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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第六章 復活と成長と愛
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31/34

31 競売 Auction

「うん。待ってるよ。早く帰ってきてね」


一瞬でも離れる事を嫌がるように、繋がれていたい手を名残惜しそうに離す。待ってるね、と船へ戻るグロスの背中へ呟いた。


「ん?どうしたの、エスペランサ」


「後ろの奴ら、なんか怪しい」


フンフンと鼻を鳴らすエスペランサ。興奮している馬を落ち着かせようと首筋を撫でる。エスペランサの鼻息はいよいよ荒くなり、前足を蹴り上げた。

とその時、後ろから鼻と口を塞がれた。薬を含ませた布地が押し当てられ、意識を保つのが難しくなる。歪む世界の中でエスペランサに念を送る。グロリアスに知らせて、と。


「わざわざありがとうございました。どうか、良い旅を」


トランプを渡した船員が丁寧に頭を下げる。事情を説明しつつ苦笑いを浮かべた後…ソルの元に戻ろうと駆け出した。時間にして、ほんの数分…いや、十数分。公園に戻ってきたグロリアスを待っていたエスペランサが、両前足を上げて大きく嘶いた。落ち着きのない…と言うか、暴れているかのような。慌てて駆け寄って宥めているうちに、ソルが見当たらない事に気付く。


「ソルは?ソルはどうした?」


エスペランサは何かを訴えようとしているようだが、グロリアスにはそれが伝わらない。人間に馬の言葉は伝わらないのだ。繋いでいた手綱を樹から解くと、エスペランサはもう一度嘶く。その声に誘われたような気がして背に跨ると、エスペランサは一目散に駆け出した。


「コイツらには全財産とられたからなぁ」


「いくらの値が付くか…楽しみだぜ」


途切れ途切れの意識で、ソルの耳にはそんな会話が聞こえてきた。と言う事は、あのイカサマ詐欺師達なのか?震動と蹄の音から、自分が馬車に乗せられた事を理解する。薬で体が痺れて言う事をきかないが、グロスと離れた不安からか涙は止めどなく溢れてくる。必死で念じるが、愛馬が近くにいるとは限らない。でも今は祈るしかなかった。


「エスペランサ…私はここにいるよ!私の叫びを聞いて!」


馬車は何かから逃げるかのように、港を離れてどこかへとひた走っていた。

グロスを乗せたエスペランサは、疾風のごとく街を駆け抜けた。馬上のグロスはただならぬ雰囲気を感じている。馬と意思疎通はできないけれど、これはきっとソルの身に何かあったに違いない。言葉を交わせずとも、エスペランサはグロスに伝えようとしている。


「頼むぞ…エスペランサ。俺を…ソルのところにつ淹れて行ってくれっ!」


十数分のスタートの差は、馬の脚力をもってすればかなりのものになる。ソルを乗せた馬車はとっくに街を抜け、山道をひた走っていた。すでにソルの念も及ばない距離の差をつけられていて。

だが、グロリアスにとって幸いだったのは、馬の嗅覚が非常に優れたモノであったという事だ。象や犬には及ばないものの、人間に比べればはるかに鋭いものである。匂いを嗅がされた警察犬がターゲットを追うように、エスペランサもソルの匂いを辿って走る、走る、走る。


 完全に意識を失っていたソルの眼が覚めた時には、辺りは真っ暗だった。いつの間にか猿ぐつわを噛まされ、両腕も縛られている。身体を起こしてみようとすると、すぐに天井に当り、寝返りをうとうとしても両サイドは壁。つまり何かの箱に入れられているらしい。


「ん…!んんー!」


あらんかぎりの声で叫んでみたら、箱の外で物音がした。


「起きたかい?お嬢ちゃん。あまり暴れない方が身のためだよ。あまり痛い思いはさせたくない。商品に傷がつくと値が下がるからね」


箱の蓋が開いて、眩しさに目を細める。光に目が慣れてくると、幾人もの人間が自分を見ていた。男が五人、女が二人。男の中にはやはり、見覚えのあるあのイカサマ詐欺師の顔もあった。ここは詐欺師達のアジトらしい。下品な笑いと共に女が説明したプランは絶望的なものだった。


「明日、お前は闇市場で売られる。娼館に買われるか、どっかの金持ちの奴隷になるか…楽しみにしてな?ここ最近の徴兵のせいで、娼館は女が足りないらしい。兵士になる奴らが、死ぬ前にって押し掛けてるらしいからね…」


「安心しな。商品の価値が下がるような事はしないよ。だから男達じゃなくて、アタシ達が見張りになってるんだから。その代わり、逃げようとしたら遠慮なく使わせてもらうからね」


女が鞭で床を叩き、鋭い音を響かせた。少女の瞳とは思えない鋭い目で女を見据えたまま、ソルは小さく頷く。その頷きを「逃げません」という意思表示と捉えた女が、猿轡を外してくれた。


「私のマスター甘く見るなよ?一に対して一を返す律儀な人じゃないよ?百倍になって返されるから!覚悟しなさいよねっ!」


低い声で吠えると、男達が大笑いする。妙に落ち着いているのは、龍の矜持とグロスへの信頼感の現れ。そのふてぶてしい態度に女がビンタを放ってきた。ニヤリと笑う。こんなもの、グロスのそれと比べたら何ともない。


「アタシらのモットーはアシがつくから、早く売っちまう。だからお前を商品として仕込む時間はないんだよ。売られた先で仕込んでもらう事だね。まぁ、手付かずの女を一から仕込む事を好む金持ちも居るからねぇ。せいぜい良い子にしてな」


馴れ馴れしく髪を撫でてこようとした女の手を、噛もうとして鳩尾を思い切り蹴られた。髪の毛を撫でて良いのはグロスだけ。涙目になるも相手を睨み付け、不遜な態度は更に詐欺師達を苛立たせた。再び猿轡を噛まされ、背中に何本かミミズ腫を描かれた後、ソルは再び薬を嗅がされ嫌々ながら眠りに漂う。悪夢にうなされながら。

「ど…どうしたんだ?エスペランサ。おい…どうした?」


 一方、勢いよく走っていたエスペランサの足が鈍り始め、山を越えて麓の町を前に完全に止まってしまった。どうやら、匂いを完全に見失ってしまったらしい。グロスは悲しそうな目をするエスペランサの首を優しく撫でて慰めながら呟く。


「とにかく…町まで下りよう。ソルは…きっとあの町にいるさ。ソル…待ってろ…必ず…見つけてやるからなっ!」


馬が匂いで追えないなら、そこから先は人間が頭を働かせるしかない。グロスは町へと馬を走らせる。麓の町に下りた時、すでに日は落ちて街の明かりがともっていた。行きかう人を捕まえては訪ねてみるが、ソルを見かけたという声は聞こえてこない。今頃ソルはどうしているのだろう?その正体は火炎龍であったとしても、今は幼き少女の姿なのだ。手荒な真似などされていなければいいのだが。

人通りがなくなるまでグロスは町中を聞いて回ったが、有力情報は得られない。エスペランサもあれから特に反応はなく、手綱を引くグロリアスについてしょんぼりと歩く。ほんの短い間でも、ソルを一人にしてしまった事を後悔していた。連れて船まで戻ったとしても大した手間ではなかったのに。なぜそれができなかったのだろう?浅はかだった己を攻めながら深夜の街を歩いていると、二人組の酔っぱらいがこちらに向かって歩いてくる。ひどく酔っぱらっているようだが、それでもグロスは声をかけて話を聞いた。


「ねーちゃんが浚われた?可哀想になぁ…」


「明日当たり奴隷オークションにでも売り飛ばされちゃうんじゃねーの?」


「奴隷オークション?」


「そうさ…体力ある男とか…可愛いねーちゃんとか…高値で売れるらしいぜぇ」


「うちのクソババア、売れるもんなら売りたいくらいさぁ!」


ピンとくるものがあった。ソルなら高値が付くに違いない。酔っ払いにその場所を聞き出して向かうが、その建物には全く人気がなかった。エスペランサも無反応。翌日出直す事にして…野宿できそうな場所を探す。


 翌日、オークション会場は満席になり、異様な高揚感に包まれている。この辺りでは奴隷も重要な労働源だったり、特に若い女は高値で取引をされているようだった。そんな会場の末席にグロスは身を潜めている。もしソルを浚った犯人が手っ取り早く金を手にすると考えれば、奴隷オークションは最適な市場に違いない。マスターが現れ、多くの奴隷がステージに挙げられ、オークションで競り落とされていく。そのたびに会場はどよめき、次の奴隷に期待を寄せた。


どのくらい眠っていたのかわからないが、かなり時間は経ったようだ。ソルの頭はまだぼんやりしているが、昨日無意識に抵抗してしまったのか、背中のミミズ腫が増えている。背中からお尻にかけて痛みがひどい。身体を確認すると、薄い紗のような透けて見える服を着せられていた。身体を隠して覆うためというより、より卑猥に見せるための衣装のような服に辟易。なるほど、着替えに抵抗したんだ、と妙に納得する。

身柄は奴隷商人へと引き渡された。奴隷商人は金貨の袋を詐欺師達へ渡し、龍を担いで市場を歩いていく。オークションが始まるのだ。檻に入れられ手足を繋がれ、人の群れの中へ押し出される。


「いよいよ、ラストオークションをこちらにっ!」


鉄格子のついた檻に閉じ込められたソルは手錠と足枷をつけられ、足枷はしっかりと檻に固定されていた。まるで見世物である。その眼はどこか虚ろだった。まるでどこか遠くを見つめているかのような、怪しい薬に酔っているかのような)


「若い女、髪も瞳も珍しい色の珍品でございます。まだ仕込みは済んでいません。さぁ、いくらだ?お、三百から頂きました。はい、四百…」


五百!…千!…五千!赤い瞳と朱色の瞳を持つソルに、驚くほどの速さで高値がついていく。オークション会場のあちこちで札を上げるものが現れ、そのたびに価格が競りあがった。一万…五万…十万…そしていよいよ、百万ゴールドの声がかかる。


「ふざけんじゃねぇっっっ!」


最後列の席についていたグロスが、たまらずに声をあげながら立ち上がった。会場を包み込む静寂。次の瞬間、グロスは観覧席の真ん中を突っ切り壇上に駆け寄る。


「こいつの価値は、金に換えられるもんじゃねぇっ!誰がお前らなんかに渡すものかっ!」


突然の事にどよめく会場。用心棒と思しき屈強な男達がグロスを取り押さえようと駆け寄るが、それに怯むグロスではなかった。襲い掛かる男達を蹴散らし、なぎ倒し、檻に駆け寄る。


「助けてっ!グロスっっ!!」


両手で鉄格子を掴み、ガシガシと暴れるソル。そんなソルを鉄格子から差し込んだ左腕で抱き寄せ、右手をソルの顎に添える。


「こんな目に遭わせてごめんな。助けに来たぜっ!」


鉄格子越しに唇を重ねた。とたんにソルの体は金色に光りだす。むくむくと体が大きくなり始め、手錠と足枷を難なく壊す。、更に巨大化する体は少女から龍へと変わりながら頑丈な檻をぶち破り、建物自体を壊すほどに。会場は大パニックとなり、オークションどころではなくなってしまった。そんな状況を尻目に、グロスはソルの巨体を駆け上がる。


「ずらかるぞっっ!ソルッ!翔べっっ!」


(朦朧とする意識の中で、聞き覚えのある声が怒鳴っていた。やっぱり主は来てくれた!伸びてくる手に抱き寄せられ、逆鱗に触れられ、唇を塞がれる。体に熱が駆け抜け、周りがどんどん小さくなっていった。翔べ!と主の声。なら従うのみ。翼を大きくはためかせ、空中へと舞い上がる。


「やっぱり来てくれた…。グロス…」


薬の効きも残っていたし、縛られ打たれて体力はない。でも死力を尽くすように羽ばたく。出来るだけ空の高いところを飛び、山の中に降り立った。

人目を避けて山の中に降り立ったソル。尻尾の先端を優しく撫でて少女の姿に戻すと、力強く抱きしめた。


「ごめんな…ソル…俺が…ちょっと目を離してしまったばっかりに…。ごめんな…ソル…ごめん…」


無理をさせてしまったのか、ソルは肩で息をしながら…それでも抱きしめられて嬉しそうな笑顔を見せる。


「もう…離さないから。絶対…ソルを一人にしたりしない。ずっと…一緒だ。ソル…俺を…許してくれ…」


「自分で自分が守れなかったの…。グロスのせいじゃない」


涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらグロスにしがみつく。もう会えないかもと思った一方で、必ず助けに来てくれると信じていたグロスの腕の中に居る事が何より嬉しい。


「グロス、自分を責めないでね。私がこうなったのはグロスのせいじゃないから。市場で色んな話を聞いたけど…人を売り買いしなきゃいけないほど民の生活は圧迫されてるし、それを国が黙認してる。腐ってるよ、この国」


悔しそうに俯くグロスの髪を優しく撫でた。俯いているグロスの顔を覗き込むような、可愛らしい笑いを浮かべながらソルは囁く。


「背中が痛いの。薬をつけてくれる?」


「解った。塗ってやる。でも…ここには薬がないんだ。町に戻って、エスペランサと一緒に預けてあるから…受け取りに行こう。町まで、今度は俺が背負ってやるからな」


ソルを背負い、町に向かって歩き出す。暗くなる前には町に辿り着けるだろう。ソルは責めるなと言ったけれど、これは完全にグロスの落ち度だ。戒めなくてはならない。もう二度と、もう二度とソルを一人にはしない。ずっと一緒にいて、守ってやりたいと思った。


「ちょっと沁みるかもしれないけど…我慢しろよ」


「いたた…。痛いよぉ…。もっと、やさしくして…」


町に戻ると宿に入った。今日はここでゆっくりと休息をとる事にする。あまり手酷くは痛め付けられてはいないものの、背中はもちろん緊張を強いられた身体は色んなところが痛い。うつ伏せに寝かせたソルの背中をざっと消毒し、軟膏を塗った。常備薬だがおそらくはこれで大丈夫なはず。


「今日はここに泊まるから。美味しい物を食べて栄養をつけて、風呂に入ったらもう一度薬を塗って…ゆっくり寝る。明日には痛みもとれるはずだ。安心しろ」


「あいつらには意地でも髪の毛、触らせなかった。身体も。グロス以外に触られたら腐る気がしたの」


「触られたくらいじゃ…腐りはしないさ」


ソルはさも可笑しそうに笑う。痛みにギャーギャー騒ぎたくはないし、またこうしてグロスが隣にいることが何よりの薬。矜持を守って痛め付けられたなら、望むところだ。それでも、とても怖かったから瞳はうっすらと潤んでいる。

諭すように呟くが、グロスの表情は険しかった…そして悲しそうだった。わずかな手間を惜しんだせいで、辛い思いをさせてしまったなんて。自分の体が傷つけられるよりも、はるかに胸が痛む。手元の軟膏を塗りまくった。一刻も早く真っ白な、綺麗な背中に治してやりたい


「ごはん…あまり食べたくない。グロスが食べさせてくれるなら…食べてあげても良いけど」


「飯はちゃんと食わないとだめだ。栄養をちゃんと取らないと…治る傷も治らないんだからな」


ちょっとキツイ視線を向けながら呟く。解ってるよ…と言いたげな表情のソル。うつ伏せに寝るソルの横に腰を下して、頭をクシュクシュと撫でながら、


「食べさせてあげるから…しっかり食ってくれ。風呂から出たら…もう一度薬な」

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