十八話 彼岸
4月下旬、木曜日、昼頃。
静寂に包まれ、ただ桜色に彩られただけの町中を小鳥たちは花びらと共に飛び回るのだろう。
僕も生まれ変わったらしてみたい。
僕は今、屋上へと続く階段を上っている。
一歩一歩、自分の人生を振り返りながら。
そして、階段を全て上り切る頃には回想も現在に追いついていた。
しかし、それらはどちらも同じものに阻まれてしまい、先に進むことも回想を続けることも出来なくなった。
両方を阻んだのは一つのドアだった。
このドアの先に屋上がある。
しかし、いつもは職員によって鍵がかけられている為、職員が居ない限り入ることは出来ない。
僕はあと一歩のところで絶望の淵に閉ざされてしまった。
もしかしたら、すずが過去に戻ってきていて思い出深いこの先の屋上で待っているかもしれない、と微かな希望が見えた矢先なのに。
こんなことなら、ただ存在しているだけでもいいから生き抜く選択をすれば良かった。
まだそれならすずの想いを無駄にしなくて済んだのに。
そう諦めかけて、無駄だと分かっていながらもつい淡い期待を抱いてしまい、ドアノブを回してみようと手をかけた。
するとその時、ジャラりという音が聞こえ、思わず手を引っ込めてしまった。
僕はドアノブをよく見てみる。
音の正体は鍵束だった。
鍵束は鍵穴にその中の一本が刺さった状態で放置されていた。
おそらくこれは粋な職員が僕みたいなのんびり者の為にこうしておいてくれたのだろう。
こんなことする職員は一人しか思い浮かばない。
そう、和泉さんだ。
あの人もつくづく粋な人だなあ。
僕は和泉さんに感謝し、屋上への扉を開けた。
目を疑うとは正にこういうことを言うのだろう。
僕が扉を開けた先に見た光景は少女が空を見上げながらその長い髪を風になびかせている様子だった。
そして、その少女は微笑みながらこう言った。
「やっぱり、ここに来てくれると思ってました」
その声、姿は紛れもなくすずだった。
「なんで……ここに居るの?」
僕は恐る恐る訊いた。
「それは誠太さんが一番知ってるんじゃないんですか?」
「未来で誠太さんについてのデータを見た時はガッカリしました」
「私、生きてほしいって言ったじゃないですか」
二年ぶりに会うすずは少し大人びてはいたが、まだ少し幼さは抜けていない様子だった。
あまりの状況に頭が混乱していると、すずは「まあまだ一時間ほど猶予はありますし、空でも見上げながら諸々の事情も含めてゆっくり語り合いましょうよ」と言った。
僕はとりあえずそれを承諾し、二人で仰向けになった。
「まずは私が過去に戻ってきた理由からお話ししましょうか」
僕はゆっくりとうなずく。
そうして、すずは話し始めた。
すずの話を要約すると、彼女は有益な情報をたくさん持ち帰ったとして新しい時代に生きる権利を与えられたそうだ。
つまり、任務は成功したということだ。
しかし、情報収集が不十分だった仲間は皆殺されてしまったそうだ。
かつては仲が良かった人も大勢。
でも、すずはそんなことは予め覚悟していた為、そのことは一旦忘れ、素直に新しい時代に生きられることを喜ぼうと思ったという。
しかし、新しい時代はすずが想像していた桃源郷とは大きく異なり、結局は金持ちがのさばる今までと変わらない階級社会で、彼女はその中でも一番身分の低い階級に割り振られたそうだ。
激務で辛い毎日が続いたという。
その言葉通り、すずはどこか疲れた様子だった。
だが、それでも彼女がめげなかったのは僕の存在があったからだと言った。
すずはいつか僕が偉人として紹介されてるデータや書物を見つける為にそれらを漁ることが日々の楽しみだったという。
そして、そんな生活が二年ほど経ったある日、ようやく見つけることが出来たのだらしい。
僕はこの事実を知った時、喜びに打ち震えた。
僕はすずとの約束を果たすことが出来ていたのだ。
そのデータによると僕はミサイルが着弾する直前まで避難の呼びかけを行っていた為、最期は爆発に巻き込まれてしまったのだとか。
それを聞いたは僕はあまりにおかしくて声高らかに笑ってしまった。
何故なら、僕はネット上でミサイルが発射されることを伝えただけで、そんな正義感溢れる行動はしていないのだから。
まあそれはさて置き、すずが僕に関するデータを見つける頃には既に彼女は激務で疲れきってしまっていたみたいで、このままこの毎日を繰り返すぐらいなら、僕の必死に避難を呼びかける姿を見て終わりたいと思ったそうだ。
そうして、何とか人伝で片道だが過去に遡らせてもらえることになったようで、今日の朝に未来から時間遡行してきたらしい。
しかし、データと違い町は閑散としていた。
すずはどれだけ探しても人が見えないことから僕の姿を見ることは叶わないと悟り、彼女もまた絶望したという。
そして、せめて最期くらい思い出深いこの屋上で過ごそうと思ったらしく、ここに来て空を見上げていると自転車でこの施設に来る僕が見えたので、屋上に来てくれるのを願ってとっさに栞の仕掛けを施しずっと待っていた。
これがすずが語った過去に戻ってきた理由だ。
全てを話し終えたすずはどこかすっきりした様子で空を眺めていた。
そんなすずに労いの意味も込めて僕は「お疲れ様」と声を掛けた。
すると、彼女は「次は誠太さんの番ですよ」と僕の方を向いて言った。
「僕?」
「はい、私聞きたいです。誠太さんがこの二年間何をしてきたのかとか」
「分かった。でもすずには笑われるかもしれないけどね」
そして、僕は語った。
町中で大声を張り上げたこと。
役所に電話したこと。
狂人扱いされたこと。
友達の前田とはもう会ってないこと。
ネット上で噂話として広めようとしたこと。
それが成功したこと。
そうした活動に没頭するあまり、大学の単位を落としてしまったこと。
僕は二年間やってきたことをありのままに全て話した。
すずにはやっぱり所々笑われてしまったが、話している内にだんだんと一方が語り続けるのではなく、お互い質問し合ったりして語らうようになった。
そして、気付くと僕たちは二年前のように気が置けない関係に戻れていた。
お互い下らない話や日常での取るに足らない話で笑い合った。
すずに聞き損ねていたという告白の理由を訊かれた時はさすがに戸惑ったが、素直に一目惚れと答えると彼女は嬉しそうににんまりとした表情を浮かべた。
それからどのくらい喋っていたのだろう。
ふと、すずは静かに空を見上げながら「そろそろですかね」と呟いた。
「やっぱり僕たちってここに居たら間違いなく死ぬのかな」
僕は少しだけ不安になり、つい今まで避けてきた言葉を発してしまった。
「着弾すればまず間違いないでしょう」
「ただ、着弾すればの話です」
「どいうこと?」
僕は思わず聞き返した。
「過去が変われば未来も変わります」
「現に誠太さんは本来亡くなるはずだった何十万もの犠牲者を救っちゃったじゃないですか」
「それが影響して迎撃に成功したり、そもそも発射されないこともあるかもしれません」
「まあ死んでも生きてもどっちでもいいけどね」
「そうですね。天に身を任せる、これが私たちの選択ですから」
「じゃあさ、もし生き残れた場合」
「場合?」
「結婚しようよ」
すずはその瞬間ドキッとした様子で頬を赤らめたが直ぐに不満そうな顔になり、こう言った。
「嫌です」
「ええ!?」
僕はまさかそんな言葉が返ってくるとは予想もしてなかった為、驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
やっぱり、このタイミングで言うのはまずかったか?
しかし、次にすずが発した言葉の可愛さに僕は安心を通り越して笑ってしまった。
すずは「だって、もし死んじゃったら結婚出来ないじゃないですか」と恥ずかしそうに言ったのだった。
「分かった。それじゃあ天国でも地獄でもどこでだって結婚式を挙げてやろうじゃないか」
「では、改めてもう一度言ってください」
「改めて?」
「こう言うのは形が大事なんです」
「なるほど。それじゃあ改めて」
「死のうが生きようが僕と結婚してください」
「喜んで」
そして、すずは物言いたげな表情で僕を見つめた後、徐にまぶたを閉じた。
僕はその愛おしい唇にそっと自分のを重ねる。
僕たちのこれからに幸福があることを祈って。
ここまで読んで頂きまして拙い文で大変読みにくかったかと存じますが、誠にありがとうございます。私は99%の現実に1%の非現実が紛れている、そんな物語が好きなのでこれからも機会があればそう言ったものを綴ってゆきたいと思っております。しかしながら、暇潰し感覚でこれを書いてみて改めて作品を作ることの難しさ、大変さを痛感致しましたので、当分はしがない読者として生きていくことを決めました。最後に、こんな拙文をここまで読んで頂きましたこと、重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。




