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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第六章 復活と成長と愛
27/34

27 蹄鉄 Horseshoe

 シーツには転々と血がついて、昨夜の乱れた情交を物語っていた。見つけると堪らず両手で顔を覆って俯いたら、グロスに笑われたけど優しく抱き締められた。宿を出ると食事に誘われ今に至る。アノ後ですっきり目覚めて元気に走れるグロスが羨ましい。


「どうした?なんか…元気ないな。具合でも悪いのか?「


港町の食事処。相変わらずテーブルに乗り切らないほどの料理が並び、ラム酒のジョッキが「でんっ」と鎮座している。グロスは相変わらずの食欲。まるでサイクロン掃除機のように平らげていった。

しかしソルはと言えば、ちびちびとラム酒を飲むばかりで、全然料理がなくならない。


「やっぱり…船にするか」


「ん。なんか…よく眠れなかったからかな?ごめんなさい。早く帰りたいのに役に立てなくて」


船で西の大陸に向かえば、裕に三日はかかる。ソルは「一日で着くよ」なんて言っていたけれど、今日のソルは覇気が感じられない。ずっと気にして見ていた訳ではないが、往路の時は途中に島らしい島はなかった。つまり…万一途中で力尽きてしまったら、海にボチャンだ。一巻の終わりになってしまう。極悪大臣をぶっ殺すまで、物語を終わりにする訳にはいかないのだ。ソルはしょんぼりと指先を見つめた。倒れる覚悟でかかれば飛べない事もないと思うが、着いた先で意識を保てない自信もある。


「そろそろ…行くか?」


ソルの前には食べかけ…と言うか、まだ手を付けていない皿もいくつかあった。空を飛ばないのであれば、いま無理をして食べる必要はない。ちょっと呆けたようにも見えるけれど、船に乗っていればそのうちに元気も出てくるだろう。


「大丈夫だ。無理はしなくていいよ」


「また追いかけられたりしないかな?」


しょんぼりと俯いたソルの頭を、グロスは軽くポンポンと叩いて。ソルをエスペランサに乗せ、自分は歩きながら手綱を引く。乗船手続きを済ませてもなお、持て余すほどの時間が。出航はどうやら夕方らしい。


「まだ…だいぶ時間があるしな。どうする?買い物にでも…行くか?」


特に買いたい物や必要な物もなかったけれど、時間を潰す時にはそんな誘いがいいのかもしれない。疲労が抜けないソルを気遣えば、どこかで昼寝…もありかもしれないが。


「髪、切ろうかな。短く。そうすればグロスが危ない目に遭う確率が少なくなるんじゃないかと思って」


船に乗る事も不安が無いわけではない。追っ手に見つかり、海に投げ込まれた船。目立つ赤い髪の毛をフードで隠して、念のためスカーフでマスクも。エスペランサの鬣を撫でながら、ふと思い浮かんだ。性別変えちゃえば見つかりにくい?


「切る理由がそれなら…切らなくていい。そんな理由のために切るの、もったいないだろ」


「解った。グロスがそう言うなら…切らない」


ソルは髪を束ね、元気に頷く。確かに整った顔だから、男装すればそれっぽく見えるかもしれない。でも、ソルにそんな事をさせたくないのだ。それなら服の中にでも押し込んでしまうほうがまだましだと思う。


「別にグロスのためだったら髪の毛なんて、全然惜しくないよ?」


とは言え、グロスが髪をもてあそんで指先に絡めたり、クシャクシャと撫でてくれるのは大好きな訳で…。髪が短くなってしまうと、そんな機会さえ失ってしまうのではないかと思う。


「それよりさ…服、買ったらどうだ?もう少し持っていた方が…いいんじゃないのか?」


「服だってこれで充分…。なぁに?エスペランサ。ドレス?」


元々龍であるせいか着飾る事に全く興味がなく、あれこれコーディネートするセンスもない。エスペランサに視線で促されて、当世流行を取り入れた服に目を止めた。ペチコートで膨らませたスカートにレースをあしらった袖。胸は上品さを失わない程度に開いてあり、ローブを羽織るような形に。


「これはちょっと…」


その隣に男性の礼装が飾ってあった。それを着たグロスを想像して赤面し、ぺしんとエスペランサをはたく。

どうやらエスペランサがソルにドレスを勧めているらしい。飾られているのはまるでウェディングドレスのようなそれ。そしてその隣に飾られている白い燕尾服。ソルは何で顔を赤らめているのだろうか?その理由にグロリアスは考えが及ばない。


「ん…似合いそうだし。いいんじゃない?ただ…旅の途中で着るのには、ちょっと向かないかもなぁ…。どうせ買うなら、もう少し実用に耐えるものを。荷物としてもかさばるだろうし。ドレスが欲しいなら、ボルタスに帰ってからでも良いだろ」


渡航費を払ってしまったら、稼いだ金貨もだいぶ残り少なくなってくる。まぁ、金貨はまた稼げばいいし。どうにかなるさ。にぎやかな街並みを、エスペランサを連れながらソルと二人で見て回った。港町として栄えたこの街には、数多くの店が軒を連ねる。


「おっっ…どうだ?この店なんか、割といい感じじゃないか」


女性客で賑わう用品店を見つけ、立ち止まる。エスペランサが振り返り、ソルに視線を投げた。


「俺のためにって思うなら…その髪は切るな。俺、結構気にってるんだ。おっっ…あそこに薬屋があるな。俺はちょっと、向こうを見てくる」


たぶんソルは服を見たいのだろうと思い、エスペランサを連れて薬屋へ。店の表に繋がれたエスペランサは、退屈そうにあくびを一つ。

グロスは薬屋へ走っていってしまった。ソルはブティックに放置、途方にくれた。だって服なんて解らないから。なんとなく店頭のドレスに目を向ける。「似合いそうだし」って…龍がこんなの着て似合うのか?動けないじゃないか。

そう思いつつもちゃっかり試着。腰を絞ったデザインのせいで、背筋はいつもよりもピンと伸ばし、動作はゆっくりしかできないからこそ優雅に見える事を知る。店の女将さんの悪のりで髪もきちんと編まれ、花を飾ればやんちゃって貴族風。そんな自分の姿を鏡に映せば、こういうのも悪くない…なんて、一人でニヤニヤしたりして。


「あれ?結局着たのか?結構気に入ってるんだろ?実は」


薬屋から戻ってきたグロスがソルに声をかける。くすくす笑いながら鏡を見つめているソルは、さながら花嫁のようだ。スタイルも悪くない。ピンクのコサージュが良いアクセントになっている。


「欲しくなっちゃったのか?買ってやろうか?」


「要らない。こんなの積んだら、エスペランサに怒られちゃうよ?王宮の人がこんなの着てるの、昔に見た事があったから着てみたけど…大変ねぇ」


晴れやかな笑顔でグロリアスを迎えた。女将さんの目の前で、試着までしておいて「要らない」と言ってのける。代わりにねだるのは、革の胸当てと武器。まだ見ぬ悪徳大臣からグロスを守りたいのだ。

髪まで編んでもらって、がっちり試着したのに買わないとは。まぁ、正直ちょっとホッとしてはいるけれど。皮の胸当てを買ってご機嫌だが、「ちょっと小さくねぇか?」と無用な心配をするグロス。


「グロスが礼装してるのって、全然想像つかないね」


ラフな格好が板についた主をみて、心底可笑しそうに笑った。


「このサイズじゃちょっと着れないけど、俺が礼装したらかっこいいんだぜ?」


なんせ、一国の王子様だからな…と、周りに聞こえないように耳打ち。くすっと小さく笑うソルを連れて店を出た。まだ日は高い。街のあちこちで訪ね歩き、道具屋を見つける。エスペランサが足を引きずっているように見えるのが気になっていた。それに…ハミが緩みかけているのも。どうせなら…良い物に付け替えてやりたい。


「蹄鉄を打ち直してもらいたいんだ。夕方の船に乗るから…それまでに間に合わせてもらいたい」


「エスペランサ、足痛いの?ごめんねっ。なのに、頑張って…偉かったね」


グロスに指摘されれば、確かにエスペランサの歩き方はよくよく見ればおかしい。言ってくれたらよかったのに!と馬の首を撫でながら呟くと、「弱味は見せないようにしてるから」と草食動物らしからぬ矜持をみせた。気づいてあげられなくてごめんね、ともう一度呟いて、道具屋にエスペランサを預け、グロスと手を繋ぐ。


「よく気づいたね。エスペランサ、隠そうとしてたって言ってたよ。さすがお医者さんだね。ちょっと、しゃがんで?」


眩しいものを見るようにグロスを見上げた。不思議そうにグロスがしゃがむと、ようやく目線は主よりも高くなる。そのグロスの頭をぎゅっと抱き締めると、自分がいつもされているように髪を撫でる


「エスペランサの不調、見つけてくれてありがと。グロス…やっぱり優しい」


「エスペランサだって、我に従う馬。となれば…主が気遣うのは当たり前だ」


そんな高尚な台詞も、ソルの胸に顔を埋めながらでは威厳も感じない。照れもあって、グロスは顔を赤らめながら立ち上がる。


「ちょっと…飲みに行くか?」


キョトンとした表情を見せるソル。「昼間から?」とでも言いたげ。でも、まぁ…たまにはそれもいいだろう。って言うか、もう他に時間潰しの方法が見当たらない。


「でもっ!飲みすぎるなよ。どうせ晩飯の時には、また飲むんだろ?」


「ラム酒を頼んでもらっておいてなんだけど、私…一杯だけにしとく。体力温存で船に乗るのは良いにしても、どこで飛ばなきゃいけないか解らないから」


ソルは目の前にドンとおかれたラム酒をちびちびと舐めるだけで、喉を鳴らして飲む事はしない。背中の傷を負っていた頃は、自分が苦しまないように控えていた酒。でも今は、胎内を駆け抜けた主のために、ベストコンディションでいるために断つ。


「そのかわり、これは食べちゃうよ?」


瑞々しい果物を自分の前に持ってくると、果汁を楽しむ。そんな話をしてるうちに日がくれてきた。エスペランサを迎えに向かった。

龍に戻れるようになってからは、主に従事する気持ちが強くなってきたのだろうか。ちょっとした振る舞いにも、そんな気負いを感じる。大好きなラム酒を我慢するなんて、今までのソルからは想像がつかない。だがそれも自分に対する気持ちだと思えば、そういう心がけは大事にしてやりたい。


「エスペランサ、足を引きずらなくなったな」


どうやら蹄鉄を打ち直したのが良かったようだ。足取りはだいぶ軽くなり、ハミの具合もなかなかのようである。今回も二等船室。ソルがいるのであれば、やはり雑魚寝の三等は避けるべきかと。乗船客をすべてチェックして、最後に乗り込む。それっぽい客は見当たらなかったけれど、変装しているのかもしれない。


「金貨足りる?もし足りなければ三等でも構わないよ?」


懐具合を心配して言ってみたものの、二等船室の切符を受け取ってホッとする。他の人間はやっぱりちょっと怖いから。エスペランサを預けて乗船。この船で主にアームレスリングを挑んだのも、ずいぶん昔の事のように思われた。思い出してクスクス笑うと、グロスも釣られて笑ってくれる。


「ちょっと船を探検してくるね。グロスは疲れてたらお部屋にいていいよ?」


傭兵部隊がいないか見張らなくちゃ、と太腿に内緒で忍ばせた二本のメスを武器代わりに。

船に乗るなり、ソルは探検に出るらしい。ついていった方が…とも思ったけれど、ガタイの大きなグロリアスが一緒にいれば目立つ事この上ない。「すぐに戻って来いよ」と釘をさして苦笑い。ベッドに腰を下ろし、小さく息をつくと窓の外を眺めた。船は定刻通り出港したらしい。街の明かりが、少しずつ遠くなっていく。

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