灰から孵る者、不死鳥ならずとも羽ばたく者
「まとめて斬っちまったはずなんだけどな」
「いやー、死んだと思ったんですけどね」
灰の中から出てきたグレゴリアは無傷であった。ニーズヘッグへと変身したのならば真っ二つになっていて然るべき筈だが、そうはなっていなかった。少なくとも見える部分である上半身に損傷した箇所、欠損した箇所はなかった。
「よいしょっと……」
這いずる音をさせながら灰の中より出てくるグレゴリア、それはおよそ人の出す音ではなかった。まるで、ニーズヘッグの出す音のような掠れた音が響く。その音の出所はグレゴリアだった。
「あれ?」
「そのまま……ってことはなかったか」
「うわわわわ……!? 私の身体が!?」
変化があったのはグレゴリアの下半分であった、あったはずの足は綺麗さっぱりなくなっておりそこには蛇の身体が存在している。
「これってニーズヘッグのですよね!? なんでこんなことに!?」
「なんでって俺に言われてもなぁ、知らんよ」
「やったのあなたでしょ!!? こんな身体でそうやって要女をやれば……いや……むしろ好都合か」
いきなり考え込んでしまうグレゴリア、やがて何か良い案を思いついたというように手を打った。そして、にやりと悪い顔をしながらヨーヘイを見る。
「あー、傷物にされましたー、こんな身体じゃ誰も娶ってくれませーん」
「棒読みだな、それにもともと結婚とかする身分じゃなかった感じだろお前」
「良いんですかそんなこと言って? 今、ここで、私が言うことによってはあなたはもう大樹都市に居られなくなるんですけど?」
「慣れないことすんな、脅迫慣れしてないだろお前。声が震えてる、それに手もガクガクだぞ」
「そ、そんなことないですぅ。これでも要女としていろんな権謀術数渦巻く交渉だってやってきましたー」
「それはお前が要女としてやっただけだ、お前がやったわけじゃないだろ?」
「っ、それは……」
言葉に詰まるグレゴリア、痛いところを突かれていた。
「べ、別に私は要女ですし、それが何か?」
「だーかーらー、脅迫なんてしなくて良い。俺がニーズヘッグを倒した事は変わらねえ、お前が俺に要求したいことがあるならそれを言え」
「連れてって……」
「どこにだ」
「どこでも良いの、ここじゃないどこかなら」
「そうか……要女ってのは辛いな」
「うん……辛かった……みんな私を置いていくの、みんな、私より先に死んじゃうんだ、それが決まってる、分かるんだ、要女だから、見えるの、ヌルもヒルデガリアも、みんな、食べちゃうの、私が」
「さっきのタイミングでか」
「ううん、もっと先かもしれないし、もっと前だったかもしれない、でも今日だった」
「で、だれも殺さずに生き残った気分はどうだ?」
返答はない、代わりにすすり泣く音だけが聞こえる。
「うれ……しいの……とっても」
「そうか、俺も嬉しい。クチナワをぶった切ってやれたからな、その代わりに我者髑髏はお釈迦になっちまったけど……俺は満足だ」
感触を思い出す、地球の、人類の敵となっていた物体を消し飛ばした。それはとても甘美な、得がたい達成感だった。たとえ、半身と化していた強化外骨格を失ったことで激しい痛みが全身を襲っていても無視できるほどに。
「さてと、どーすっかね。残った武器は銃が一丁か、なんとかなると思いたいが」
「外側、壊れちゃったの」
「ああ。ここじゃ直せねえ」
「そっか……」
辺りに散らばる金属片は燃えかすだ、ニーズヘッグが灰になった今、金属は我者髑髏しかない。もう戻らない半身の残滓である。
「腕の良い鍛治とか魔術師ならなんとかできるんじゃ……」
「あー、そういうんじゃねえんだ。ごめんな、どっちかと言えばクチナワに近いもんだったんだ、俺の我者髑髏はな」
強化外骨格の素体となる物質は、機械仕掛けの悪魔から取れるものである。毒をもって毒を征す、そういうことであった。
「クチナワも全部灰になっちまったからな、どうしようもない」
諦めをもって灰を掴む、代償と結果を噛みしめた瞬間である。
「ぬおっ!?」
灰が、動いた。今度はグレゴリアによるものではない。文字通り、灰が動いたのだ。
「向かって来やがる!?」
一直線にヨーヘイに向かって行く大量の灰、ニーズヘッグの怨念だとでも言うのか。灰はヨーヘイを飲み込んだ。
「くそ」
動くことができないヨーヘイはただ悪態をつくことしかできなかった。
「ヨーヘイ様!!?」
「ヨーヘイ!!!!」
グレゴリアと戻って来たヒルデが声を上げるがとても間に合わない。灰の山が積み上がる。
「あ、ああ、そんな、連れてってよ、置いて……行かないで」
「ヨーヘイ様……酷く短くはありましたが、あなたは私の主でした。どうか……安らかに……」
驚愕と無力感によってその場に崩れ落ちる2人。
「いや、死んでねえから」
「うわっ!?」
「え!?」
灰の中からガシャンガシャンと音をさせながら出てくる強化外骨格。それは先ほどまでの残りかすのようなものではなく修復が完了したものであった。以前の武者スタイルとは少し形が変わり兜と胴体にあたる部分に蛇のような意匠が組み込まれている。
「何があったかは知らねえけど、なんとかなりそうだな。なんだ、視界に文字が……我蛇髑髏? だっせぇよ、我者髑髏は我者髑髏だ」
何故か主張をするようになった戦闘補助AIにツッコミを入れる。その後も何かとバージョンアップに合わせて名前を変える旨が視界を占有しだした。
「分かった分かった、じゃああれだ。我者髑髏~クチナワを添えて~でどうだ? あ? コース料理みたいにするなって? 仕方ねえな、蛇武者ってことで」
ヨーヘイの視界が静かになる。どうやらAIの気は済んだようである。
「はぁ……改名することになるとはな」
「ヨーヘイ様!!」
「ヨーヘイ!!!」
「お? なんだ俺が死んだと思って泣いてたのか?」
茶化そうとしたヨーヘイであったが2人とも本気で泣きじゃくっていたので、これ以上を言うことはなかった。
というわけで、我者髑髏改め蛇武者となりました。性能確認は次回です。
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