28 賭博 Gambling
食堂を見て、浴室を確認。最後に談話室を覗く。客の身分ではこのくらいしか自由に動きがとれない。今のところ異常なし。こっそりクルーのテリトリーに忍び込んだところで、摘まみ出されるのが関の山だろうか。談話室では賭けポーカーに興じる客がいる。長旅の退屈をしのごうとしているらしい。フラフラと覗きにいくと、カードを手渡される。ポーカーのルールなんて解らないのに…。
「私、お金もってないよ?」
と言えば、女は無一文でもその気になれば払えるよとの返答。ならば稼いでみようか。ざっくりとルールを教えてもらい、テーブルに着く。その言葉の真意なんて、知る由もなかった。
「遅いなぁ…。すぐに帰って来いって言ったのに」
先ほど夕食の船内案内があったから、もう結構な時間がたっているはず。なのにソルは一向に戻ってくる気配がない。さすがに心配になって、探しに出かけた。金貨は持たせてないから食堂にいるはずなし、甲板も見当たらなかった。風呂に入るはずもないだろうし…あとは談話室だろうか。
「まったく…どこまで探検に行ったんだ?」
談話室から悲鳴にも近い叫び声が聞こえてくる。どうやらギャンブルに負けた客が大騒ぎをしているらしい。プレイヤーの周りには人だかりができていて、様子は確認できなかった。嫌な予感を嗅ぎ取りながら近づいていく。その声に聞き覚えがあったからだ。
周りを見てルールはなんとなく解ってきた。素手で手綱を握るグロスの手が可哀想だから、お金を稼いで革手袋でも買ってびっくりさせたい。そんな思いでカードをめくる。
「スリーカード止まりか…。相手は?…フルハウス!解ってるよ。脱ぎますよー」
またしても。何回目かの負けに周りがどよめく。既に靴と靴下は脱いでしまっているし、悔しそうに椅子に立ち上がると上着を脱いだ。上着を脱いでしまった今、次に負けたらワンピースを脱ぐ事になる。絶対に負けられない戦いが、ここにはある!
「あれ?」
鋭い殺気にも似た視線が刺さって振り向くと、顔を顰めるグロス。助かった。ルールをきちんと教えてほしい。
「何をしているんだ?部屋に帰るぞ」
ソルの腕を掴み立ち上がらせようとした途端、対戦相手の男が食って掛かってくる。
「オイオイ兄ちゃん、負けたまま金も払わずに逃げられる訳ないだろう?」
「それはそうだが…いくら負けたんだ?」
ソルはバツが悪いのか、俯いたまま。ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた男がまくしたてる。
「百二十ゴールドだ。兄ちゃんが代わりに払っていくなら、それでも良いが…払えるのか?」
「百二十ゴールドだと?!」
暇つぶしに賭けるにしては、やけに高額だ。もちろん、そんな金は持っていない。さて、どうするか。
「解った。もう一度勝負をしよう。ただし、相手はこの娘じゃない。俺だ」
「なに言ってんだ。兄ちゃん、金を持ってないんだろ?勝負にならねぇよ」
ゲラゲラ笑う対戦相手とその仲間と思われる男達。そんな男達を睨みつけながら、ソルと入れ替わってテーブルに着く。ビッと立てた親指で背後に隠れるソルを指差し、
「賭けるのは…この娘だ。それなら、文句ないだろ。カードを配ってくれ」
「私?賭けの商品?グロス、ルール解るの?」
唖然とするソルをよそに、ギャラリーは盛り上がってきた。グロスに問いかけると、視線だけで黙らされる。ソルはすごすごと後ろの椅子に腰を下ろした。とても座り心地が悪いのは座っているのが粗末な木の椅子なだけでなく、グロスの機嫌を損ねたかもしれないからで。足をブラブラさせながら成り行きを見守る。
「金貨は稼げなかったけど、これは使っていいよ?」
グロスの手のひらに銅貨数枚と銀貨1枚を乗せる。負けっぱなしと言う訳ではない。得た小銭が減るのを嫌って、負けるとソルは脱いでいたらしい。
「マスター…私、このおっさんのモノになるのやだな…。負けないでね?」
泣きそうな顔で懇願。でもグロスは変わらずポーカーフェイス。その顔がちょっと怖くて。ソルはじっと成り行きを見守っている。
衆人監視の中、カードが配られた。手元に五枚。そのカードを誰にも見られないよう、ちらりと確認。相手の男は不敵な笑みを浮かべている。グロリアスはいたって冷静、顔色も変えず、眉一つ動かさない。
「交換はしない。このままでOKだ」
五枚のカードを一つの山にして積み上げ、相手の男をじっと睨みつけた。相手は二枚交換。そして取り換えたカードを見てガッツポーズ。まるで勝利を確信したかのような様子である。
「兄ちゃん…悪いがもう勝ち目はねぇ。その娘を置いて、とっとと帰りな」
ドヤ顔で相手の男が広げたのは、なんとロイヤルストレートフラッシュ。しかもスペードだ。その五枚の手札を見て観衆はどよめく。まるで勝負が決してしまったかのような歓声が沸いた。
「や…だ…。ねぇ。脱ぐよ。マスターも脱ごう!私、マスターとじゃなきゃ…」
なんだかルールはいまいち解らないけど、周りの様子からその役が強いのはわかった。カードを見た瞬間、ギャラリーは歓声をあげ、対戦相手は大きく笑顔を広げて声援に応える。「ほら」とさっきまでの対戦相手に手首を掴まれるが、往生際悪くイヤイヤと首を振った。涙の粒が膨れ上がる。
「その娘に触るんじゃねぇっ!!」
グロスの一喝が周囲に沈黙をもたらした。相手の男がドヤ顔で迫るのを鼻で笑って一蹴する。
「こっちの手札をまだ開いてない。その娘を連れて行くのは、こちらの手を確認してからにしてもらおうか」
ニヤリと笑ったグロリアスが、五枚のカードを重ねたままひっくり返す。一番上に来たのはスペードの2。爆笑の渦に包まれる。だが、グロリアスは相変わらず無表情でスペードの2を右にずらした。下から出てきたのはハートの2。その下からクローバーの2が出てくる。そして更にその下からダイヤの2が出てきた。
「フォーカードだっ!」
衆人がどよめいた。だが、それではまだロイヤルストレートフラッシュには叶わない。
「これで…百二十ゴールドの負けは、チャラだ」
グロスの手がダイヤの2を掴んで右にずらす。その下から出てきたのは…なんとジョーカーだった。
「ファイブカードだとぉ!?」
対戦相手の男は怒り心頭。しかし、目の前の手札は紛れもない現実で。衆人は一気にグロリアスの味方に付く。対戦相手の仲間の数人を除いて。
「すごい…」
「ソル…早く来い。部屋に戻る」
ソルはそのカードの強さを、周りの人に教えてもらった。奇跡的な確率と。おっさんのモノにならずに済んだ事が嬉しくて嬉しくて、グロスに抱きついても、グロスはまだポーカーフェイス。ちょっと寂しい。ペコッとカードに興じた人達に会釈をすると、グロスの後を追って部屋を出ようとする。ピタリと止まって回れ右。脱いだ靴と靴下と上着を回収。もう一度ペコリとお辞儀してグロスの背中に追い付いた。
「ソル…お前…あの男と一緒に風呂に入れるか?」
部屋に戻るなり、グロスの威圧感ある低い声がソルの耳に届く。あの男とは、当然先ほどの対戦相手である。いかにも悪党顔の巨漢男。巨漢というよりは…むしろデブ。グロリアスの声は静かではあったが、鬼気迫る雰囲気を漂わせていた。
「ソル…お前、あの男とキスができるか?あの男に抱かれてもいいって思ったのか?」
穏やかな声は背中越しにかけられる。後退りするソル。二人で戻ってきた部屋が、ただならぬ雰囲気に包まれていった。
「う…。出来ません。絶対イヤ。グロスとじゃなきゃ」
即答。そんなキスとか想像もしたくない。風呂とか論外。抱こうとしたら燃やしてやる。でも、グロリアスの纏う雰囲気が怖い。
「すごく緊張した…。ね。あ、あの。カード代わってもらって、ありがとうございました…。グ…グロスって、何でも得意だねっ!」
グロスは黙ったままだ。明るく振る舞いつつ、後退り。しすぎてとうとう壁に当たってしまった。やおら振り返り、グロスは壁に背を預けるように持たれているソルに歩み寄り、恐ろしい形相で睨みつけながら「ドンッ」と大きな音を立てて手を突き、壁に追い詰めた。つまり「壁ドン」だ。
「いいか?金を持っていない女がギャンブルをするってのは、そういう覚悟があるって事だ。そんな覚悟がないなら…金も持たずにギャンブルなんかするんじゃないっ!私は龍だから、人間のルールなんて知りません…なんて言い訳は、通じないんだぞ!」
恐ろしい形相で詰めよれば、ソルは今にも泣きだしそうだ。更にもう一歩にじり寄って、
「金が欲しいならなぜ言わない?欲しい物があるならそう言えばいいだろ!俺がそんなケチ臭い男に見えるかっ!?もう少し俺が行くのが遅かったら、どうするつもりだったんだ?!」
いちいち正論なグロスにソルは何も言い返せず。グロスに叱られてしょんぼり項垂れる。昨夜はあんなに優しかったのに…こんなに怒っているなんて。ソルはグロスの顔を見れなかった。
「ケチだなんて思ってないもん。ただ、自分で…」
グロスに何か買いたかっただけ。なんだか悔しくて、その言葉は飲み込んだ。プイッと頬を膨らませる。
「解りました。もう、ギャンブルはしませんよーだ」
視線を合わせるのが怖すぎるから、ベッドに寝転がってふて寝。グロスに背中を向け、小さく丸まった。
「ほんとに…解ってんのかよ…」
ふて寝を決め込んだソルの腹の虫が悲鳴を上げる。合唱するように、グロリアスの腹の虫も悲鳴を上げた。昼前に食事を取ったっきりだから、腹が減るのも無理はない。ふて寝するソルの横に腰を下ろし、グロスはソルに肩をポンポンっと叩いて、
「ソル…飯、食いに行くぞ。腹、減ってるんだろ?」
「ご飯…これ使って良いから」
グロスの手に預けた銀貨と銅貨を示して。本当は感謝してるし、奇跡の逆転カードを引いてきたグロスは、クラクラするくらいカッコ良かったけど…なんか悔しい。ふて腐れたまま、グロスより先に部屋を出て、食堂へ歩きだした。廊下でさっきのカードの仲間を見つけて、そそくさとグロスの後ろに隠れる。またカードしようと言われたらたまったもんじゃない。
昼間、あまりちゃんと食べていなかったせいか、ソルの食欲はまずまず。グロリアスに怒られてしょんぼりしていたが、ラム酒と美味しそうな料理を前にすれば、少し元気が出てきたようで。
「しっかり食べろよ。腹が減ってたら、やりたい事もできないんだからな」
グロスは相変わらずの食欲だ。次々に料理を平らげていく。ソルもラム酒が入れば少しは元気が出たようだ。幾分かグロスの視線が和らいでいる気がするが、真正面からはその顔を見る事はできなくて、ソルは料理を食べる事に徹する。お腹も空いてたし、緊張を強いられて喉もカラカラだった。いい気分になりかけて食事をしていたところに聞き覚えのある声。聞きたくなかった声が聞こえてくる。
「よう…兄ちゃん。さっきはやってくれたじゃねぇか」
先ほどの対戦相手が見下ろしている。食事の手を休める事なく、グロスはジロりと一瞥しただけで視線を戻し呟く。
「俺は勝負に勝った。この娘の負け分はチャラになった。言いがかりをつけられる心当たりはないんだが」
「ぁあ?あんたさっき、私のマスターに負けたでしょ?また負けに来たの?」
いつになく苛立つソルはは、グロスと男の間に立ちはだかる。
「私、あんたのせいでマスターに怒られてムシャクシャしてんの。マスターに触るなよ?触ったら噛むからな?」
巨漢の男は下種な笑みを浮かべながら離れようとしない。グロスは平然と料理を食べ、ラム酒で流し込んでいる。
「シカトしてんじゃねぇっ!この野郎…もう一回勝負しろっ。このまんまじゃ、こちとらメンツが立たねぇんだっ!」
メンツがどうとか、はっきり言って知ったこっちゃない。だが、相手も引く気はないようだ。仕方なく勝負を受ける事にする。ただ、食事はしっかりと済ませておきたいグロスは、大胆不敵にも口元に笑みを浮かべながら、
「仕方ねぇな…。まぁ、食事が終わるまで待ってもらおう。二人とも、超腹減りなんでね」
「え?受けるの?」
グロスが勝負を受けた。アッサリと頷くグロスに目を丸くする。さっきの手は奇跡的な役だったと聞いた。奇跡は二回起こらないから奇跡。悠々と食事を続けるグロスとは反対に、ソルは慌て出す。男は勝負慣れしていた。グロスが身ぐるみ剥がされる訳にはいかない。
「噛まれたいの?ちょっと、あっちに行きなさいよ!」
拳を握りしめ、勢いをつけて肉の塊のような男に倒れ混む。狙うは鳩尾。急所に叩き込めば、女の力でも男をノせると聞いた場所だ。
「大丈夫だ、ソル。俺は負けない」
そんなグロスの台詞が癪に障ったらしい。まるで茹蛸のように真っ赤になっている。ラム酒をぐびぐびと美味しそうに飲み干すと、ソルに顎で合図をして立ち上がった。二人で巨漢男の後について談話室に入る。談話室にいた衆人は再び大きな歓声を上げた。あの二人が帰ってきた…と。
「詰まんねぇ勝負をだらだらするのはごめんだ。一発で決めようじゃねぇか」
「一発勝負…だと?」
「お互いに全財産をかける。もちろん、持ち金はそちらの方が多そうだから…俺が負けたら今夜一晩この娘を自由にしていい。それなら…文句ないだろ?」
グロスのとんでもない提案にギョッとするソル。だがグロスは極めて冷静だ。対戦相手も自信があるようで、不敵な笑みを浮かべている。ビビりまくっているソルに、聞こえるように呟いた。
「大丈夫。ロイヤルストレートフラッシュなんて、そうそう何度も出ないさ」
ソルは短く溜息をついた。元はと言えば自分が不用意に手を出したギャンブル。巻き込んでしまって申し訳ないから、覚悟だけは決める事にした。商品として椅子に座る。この椅子は座り心地が悪いったらない。気の強い眼差しで対戦相手の仲間の一人を床に座らせると、女王のようにその男に足を乗せた。
「マスター。信じてるけど、結果がどうなっても…もとは私が悪いんだから、気にせずゲームして。マスターの言う通り…ギャンブルは怖いね。ごめんなさい「
ここへ来てやっと素直になれたソルは、グロスと視線を絡めて謝る。カードが切られ、配られた。誰もが固唾をのんで成り行きを見守る。退屈な船旅の思いもよらない余興にギャラリーは盛り上がっていた。




