外伝 天王教徒の一日 原理主義者 中編【ハイアド共和国の政治家 ジラファス・シドナーの場合】
ハイアド共和国の首都・トラティオ。
サンディスト東端の死火山、ギルガ山の麓に建設されたこの都市は、かつての同火山の活動によって形成されたギルガヌス半島へと広がっている。
この都市は内陸部と沿岸部では大きく様相を異にしており、トラティオ湾に面する沿岸部は貿易が盛んなこともあって大型船舶が停泊可能な設備を備えた港と、ソレにかかわる企業、またはその恩恵を受けて発達した近代的都市風景が広がっているが、半島内でも港から少し離れた場所や、あるいは大陸側に入っていくと、その辺りにはまだかつての帝政時代から続く、ゴシック風味の住居によって形成された伝統的で古い町並みが残っている。
トラティオの沿岸と内陸でこれほどまでに様相に差があるのは、かつてのハイアドが巨大な軍事力を誇る軍事独裁国家であったことに起因する。
ハイアド共和国が、まだ『ハイアド大帝国』と名乗っていた頃。
現在貿易港のあるトラティオ湾岸部は、軍船が多数出入りする巨大な軍港であった。
兵器弾薬に食料や飲料。軍に関わるあらゆる物資の取引が盛んに行われ、その恩恵を受けてトラティオ軍港付近の町は栄え、またその設備も発展した。
その影響から、40年前に国家が帝政から共和制に移行し軍事利用が減少した後も、そこに残された設備とノウハウとで貿易港として再出発。現在に至っている。
つまりかつて軍港として重点が置かれていたために、湾岸部のみが著しい発達を促されることとなり、その結果沿岸と内陸で極端なまでの発展差が生じているわけである。
とは言っても、内陸にも近代型都市設備が無いわけではなく、あくまでも”沿岸部が発達しすぎている”だけである。
病院などの公共機関は無論整備され充実しているし、旧市街に住む人々も、慣れきった町並みを今更強引に弄らないでほしい、というのが本音であるらしい。
そのため伝統住居保護運動なども行われ、数年前にはとうとう、旧市街全体が国家指定の文化財に定められた。
近代型の都市を構築するにも、景観を壊さぬことを第一にすることが求められているのだ。
* * * * * *
ところ変わってここは、ギルガ山。
死火山の中腹部を切り崩した場所に、巨大な石造りの宮殿がせり出している。
旧・ハイアド大帝国の隆盛を示す最大の建築物、アーディオン城だ。
初代ハイアド皇帝 アーディオン=ハイアドにちなんで名づけられたこの城は、レンガと大理石でその全体を組み上げられ、特徴的なドーム状の天井部を有している。
またギルガ山の山腹に作られたということもあって、そこからはトラティオ中が一望できた。
この城が建設されたのはハイアド大帝国の建国初期、今から240年も前のことであるが、それでも建物全体の状態は保たれていた。
共和制移行した後も、国家予算による修繕が繰り返されているのである。
その理由は主に二つあり、ひとつは文化財としての保護だ。
国内に限らず国外からも、アーディオン城の威容を見に訪れる観光客は少なくない。
国家の歴史を後世に伝える重要な遺構としての立場に加え、観光資源としての立場も有しているため、その保存は重要視される。
そしてもうひとつは、国政における実用施設としての補修だ。
実はこのアーディオン城、共和制移行した現在でも、国政の最高機関であるハイアド最高評議会の議場として使われているのだ。
ただし帝政時代とは違い――そこに集うのは、民主選挙によって選ばれた議員たちだが。
そのため城を訪れるのは観光客に限らない。
ハイアドの国政を担う大勢の政治家たちも、毎日この城に出入りしているのである。
宮殿の正面玄関。
大理石の敷き詰められた床から伸びる十数本の円柱が、だだっ広い出入り口の中で唯一天井を支えている。
その円柱の陰から、細面で眼鏡をかけケープを羽織った男が現れた。
薄暗い宮殿内から出てきた途端に一気に日の光を浴びたため、いささか眩しそうに目を細め、左手で顔を覆う。
しばらくして目が慣れると、彼はその手を下ろし表情をあらわにする。
それはどこか物憂げで、苦しげな表情であった。
男はしばらくそのまま立ち尽くしてから、何か決心でもついたように前に進み、宮殿とふもとの町とを繋ぐ正面の階段をさっさと下りていってしまった。
彼の名はジラファス・シドナー。政治家である。
ハイアド最高評議会にて、俗に『シドナー派』と称される派閥を作り上げている。
おそらくはハイアド国内において、最も名を知られた政治家の一人であろう人物だ。
* * * * * *
「ムゥさん、先日ご連絡をいたしました、ジラファスです。入ってもよろしいかな?」
「ああ・・・・・・・どうぞどうぞ。開いてますよ。」
病院で個室の戸を叩き、中の人物に丁寧に許可を得ているのはジラファス・シドナーだ。
先ほどアーディオン城を出てから、ここに直行してきたらしい。
彼が今いる場所は、国内最高の技術と設備を誇る医療機関、トラティオ中央病院だ。
ハイアド国内での事件・事故・感染症などによる重傷患者の八割は、集中治療のため主にこの病院へと担ぎ込まれてくる。
宮殿からもボマド馬車で10分程度と近場に設置されており、仮に有事などで政府要人が負傷した場合も、手早く収容することも可能と言われている。
そのためジラファスも、宮殿を出てから大して時間のたたないうちに到着していた。
彼が今日ここを訪れたのは、”ある重傷患者”と面会するためであった。
その人物はある意味ジラファスにとって、最高に重要度の高い人物でもあった。
但しそれは公私両面を含めて、だが。
彼がゆっくりその部屋の戸を引くと、部屋の奥のベッドで男性が一人、上半身を起こし、そのままベッドから降りようとしていた。
左手でベッド脇の手すりを掴み、反対側の手で松葉杖を取ると、力を籠めて立ち上がる。
その男性には右足が無かった。
慣れた様子で、ジラファスの元へと向かってくるその男性。
と、杖をつき損ねたのか、その先端部がずずっと前に滑り、男性がつんのめる。
思わず駆け寄るジラファス。
だが男性はすぐに杖を突きなおし、なんでもないといった風に首を振った。
ジラファスは、まだ心配そうな顔つきでいる。
男性の名は、ジョージス・ムゥ。
つい最近までは何の変哲も無い市民の一人だった彼だが、今、ジラファスにとっては大きな意味を持っていた。
何故なら、彼は魚人族に襲われてその右足を失った人物だからである。
それは、僅か半年前のことであった。
トラティオのあるギルガヌス半島以東の小島群、ギルガニア諸島。
ギルガ山麓の周辺諸国家を支配しつくしたアーディオン=ハイアドが後に進出し、領土としたその一帯は、その当時から魚人族被害の相次いでいる海域であった。
アーディオン=ハイアド―――すなわちハイアド一世が命を落としたのもこの場所である。
240年余りが経過した現在においてもその理由は判明していないが、いずれにせよそこは、ヴィクシオーラ沿岸では魚人族の頻出海域であった。
近年の船などの高性能化に伴い実際の被害者数は減少してきてはいるものの、未だ予断を許さないような状態であった。
そして彼、ジョージスは、その数少ない被害者の一人になってしまったのである。
何もしていない。何の罪も無い。ただの一般市民だった。
それなのに、彼はある日突然右足を奪われてしまったのである。あまりにも理不尽に。
もしあの日襲ってきた魚人族が一体でなかったとしたら、もし襲われた客船に非番の軍人二名が乗船していなかったとしたら、彼はその命までも奪われていたかもしれないのだ。
極めつけは、客船を襲ってきた魚人族が去り際に残していった一言だった。
『汚らわしい人間どもめ、大いなる海王の怒りを知るがいい』
その時の魚人族の表情、声、言葉。
それらを、ジョージスは半年たった今でも夢にまで見るという。
それほど恐ろしい出来事だったのだ。
* * * * * *
「――――でありますから、我らがハイアド共和国、ひいてはヴィクシオン全土に覆いかぶさっている魚人の脅威排除は、もはや我々の急務なのであります。」
ジラファスがジョージスを慰問した日の午後、再びアーディオン城。
その年の、第72回ハイアド最高評議会が開会されていた。
議場は宮殿の三階中央、建物を外から見たときドーム状になっている部分の真下にある。
「公海上では毎年のように海賊被害を被る船舶が後を絶たず、また皆様がご承知の通りギルガニア諸島近辺での人的被害も、止まるところを知りません。評議員の皆様、果たしてこのままで本当に良いのでしょうか? ハイアド共和国の未来のため、尽力することが我々の責務ではないのでしょうか?そのためにも――――」
議会は巨大な円形の部屋に120人近い評議員が部屋の中央を向く形で座り、緩やかな階段状になっている議場の、一番低い場所に設置された発言席を注視する。
議題を提出した、あるいは答弁に出た評議員がその場所に歩み出て、大勢の視線を全方位から浴びながら発言ないし主張をおこなうのである。
そして今そこで声高に演説している人物こそ、紛れもないジラファス・シドナーその人であった。
「―――魚人族排除のための立法、ひいてはかのハイアド憲法十八条第三項を復活させることこそが、魚人に苦しめられる人々を救う至上の方策ではないのでしょうか? 評議員の皆様、これはハイアド共和国の、ひいてはサンディスト大陸全土の・・・・・・・・・いや、ヴィクシオンに住む全ての知的存在の―――――」
議場を見回しながら、ジラファスは熱弁をふるっていた。
ジラファス・シドナーという人間の信念に基づいて。『シドナー派』の代表者として。
だがソレを聞いている他の評議員たちの反応はといえば、非常に薄いものであった。
頬杖をついてぼーっとジラファスを眺めているものもいれば、口に手を当て、堂々と欠伸をかいている者もいる。
どの顔もどの顔も、まるで聞き飽きたといわんばかりの表情なのだ。
「またか」といった具合にどの評議員も、極めて冷ややかな目でジラファスを見つめていた。
唯一真剣に聞いているのは、当の『シドナー派』の議員たちぐらいのものだ。
熱が入っているジラファスと、冷ややかに見ている評議員たちと。
議場を包むその温度差ははっきりと目に見えて表れていた。
それに気づいているか否かは定かでないが、ジラファスは構わず熱い弁舌を披露している。
”『ハイアド憲法十八条第三項』の復活”。
それはジラファス率いるシドナー派が、時節不問で掲げる至上命題である。
この法の成立はそもそも、243年前の”ある事件”に由来していた。
”建国の父”たるハイアド一世が魚人族に襲われ死亡した事件である。
ギルガ山麓に国家を建設したその年、彼は先に言及したギルガニア諸島への視察に自ら赴いていたのである。
それは支配下に置いたばかりの島の住民らに対する、一種の示威行為でもあった。
ところがその帰途。ハイアド一世を乗せ本土へ向かっていた海軍の船を、近海で活動していた海王族―――すなわち魚人族の一団が襲撃したのである。
彼らがいったい何の目的でその海域を訪れていたのか、それは未だ以って解明されていない。
もしかすると領域を侵されたことに対する威嚇行為であったのかもしれないし、あるいは人間を見かけたこと自体がその憎悪を沸き立たせたのかもしれない。
いずれにせよ、突然その指導者を失った帝国内の混乱は想像に余りあるものだった。
幸いなことに皇帝には既にオゴティア=ハイアドという息子がおり、すぐさま彼が直系の男児として帝位に着き、ハイアド二世を名乗ることになった。
オゴティア、若干19歳のときである。
そして彼は戴冠式の数日後、すぐさま”ある法案”を立案・施行する。
それがほかでもない『ハイアド憲法十八条第三項』であった。
”国民の義務”に関して記述したその項目に、以下の様な条文が追加されたのである。
『魚人族ノ者共ハ人ニアラズ。建国ノ父ガ仇ナリ。従ヒテ、見ツケ次第ニ息ノ根ヲ止メルベシ。』
これにより、”魚人族を発見し次第の殺害”が国民の義務とされたのである。
古くから魚人族――海王族を蔑視する価値観は、確かに存在した。
人間を襲うことなどがその主な原因であり、また数千年の歴史を誇る天王教の経典の影響も大きかった。
だがその存在否定を明文化した立法は、後にも先にもこの憲法だけであった。
一説によれば当時のハイアド皇帝の側近には一人の天王教信者がいたという。
その人物はハイアド二世ことオゴティア=ハイアドが即位する前から彼からの強い信頼を得ており、悲嘆に暮れる彼に魚人族への憎しみを吹き込んだのではないかと言われている。
一応これは通説に過ぎないものであり、確証が持たれている訳ではない。
だが実際、ありそうな話ではあった。
いずれにせよ、この差別法は施行されてしまったのである。
その結果どうなったか。
草創期においては確かに、”立法の意図”に沿った運用が行われていた。
少なくとも制定から五十年ほどの間は、本当に「魚人族を差別する」目的だけでこの法が持ち出されたのである。それだけでも充分に酷い話だが。
だがハイアド国民にとって最悪だったのは、後年、この法が悪用されたことである。
正確にはハイアド四世の治世において。
この頃から皇帝の独裁体制はより一層強まり、帝国内における反抗者への弾圧は厳しくなっていった。言論統制や弁護人のいない裁判など日常茶飯事である。
そしてついには、その裁判すらも行われなくなる。
その際に根拠とされたのが、なんと例の『ハイアド憲法十八条第三項』であった。
皇帝の政治に対し批判的な者や反抗的な者が現れた場合、当該人物に「魚人族が化けた者である」とのレッテルを貼ったのである。
そして憲兵などを送り込んで逮捕・連行した末、即刻処刑する。
本来なら誰であれ裁判は受けさせなくてはならないが、それは国民が人間の場合である。
魚人族だということにしてしまえば裁判自体がそもそも必要でなくなる。
と、いうか受けさせてはならないのだ。即時殺害は”国民の義務”なのだから。
また当然だが、仮にこのやり方を批判しようものなら、その人物も即刻「魚人族」の認定を受けることになる。
『ハイアド憲法十八条第三項』が施行されていたのは約200年間であったが、その後半に当たる約100年ほどが、この方法による弾圧を受けていたのである。
43年前のハイアド革命の発生を後押しした要因のひとつが、このあまりに凄まじい弾圧手段であったことは想像に難くない。
そのため革命直後のハイアド国民が真っ先に失効させようとしたのが、この『ハイアド憲法十八条第三項』であったとも言われている。
そういった経緯もあり、この条文は後にヴィクシオン最大の悪法として認知されていった。
だが。
ジラファス率いるシドナー派の主張していたのは、この”悪法”を復活させることだったのである。
当然、大多数の国民からは反発を受けていた。
* * * * * *
シドナー派の主張に対する反論の多くは、「時代錯誤である」という意見だった。
共和制移行から40年以上が経過しているにも拘らず、帝政時代を象徴するような最悪の法を復活させる必要が何処にあるのか、と。
だがシドナー派は「魚人族被害者の救済」を名目に頑として譲らなかった。
また時代錯誤だという批判に対しても、『十八条三項の削除は皇帝の言論弾圧に対する措置であり、
魚人族の権利を希求する国民の意思によるものではない。』という解釈を頑なに固持していた。
実際このことは歴史学者の間でも大きく説が分かれるところであったのだが、”魚人族排除立法”を主張する彼らが選択するのは、当然こちらの解釈であった。
また彼らの支持者らにしても、当然のことながら解釈は同様であった。
海王族による事件の被害者らや、国内の天王教信者などである。
ジラファス・シドナーは確かに多数の国民からは批判と反発とを受けていた。
だが同時に、彼を選んだ市民がいるというのもまた事実なのである。
その思想や方針がどれほど偏っているにしても。
実際問題、彼らは支持者を裏切らない存在なのだ。
たとえ10年以上同じ主張を繰り返しているだけなのだとしても。
たとえ別の国内問題を議論している中でも『憲法復活』しか言わないその姿勢が他の評議員から不愉快に思われているのだとしても。
たとえあまりに少数派で議決で承認される見込みが無いのだとしても。
彼らはずっと、同じことだけを叫び続けるのである。浮いていても。時代錯誤でも。
ある意味決して方針がブレないとも言えるその姿勢は、疎まれこそすれ、確実に固定支持層を得るに至っていたのである。
しかしそれでもなお、彼らが少数派であることに変わりは無かった。
主張があまりにも極端なため、帝政時代の悪夢を呼び起こす者もいれば、これも多数でこそないが「”魚人族差別”反対」を訴える者もいた。
実際この数十年で、魚人族――海王族と交流したという者の数は着実に増え続けていた。
海上で救助された体験を本にした者もいれば、隣国では共存している町があるという噂も聞こえた。
完全に人々から偏見が消えたとはまだお世辞にも言えない世の中であったが、少なくとも40年前よりは幾分マシになっているというのも事実であった。
しかしその反面、たったひとつでも事件が起こったときの世間の動揺は、かつてより激しくなっていた。
例えば数ヶ月前にアクィエル大陸で起こった要人暗殺事件の際には、ソレを発端とし、隣国サンディゴナの首都で暴動が発生。
このハイアド共和国内においても、「今が好機」とばかりに”魚人族排斥派”が集結。
首都トラティオを突っ切る中央道を、立て看板を持ってデモ行進する集団が現れた。
帝政が終わって価値観も多様化し”極端な見解”が昔ほど支持されにくくなった反面、僅かでも口実が出来ればそれまで隠れていた強い主張の持ち主たちが大義名分を振りかざして騒ぎ立てるのはもはや必然であった。
支持されないことを知ってか知らずか、日ごろ主張を抑えている彼らだが、その分”キッカケ”さえあれば過剰なまでに溢れ出して来るのだった。
もちろんジラファスも、その一人だ。
いくら救われた人間が出てこようと、和平を望む者が増えてこようと。
ジラファスにとっての魚人族は憎むべき対象に変わりないのだ。
天王教の信者として、というよりもそれ以前に、ジラファス・シドナー自身として。
* * * * * *
議会で発言したその日の夜。
公用のケープを脱いだジラファスは、トラティオ郊外の墓地に姿を現していた。
そこは地域の天教殿が管理する、教会所有の墓地である。
そこにジラファスの母親の墓が設置されているのだ。
喪服に身を包み、母親の墓前で跪いているジラファス。
目を瞑ったその表情は、普段にもまして物悲しく、暗い。
その彼は今は亡き母親に向かって、墓前で静かに誓いを立てていた。
貴方の仇を必ず取る、と。
冷たい風に吹かれる灰色の墓標。だが本当は、その下に母親はいない。
遺体が見つかっていないのだ。
彼の母親は、魚人族によって命を奪われていたのである。
20年前のあの日、ジラファスの母親が乗船していた小型客船は魚人族の襲撃によって破壊され、ギルガニア諸島の北の沖合いで沈んだ。
船の残骸は何とか引き上げられたものの、乗客はたった数名を除いて全滅であった。
彼らの遺体も魚人族に攫われるか海に流されるかして、その3分の2は行方が分からなかった。その中に、ジラファスの母親も含まれていた。
悲しくて悔しくて仕方のなかった少年時代のジラファスに親切に手を差し伸べ、遺品だけでもとその墓を立ててくれたのが、他ならぬ天王教の人々であった。
元々何の宗教も持たず、一般人以上の感情など持っていなかったジラファスだったが、突然の母の悲報を慰めてくれた天王教徒に心から感謝すると同時に、魚人族への憎しみに満ちていた彼の心は天王教の思想に傾倒した。
魚人族を「忌むべき存在」とする彼らの教義に、いたく感銘を受けたのである。
墓前で決意を新たにしたジラファスが、服の裾を風にたなびかせ立ち上がった。
愛する母の命を奪った怪物を、一匹残らず絶滅させる。
それが彼が天王教に帰依する際に誓ったことであり、これからも貫き続ける道であった。




