土地神ヨーヘイ
「おらぁ!!」
かけ声とともに鉄の塊、厳密には合金の塊が動く。着る要塞、もしくは歩く戦車と言われたこの強化外骨格は崩壊した世界では力の象徴だった。武者のようなシルエットは日本で作られたものであることを示している。八型強化外骨格「我者髑髏」、それが名前である。
「あぶねえな、なんだこのトカゲ」
我者髑髏の持つ武装のうちの1つ、震動刀によって切り裂かれたのは巨大な爬虫類。ワニを倍ほどにして、そこに炎のたてがみと青白く光る目を足せばだいだい合っているだろう。ちなみに震動刀の銘は「舞草」である。
「こんなの流石に見たことないぞ。どんな突然変異だよ。火口に適応でもしたか?」
未知の生物との出会いである。慎重を期して刀の先で死体をツンツンと突っつく。特に爆発したり、毒をまき散らすようなこともなくただ転がるのみであった。死体は死体、起き上がってすぐさま生者に危害を加えるほどは狂っていないようだ。
「食えるのか……これ」
初めて出会った生物を食そうとする剛胆な精神を持っていることが明らかになったところで、2回目の襲撃に遭うことになる。
「っ!?」
後方からの熱源反応を感知したことでギリギリ火球を回避することに成功した。この火球は中位の炎魔法であり当たったとしても大した損傷は受けないが、我者髑髏の操縦者である男はそれを知らない。
「死角からこれを避ける……流石にA級か」
火球の犯人は黒いローブで身体を隠した人間である。驚くべきことにその姿が薄れていく、男の知っているところでは光学迷彩と呼ばれる技術と同じ事を生身で行っていた。
「おいおい、意味分かんねえワニの次はステルス兵士かよ。どうなってんだ、つーか見えてるぞ」
姿は消えた、だが熱の隠蔽はしていないようだった。ステルス技術としては人間には聞いても外骨格には効かないものである。外骨格のことを知っているのならばこのような杜撰なことはしないはずなのだが、何か事情がある、もしくは何かのブラフであると男は判断した。
「見えてる部分以外が本命か」
ソナーで周りを探知するが特に反応はない、本気で目の前の見えてる透明人間以外は何もいないようだった。
「マジで?」
足音を立てぬようにゆっくりと近づいてくるローブの人物、それをガン見しながらどうしようと考えているというシュールな光景である。
「自爆特攻?」
命をすてた爆発をするのかと思いついたので男は距離を取ることにした。我者髑髏は軽く1トンを越える金属塊であるがそれをある程度高速で動かすためのブースターがついている。姿勢を変えずに真後ろに下がるの姿は少しだけ滑稽であった。
「何!? 透明化を見破ったのか!?」
驚いている声音に嘘は感じられない、しかも狙いを見破ったではなく透明化見破ったと言っているので手に持ったナイフで攻撃する気だったことが分かった。
「まさかとは思うが、あの貧弱なナイフで我者髑髏を突破するつもりだったのか。刺さったらそこから内部を破壊する機構でもあるのか」
次なる可能性を考えて遠距離攻撃に切り返す、刀を収納して背中にある長銃を取り出す。火縄銃のように見えるデザインは設計者の趣味100%である。中身はテクノロジーの塊であり、撃ち出すのは閃光、もたらすのは貫通のち爆発という代物だ。銘を「国崩し」と言う。
「攻撃してきたのはそっちが先だぞ」
狙いを定めようとした矢先に、地震が2人を襲う。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
噴火の如き地鳴りとともに地面を突き破って出現したのは人型の溶岩とでも表現すべき化物だった。瞬時に脅威判定は覆り、国崩しの一撃はその溶岩人に向かって放たれる。
「友好的な奴だったらごめんな」
出た瞬間にレーザーによって貫かれた溶岩人は、一瞬だけ男の方に向いた気がしたがそのすぐ後にはじけ飛ぶことになった。
「まあ、攻撃が当たって倒せるなら別に良い」
熱を持った国崩しを冷却機構に入れながら、今度こそローブを撃ち抜くべく2丁目の国崩しを取り出した。国崩しは一発ごとに冷却をしなければならないというハンデがあるが、それを3丁用意することで冷却と使用のサイクルを作っている。これは3段撃ちと呼ばれる機構であった。
「ん? なんだあれ」
ローブの人物は両手をあげて顔をさらしていた、かなりの美形だが顔に火傷痕がある。長い耳の片方も欠損してしまっているようである。
「降伏、か」
「言葉が分かるのならば何か合図をいただきたい!! 当方に戦闘の意思はない」
離れた所まで良く通る声はかつては透き通った美声だったのだろうが、今は火傷のせいかしわがれてしまっているようである。
「合図ね、とりあえず空砲でも撃つか」
片手で撃てるサイズの国崩しである「群がり」を上空に向けて撃つ。弾ではなく音のみがその場に響いた。それでも火薬ではないのでパアンッ!! ではなくズキュウウンという音だ。
「それを交渉の意思ありとみなす、今から近づくことを許されたし」
両手をあげたまま黒ローブだった者が近づく、いつでも攻撃できる態勢を整えたまま男はそれを待ち構えていた。
「まずは謝罪を、今回の依頼は溶岩地帯の精霊を鎮めることだった。精霊は不定形ゆえ、あなたがそうかと思い攻撃をしてしまった。何も通じなかったとはいえ申し訳ない」
「……一応こっちは何も損害を受けていない、だから謝罪はもう良い」
「そうはいかない、誇り高き森の民の末席として罪には罰をもって赦しを得なければならない。このような身を捧げるのはおこがましいと思うが、こちらの耳をもって赦しを請う」
「待て待て待て!! お前の耳はいらない!! 早まるな!!」
「し、しかし、貴殿のような土地神に失礼をしたままでは祟りが……」
「俺は、土地神じゃねえ!! ただの傭兵だ」
「ヨーヘイ……ヨーヘイ様、先に名乗らせてしまうとは重ね重ね無礼を。私はヒルデガリア・ゴルヴァ・トリフィス。ヨーヘイ様におきましてはヒルデと」
「傭兵は名前じゃねえんだけどな……で、ヒルデの耳は要らない。代わりに説明をしてくれ、ここはどこだ? 富士山か? マウナケアか? それとも他の火山に迷いこんだのか」
「フジサン? まうなけあ? ここはスルラトス溶岩湖と呼ばれる地です」
「どこだよ……しかも溶岩湖って」
「こちらへ、見れば分かります」
ヒルデの先導に従って行くと、そこにはマグマの溜まった窪地があった。その広さは溶岩で水平線が見えるほどである。
「うっそ……だろ」
そう言った時に我者髑髏の内部から腹の虫がなった。
「はぁ、腹減ったな」
「ヨーヘイ様、私が拠点としている街がございます。そこでなら何かお出しできるかと」
「良いのか?」
「もちろんです、耳を受け取っていただけないのなら別の形でお返しします」
「悪いな」
「いえ、これから付き従うのですから当然です」
「ん?」
「さあ、行きましょう」