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君の声  作者: うわの空
8/8

エピローグ

 彼女が俺のもとにやってきたのは、あれから四年ほど後だった。


 相変わらず落ち着いた雰囲気をまとっている彼女は、昔と比べて随分と髪が長くなっている。さらさらと揺れるその髪は、彼女の黒い服に溶けてしまいそうだった。髪や服が黒いせいで、白い肌が浮き立って見える。随分と大人びた表情になった彼女の顔は、まだ化粧っ気がなかった。

 乾いたセロファンの音を立てて、ゆっくりと俺に近づく。時間をかけて、ようやくここに辿り着けたことを表現しているかのように。


「――……久しぶり」


 初めて聞く彼女の声は、少しくぐもっていた。けれどなぜか澄みきった鈴の音のようにも聞こえる、不思議な声をしている。

 彼女は大切そうに抱えていた花束を、ひとつひとつ俺に渡し始めた。白いユリ、黄色とピンクの菊。しばらくそれを無言で繰り返した後、彼女は首を傾げた。


「この花たちは、何か言ってるのかな」


 今の私にはもう聞こえないんだと、彼女は笑ってみせる。音も立てずにそよ風が通り過ぎて、俺も少し笑った。


「あの日から人の声も、自分の声も聞こえるようになったの。そうしたら今度は、植物の声が聞こえなくなっちゃった。あれだけお喋りをしていたサボテンも、今は何を言っているのか分からなくて、少し寂しい。――やっぱりこの世界って、そんな都合よくいかないよね」


 彼女は笑いながら、一人で話し続ける。――寂しさを和らげるために。


「人の声が聞こえるようになってから、話す訓練をしたの。あなたに、私の声を聴かせたくて。まだまだ聞き取りづらい部分もあると思うし、変な声かもしれないけど……どうかな」


 答えられるなら、即答していた。綺麗な声だと思う、と。照れながらでも。

 けれど彼女は、俺がもう答えられないことを知っていた。

 それでもしばらく俺の返事を待っていた彼女は、溜息を吐くようにして笑うと、黒に近い灰色の墓石にそっと手を当てた。


「――もっと早く、勇気を出しておけばよかった。人の声に、外の世界に、耳を傾けられるようになっていればよかったな……」


 怖い言葉もあるけれど、綺麗な言葉もたくさんあったのに。

 彼女はそう言うと、小さな鞄から白い携帯電話を取り出した。俺も知っているその携帯は、四年前から使っていたものだ。

 彼女は携帯電話を操作すると、耳にあてた。機械的な女性の声が、『録音件数は、一件、です』と前置きする。発信音の後に聞こえてきた音声は、昔の俺が録音したものだった。




『――……好きです』




 三秒しかないメッセージには、情けないくらいにひっくり返った声が吹き込まれている。

 けれどそれは、最期まで直接言うことのできなかった大切な言葉だった。


 彼女は携帯を耳から離すと、正面を向いた。俺の名前が刻まれた墓石に向かって、ふっと笑みを漏らす。


「……私も」


 その声は、録音されていた俺の声のように酷く震えていた。




 彼女が俺の存在に気付いたのは、帰る間際だった。ゴミの掃除をしているときに、ふと目をやった銀杏の木。生まれて四年しかたっていないそれは、彼女から見てもまだまだ小さくて頼りないものだったと思う。

 墓の隣にひっそりと植えられている銀杏おれに、彼女はふっと笑いかけた。


「また来るね」


 今の彼女にはもう、植物の声は聞こえない。

 それでも、俺は言うんだ。



『ありがとう』



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