の街へ移動してしまった」
下山中はY市から出ないこと。それが条件だったが、今朝何の連絡もなくH市へ移動してしまった。
由房がそう言うと、暮伊豆は不機嫌そうな顔になった。
「Y市といやあ、お前の元弟子が住職やってる寺のあるところか」
「うむ。君がさんざん飲み食いしてたかった寺だよ」
「……言っとくが、半分はお前の元弟子が飲み食いしたからな?」
「やあ、これも暮伊豆さんが頼んだことにしましょう」などと言って、山海の珍味を頼みまくっていた間咲正樹。この師にしてこの弟子ありと、あきれ返ったものだ。
「おや、それは貴重な情報。心しておこう」
フフッ、と由房が扇子で口元を隠して笑う。
「で、弟子がH市に移動したから、なんなんだ?」
「連れ戻してもらいたいのだよ」
「んなもん、H市にいる伝手に頼めばいいだけだろう」
「それがそうもいかなくてな」
「なんでだ?」
「かわかみれい、が絡んでいる」




